ブラジルの農村電化に関する考察 - スターリングエンジンの可能性

          サンパウロ、2002年11月 
               
  森田 左京


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1.ヨハネスブルグ・サミットと「貧困の撲滅」

今年8月から9月にかけてヨハネスブルグで開催された国連の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(World Summit on Sustainable Development - WSSD)の成果として、実施文書が採択された。
    
実施文書の第2章は「貧困の撲滅」と題され、持続可能な開発のため、特に途上国において、世界が直面している最大の挑戦であると定義されている。2015年までに、一日当たり1ドル以下の収入しかなく、また、安全な飲料水を飲めない人々の人口比率を半減させることを目標に掲げている。エネルギー問題に関して、農村電化および分散化エネルギーシステムの推進、再生可能エネルギー、特にバイオマス(木質燃料)の持続的かつ効率的な利用の増大が謳われている。世界人口の3分の1、約20億人は未電化とのことである。    
これらの前提をふまえて、ブラジルの農村電化について検討してみることにする。
     
2.電化による「貧困の撲滅」

   
ブラジルは一人当たりGDPのような数字を見るかぎり、中進国と考えられるが、昔からベリンディアと言われてきた。これはベルギーとインドが混在しているということで、所得配分の不公平さを示している。世銀の資料によるGini係数を見ても59.1(1997年)と南アフリカ59.3(1994年)並みである。比較のため、いくつかの国のGini係数をあげておく。日本24.9(1993年)、中国40.3(1998年)、インド37.8(1997年)、英国36.1(1991年)、米国40.8(1997年)。また、上位20%の富裕層の所得は、下位20%の貧困層の所得の31倍(世界一ともいわれる)と極端に不平等である。  
  
このような貧富の差に加えて、850万km2という広大な国土面積のため、人口過疎地域では2,000万人の国民が電化されていないと言われている。レーニンは「電化無くして社会主義なし」と言ったが、社会主義ばかりでなく、世界中どこでも電気が利用できない限り「貧困の撲滅」は絵に描いた餅に過ぎない。
       
先進国では24時間都市が出現し昼夜の別が無くなっているが、未電化地区では灯油を毎時10ミリリットル燃やして、2ワットの懐中電灯程度の明るさで夜を過ごしている。途上国の田舎で子供が水を運んでいる光景がしばしばテレビで紹介されるが、10リットルの水の入った容器を、標高差50メートルの坂道の上に持ち上げるとして、大人でも1日に何リットルが運べるだろうか。仮に、100ワットの電力が利用できるとして、電動機効率×ポンプ効率を40%、さらに管抵抗を加えても、このポンプで1日に5,000リットル、10リットルの容器で500杯分を揚水できる。電化することで、水をくみ上げるという単純な労働から、児童を解放できる。 国連が「貧困の撲滅」で掲げている「安全な飲料水」も水に落差を与えることで、ろ過も容易になり、またわずかな電力で酸性電解水とすることによって殺菌、消毒が可能となる。

以前テレビが地上波であったときは、教育テレビでブラジル全土をカバーすることは不可能だったが、今は1個の静止衛星で解決する。
  
電気の利用にアクセスできることが、貧富の格差を少しでも縮める第一歩となることは明らかである。
  

3.グリッドによるブラジルの電化

  
最も簡単な電化は、グリッド(送電・配電網)に接続することであるが、広大な国土をもつブラジルでは簡単なことではない。

国連開発計画(UNDP)と世界銀行の調査報告(2000年)に次のような数字がある。東北伯のBahia, Ceara, Minas Gerais 3州の面積は合計130万Km2であり、1996年に、この3州の全農村所帯数は253.8万戸、このうち未電化所帯数は124.6万戸となっている。 農村所帯の密度は1Km2当たり僅かに1.95戸であり、電力会社としてはグリッド接続による電化は採算に合うものではない。1997年におけるグリッドへの接続数は25,000戸であり、このペースでは2005年までの8年間で20万戸が電化されるに過ぎず、なお105万戸が未電化のまま取り残されることになる。
 
当然のことながら、グリッド接続による電化の実現が難しいとなると、オフ・グリッドすなわち分散型発電による電化を行わなければならない。現在ブラジルでは近郊の蔬菜栽培などを除けば、農業は殆どトラクターによって行われる。電化の需要は家庭内の照明や家電などのためのものが多い。したがって、1キロワットもあれば差し当たっての需要は間に合うものと考えてよい。この程度の需要が1Km2に2軒ではグリッド接続は無理である。

 
4. 分散型電源による電化

 
分散型電源としては、ガソリンまたはディーゼル・エンジン発電機や、再生可能なエネルギーである水力、風力、太陽光、バイオマスなどによる発電方式が考えられる。
 
ガソリンが容易に入手できるのであれば、出力1キロワットのポータブル発電機を持ち込むだけで解決できる。しかしこの方法は所得の高い国では問題ないが、低所得の国ではコスト面で負担が重すぎる。
 
世界銀行の資料に世界各国のガソリン価格を調べたものがある。これによると非産油国のガソリン価格は1リットル当たり40セントから1ドルの間に収まっている。一方世界各国の一人当たりGDPは最貧のモザンビークやエチオピアの約100ドルから、米国や日本の約30,000ドルまで300倍もの格差がある。米国のガソリン価格47セントに対し、エチオピアでは46セント、モザンビークでは56セントである。
  
ブラジルはGDPではアフリカの貧困国に比べればはるかに恵まれているが、国内の所得格差も大きく、農家・農場から安い電気を求めて、小型水力で数百ワットでも発電できないかと、しばしば相談を受けたことがある。
  
水力発電の出力は落差と流量の積で決まる。落差が変われば、出力は同じ1キロワットでも水車の仕様は変わってくるので機器の標準化には不利である。またダムに貯水しない、自流式の発電では、乾季に水が涸れると発電できなくなる。出力の調整には有利なダム式であっても、電力の95パーセントを水力に頼っているブラジルで、昨年は渇水で貯水池水位が低下し、政府は2001年6月から8カ月間、20パーセントの節電義務を発令した。
  
電気の供給は常時保証されていなければならない。この点風力発電は風が止まると発電できなくなる。太陽光は夜間は当然であるが、日中でも雨天、曇天で出力は変動する。供給を保証するためには、蓄電設備を設ける必要がある。仮に鉛蓄電池を使うとして、50キロワット時を貯蔵するのに、鉛1トンを使う蓄電池が必要になる。風力も太陽光もグリッドに接続して、システムとして火力発電の燃料や水力発電の貯水を節約する一方、出力低下時に安定供給を受けられるのであればよいが、独立型の電源としては信頼性は高くない。

 
5.一次エネルギー供給の構成とアルコール

  
ブラジルの一次エネルギー供給量は1997年には石油換算で2億4277万トン、このうち石油、天然ガス、石炭、ウラン燃料などの非再生型エネルギーが41パーセントに対し、再生可能エネルギーは水力発電、薪炭、サトウキビ(アルコール、バガス)などで59パーセントとなっている。
  
ヨハネスブルグのサミットで、EUは2010年までに世界全体で一次エネルギー消費の15%を再生可能エネルギーとすることを主張、ブラジルも同様の提案をしたが、米国、日本などの反対で目標設定には至らなかった。上記の数字からも分かるように、再生可能エネルギーに関して、ブラジルは世界でもっとも恵まれた国の一つである。
  
サトウキビからのエネルギーは、石油換算で2467万トン、一次エネルギーの約10%を占めている。サトウキビの搾汁を発酵、蒸留して得られるアルコールと、絞り粕のバガスを燃料として使用するものである。ブラジル国内2万5千軒に及ぶすべてのガソリン・スタンドでは、ガソリンに24%の無水アルコールを混ぜたものと、含水アルコール100%の2種類の燃料が販売されている。
   
アルコールを燃料としてエンジン発電機を運転し発電することは可能であるが、アルコールはガソリンに混入して利用されるので、ガソリン価格にリンクするのは当然である。使い勝手のよい貴重なバイオマス燃料であるが、アルコール工場での発酵工程を経なければならず、サトウキビの集荷やアルコールの配送などのコストがかかり、分散型の発電用には高級すぎると思う。

   
6.木質バイオマス

  
電力を貯蔵することは極めて高価であり、安定した電力供給を保証するにはエネルギー源を貯蔵するしか方法はない。そのためには燃料が固体または液体で貯蔵できることがのぞましい。アルコールについての問題点は上述のとおりである。ブラジルで分散型電源として水力、風力、太陽光、アルコールなどを検討してみたが、結論としては木質バイオマス(ユーカリ・チップ)を燃料に使うことが、もっとも安い発電コストを得られるものと考えられる。
  
ブラジルのユーカリは、英国人が19世紀に蒸気機関車の燃料用としてオーストラリアから持ち込んだものである。鉄道の電化、ディーゼル化にともない、産業用としては木炭銑の生産に使われたが、近年はユーカリ・パルプの原料として世界最大の生産を誇っている。地球温暖化問題に関連し、大気中の二酸化炭素の固定を目的とする植林も脚光を浴び始めている。
 
ブラジルは北緯5度から南緯33度まで熱帯から温帯に位置し、平均降雨量は東北伯の一部を除いて1,000mm以上で、全土にわたってユーカリの生育に適している。生育量はミナス州のセニブラ社(日本資本100%のパルプ・メーカー)の例でヘクタール当たり年間絶対乾燥トン数は10トンである。発熱量は1kg当たり4,500キロカロリーと石油の約40%であるから、ユーカリ植林1ヘクタールから年間石油4トンに相当する木質バイオマス燃料が取れることになる。
 

7.スターリング・エンジン

  
木質バイオマス資源については、固体燃料、液体燃料あるいは気体燃料として利用するために、いろいろな技術が研究されているが、現在実用化されているのは、固体燃料としての、チップ化、ペレット化、炭化だけで、それ以外は実証あるいは研究段階で、ただちに農村電化に使える技術は確立されていない。
  
チップ化は木質原料を破砕・粉砕したもので、含水率によって発熱量は変わるが、水分0%に乾燥すれば、植物の光合成によって得られたエネルギーを100%利用することができる。 ペレット化は微粒径のチップ、おが屑を圧力を加えて成形したものであるが、当然成形工程でエネルギーのロスが発生するするので、変換効率は60-80%となり、さらにペレット製造工場までの往復輸送のためのエネルギーも必要となる。
炭化により得られる木炭は、発熱量は6,500-8,000kcal/kgと大きく、重量も少なくなるが、炭化工程でのエネルギー損失は大きく変換効率は23-40%に過ぎない。
  
農業用トラクターのPower Take-off(動力取出し装置)があるので、これを使ってチップをつくるチッパーを使えば、農場内でチップを生産することができる。
  
農場内にユーカリを植林し7年目に伐採してチップ化すれば、燃料はほぼコスト・フリーと考えられるので、乾燥したチップを燃焼させて発電できる装置があれば、農村電化は大きく進むことになる。これらの条件を満足させるために、内燃機関は使えない。当然のことだが、ここで登場してくるのが外燃機関を代表するスターリング・エンジンである。
  
スターリング・エンジンはスコットランドの牧師であるロバート・スターリングにより1816年に発明された。当時、蒸気機関のボイラーの爆発事故が相次いだため安全な機関をということで開発された。動作原理は単純で、当初は空気、後にはヘリウムや水素などの非凝縮性気体を作動ガスとする密封式の往復動型外燃機関である。内燃機関と違って燃料の制限がなく、もちろんユーカリ・チップでも使用できる。詳細については「スターリング・エンジンの理論と設計」(山下巌・他著、山海堂発行)などを参照されたい。
  
発明後19世紀は蒸気機関の発達と、さらに内燃機関の出現によりスターリング・エンジンは姿を消してしまった。第二次大戦の前、オランダが植民地であるボルネオの資源調査をおこなう際、ジャングルの奥地のキャンプ地で使う携帯用の小型発電機が必要となり、どんな燃料でも使えて、騒音もないものという条件から、スターリング・エンジンと発電機の組合せが浮かび上がり、フィリップス社が1937年以来、戦争中も継続して開発が進められた。
  
1970年以降、アメリカのエネルギー庁が、大幅に燃費を節約できるエンジンということで、スターリング・エンジンとガスタービンに的を絞ったため、再び研究開発が始まった。日本でも1970年代は運輸省の「舶用スターリング・エンジンの研究開発」や、1980年代のムーンライト計画で「汎用スターリング・エンジンの研究開発」が実施されたが、その後の「ニュー・サンシャイン計画」にも引き継がれず、「実用化技術の確立に貢献した」という評価だけが残ったようである。
  
スターリング・エンジンは、内燃機関と比べると、容積・重量面で劣り、運転に際しては起動や負荷の変動に対する即応性に致命的な欠点があり、最大の需要が見込まれる自動車用のエンジンに適していないことは理解できる。さらに将来自動車用には燃料電池が期待されており、商品化も始まった。スターリング・エンジンは発明以来、蒸気機関、内燃機関に続いて燃料電池と三度敗退を喫することになりそうである。
 

8.ブラジル農村電化とスターリング・エンジンの可能性

  
しかし、ブラジルの農村電化問題で辿りついたように、バイオマス(ユーカリ・チップ)しか燃料として使えないような状況であれば、戦前フィリップス社がボルネオで必要性を感じたのと同様、スターリング・エンジンと発電機の組合せが求められることとなり、再びスターリング・エンジンが浮上することも考えられる。
 
アメリカには既にバイオマス(木質ペレット)を燃料とするスターリング・エンジンで1キロワットの発電機を駆動し、40,000時間の耐用試験を行っているメーカーがある。 オハイオ州に本社を置くサンパワー社(www.sunpower.com)で、発電装置の商品名は「Biowatt」と名付けられている。
 
同社の資料(A Biomass-Fired 1 kWe Stirling Engine and Its Application in South Africa)によれば、1時間当たり1.2〜1.4キログラムのバイオマス燃料で、1キロワット時の電気と4キロワット時の熱を発生する、となっている。 バイオマスの発熱量を4,500 kcal/kg とすると、発電効率は14〜19%で充分実用に耐える値だと思われる。
 
「Biowatt」では、スターリング・エンジンはシングル・シリンダー フリー・ピストン型、発電機は永久磁石リニアー交流発電機との組合せで、極めてシンプルな構造となっている。エンジン・発電機本体の重量は20キログラムである。サンパワー社の試算では、1万台生産した場合の製造コストは1台350ドルとのことである。燃焼装置については価格は示されていない。
 
発電コストについて、サンパワー社の資料(Micro-Biomass Electric Power Generation)によれば、単機あるいは並列運転の場合でも出力に関係無く、キロワット時当たりの発電コストは燃料コストにもよるが6〜12¢(セント)となっている。これは都市の家庭向け電気料金と比べて大差はない。
  

9.結び


地球温暖化防止の視点からも、カーボン・ニュートラルのバイオマス燃料は、化石燃料よりも環境に好ましいことは言うまでもない。
  
また、今月1日に閉幕したニューデリーのCOP8での南北間の対立でも分かるように、先進国の途上国に対する資金協力や技術移転なくして地球温暖化対策は解決しない。
 
先進国ではお蔵入りしたような技術でも、本稿のスターリング・エンジンの例のように、途上国では問題解決のキー・テクノロジーとなりうることもある。
  
日本のスターリング・エンジン研究開発でも既に100億円にも達する費用が投じられているという。地球上の未電化人口20億人のうち、何割がバイオマスを利用できるかは知らないが、「貧困の撲滅」に貢献する電化のために、日本が持っているスターリング・エンジンの熱交換器、シール、永久磁石などの材料、製造技術、またハイブリッド・カーや燃料電池で先端をいく電子制御技術が1キロワットの発電設備に投入されれば、大きな成果を挙げられることは疑う余地はない。
 
途上国の農村電化を前進させるためにも、日本の技術に期待するところ大なるものがある。

                                                         以上

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