ブラジルの「土地・太陽・水」と地球温暖化対策

日本との関連において
   

     森田 左京 (森田事務所代表)


    
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月29日、日本の「みどりの日」、たまたまインターネットで朝日新聞の社説を読んだ。文頭に徒然草から「限りある財(たから)をもちて、限りなき願いに随(したが)ふ事、得べからず。・・・」を引用し、科学技術に支えられて膨らんできた人間の「限りなき願い」が、地球の「限りある財」をむしばんでいる。それが、気候変動の懸念や生態系の危機など、今日の地球環境問題の本質である、と説いている。去年10月から続いたシリーズ社説の完結で、末尾に文明転換への提言が述べられている。提言には、植物活用社会へ、循環型社会へ、再生可能電源へ、自転車快走都市へ、などが短くまとめられているが、私は最後の「グリーン税制へ」に注意をひかれた。
まとめには「環境に悪影響を与える製品に課す環境税を設ける。ガソリンなら1リットルに2円を課税すれば、税収は1兆円にのぼる。それを温暖化対策などにまわそう。」となっている。
  

1桁違いの計算ミス
   
気になったのは、ガソリンの価格1リットルが100円として、2パーセントで1兆円になるには、ガソリンの売り上げが50兆円、日本のGDPの10パーセントにもなるが、これはオーバーではないかと感じた。資料をみると日本のガソリン消費は
5千万キロリットル、すなわち5百億リットルだから2円の課税では1千億円にしかならず、1桁間違えた計算ミスかと思ったので、その旨E−メールで朝日新聞のニュースルームに送っておいた。本を読んでいて、おかしな点があると出版社に投書することがあるが、返事が戻ってくることはほとんどない。今まで唯一例外は岩波書店だった。返事を期待していたわけではないが、連休明けの6日付で朝日の広報室からE−メールが入っていた。内容は『ご指摘の点については、「ガソリンなら」と一例を挙げたのですが、表スペースに収めるため舌足らずな書き方をして誤解を招いたと反省しております。ガソリンのほかに、他の石油燃料、石炭、天然ガス、原子力、新エネルギーほかを含めた「環境に悪影響を与える製品」への課税を合計すると1兆円になる、というのが本来の趣旨です。』とのことだった。私としては、1兆円(約80億ドル)の財源が環境税(炭素税ということもある)として得られる可能性があることを確認したかったのである。
 

常に未来の国
  
1956年にブラジルに移住して、この5月で43年になった。その当時、今風にいえば私にとって、ブラジルのキーワードは「土地・太陽・水」であり、現在でもこの考えは変わっていない。その意味でブラジルは常に未来の国である。このキーワードからすぐに連想されるのは農業だろうが、私は農業とはまったく関係ない。大学の機械科を卒業して、入った会社が発電用水車の専業メーカーだった。昭和28年は日本も戦後の復興期に入いったところで、大型水力の開発のために電源開発(株)が設立され、米国の機械化土木を導入して天竜川に佐久間発電所の建設も始まり、会社も多忙を極めていた。昭和30年10月、この会社が東芝に吸収合併されることになり、それを機会に退社して、翌年ブラジルにやってきた。当時の乏しい資料でも、ブラジルの水力発電の可能性を理解することは、さほど難しいことではない。国の面積は851万平方キロ、日本の約23倍、南北4千キロの国土は赤道を挟んで、熱帯から温帯に広がり、降雨量も適当でアマゾン河、パラナ河、サン・フランシスコ河などの大河を擁し、水資源に事欠くことはない。当時の私にとって、ブラジルへの移住を決心する基礎データとしてはこれだけで十分だった。
        
ブラジルに着いてからは、商社や技術コンサルタント会社に籍を置いて10年ほどが過ぎた。この間1960年にジャニオ大統領からリオドセ社の社長に抜擢されたエリエゼル・バチスタに協力して、大学時代からの友人稲田耕一とともに、日本向けの鉄鉱石輸出の仕事を手伝った。1961年4月に調印された5千万トンの長期契約をもとに、現在世界一の鉄鉱石輸出を誇るツバロン港が建設された。その後、リオドセ社をパートナーとする、セニブラ(日伯紙パルプ)、ニブラスコ(ペレット)、アルブラス(アルミ)などが次々と実現していった。私は1965年に東芝に移って、電力関係の仕事にもどり、以後水力発電とはたっぷり付合うことになる。稲田とエリエゼル・バチスタの交友はその後も続いて、多くのプロジェクトを立ち上げた。エリエゼルは日本政府から民間人としては最高の勲一等瑞宝章を贈られ、稲田もブラジル政府から南十字星勲章を受けていることからも、彼らの日伯交流への貢献のほどは理解できるだろう。
  

ブラジル最大の発電所
   
40年前には、ブラジルで最大の発電所は、カナダ資本のライトにより、戦前建設されたクバトン発電所だった。サンパウロ市を流れるチエテ河の水を流域変更して、海岸山脈の落差を利用して大西洋に放流する100万キロワット(KW)の発電所である。私がブラジルに来たころから、本格的な水力開発が始まった。その第一号がリオ・グランデ河に建設されたフルナス発電所(120万KW)であり、引き続きパラナ河のジュピアー発電所(120万KW)、イーリャ・ソルテイラ発電所(320万KW)などがある。やがて世界最大となるイタイプー発電所(1260万KW)の計画が噂にのぼるようになるが、その前にアマゾン地方に建設されたツクルイ発電所のことを述べておく。
   
1967年にアマゾンのトロンベッタ河流域でアルミの原料となるボーキサイトの鉱床が発見された。ブラジル政府が日本にその利用について協力要請をしてきた。
ボーキサイトは価格も安く日本までの運賃負担力はない。アルミナにすれば価格は上がるが、折角ならアルミ地金にして日本へ輸出しようということになった。そのためには電解用の電力が必要となる。アマゾンで水力発電のサイトを選定することとなり、日本の電源開発(株)の調査団が来伯した。1973年8月のことである。私も調査に同行したが、結局トカンチンス河の河口に近いツクルイが選ばれた。開発主体となるエレトロブラス(ブラジル電力公団)の子会社エレトロノルテは設立されたばかりであり、初期段階から基本設計にいたるまで、電源開発(株)の技術的協力は計り知れないものがあった。日本においても1973年11月、経団連にアマゾン開発協力委員会が設置され当時副会長であった土光さんが委員長となった。10月には第一次オイルショックで石油価格は高騰し、水力発電には追い風が吹いていた。日本のメーカーも日本連合を結成し準備を進めていた。1976年1月には、当時ガイゼル軍事政権のウエキ鉱山・動力大臣が訪日して、ツクルイ発電所建設に対する日本の協力を要請した。2月、私はブラジリアに移転していたエレトロノルテの本社を訪ね、ツクルイのサイト探し以来、親交のあったゴメス技術重役と会った時に、彼は「日本が先行しているが、フランスもすぐ後ろを追いかけているぞ」とアドバイスしてくれた。私は訪日して、土光さんに現状を伝え、ウエキ大臣の要請に対して、政府から回答期限をブラジル側に問合わせてもらうことを進言した。しかし現地の日本大使館からは「いやしくも一国の大臣が要請したことが、かるがると破られるようなことはない」という報告が入り、回答期限の確認は見送られたという。
    
同年4月にガイゼル大統領がフランスを訪問した際、ジスカールデスタン大統領とのトップ会談で、ツクルイ発電所はフランスが受注することに決まった。当時の駐仏ブラジル大使はデルフィン・ネット元蔵相だった。日本に対しては「要請以来、時間が経過したが日本からの回答がないため、フランスに決めました」という連絡がされたとのことだった。3年近くツクルイを追いかけた我々にとっては、鳶にアブラゲを攫われたようなものだが、これには後日談がある。
  

土光さんが怒号
    
当時日本の新聞に「土光さんが怒号」という見出しで、土光経団連会長が三木首相に政府の対応の遅れを厳しく抗議したとの記事がでた。そのせいかどうか知らないが、河本通産大臣が7月に訪伯した。日本ブラジル修好百周年を記念して編纂・出版された「日本ブラジル交流史」に経済協力関係について記述された章がある。その中で「本節でナショナルプロジェクトとして取り上げるものは、製鉄、紙パルプ、農業、アルミ、鉄鉱山の五分野にわたる資源開発プロジェクトであり、さらに、それらはそれぞれの地域開発にも重要な貢献をしているものである」と述べられている。製鉄はウジミナス製鉄、紙パルプはセニブラ(日伯紙パルプ資源開発)、鉄鉱山はカラジャス鉄鉱山開発である。これらはツクルイとは時期的にずれており、関係はない。しかし、農業のセラード農業開発と、アルミのアルブラス(アマゾン・アルミ精練)の二つのプロジェクトはいずれも、河本通産相帰国直後の9月に日本政府の閣議了解がなされナショナルプロジェクトとして認知されている。私は当時からこれらは「土光さんの怒号」の結果だと考えている。死んだ子の歳を数えるようなものだが、個人的には上記五つの分野に電力としてツクルイ発電所が加えられなかったことが残念でならない。

  
ツクルイ発電所
   
ツクルイ発電所は1984年に完成した。出力は400万KWでアルブラスや、サンルイスにあるアルコアのアルミ精練工場をはじめ、アマゾン、東北伯の各地に電力を供給している。第2期の拡張工事が終わると出力は812万KWとなる。この発電所を流れる水の年間平均流量は約1万トン/秒である。流域面積は75.8万平方キロで日本の面積の2倍に達する。ダムによって生れた貯水池の面積は2430平方キロで琵琶湖の約3.5倍である。その有効貯水量は320億トンであるが、1993年の日本の生活用水169億トン、工業用水154億トン、農業用水586万トンであることと比べても、ツクルイ発電所の規模は理解できるだろう。
    
我々がアマゾンで発電所のサイトを探して歩いていた頃だったと思うが、未来学者ハーマン・カーンがアマゾン本流の巨大ダムの構想を発表した。サンタレンより少し上流のオビドスにダムを建設するというものだ。ダム湖の面積は14万平方キロで、ここに5千万KWの発電所を設置する。これは現在世界最大のイタイプー発電所の4倍もの大きさである。当時はまだ「大きいことは良いことだ」と思われていた時代だったが、それにしても日本の国土面積の40パーセント近くを水没させるのは、やり過ぎではないかと議論したことを覚えている。環境問題を考えると今日ではこの様な構想を発表すること自体はばかられることだろう。日本で一番大きい川は利根川だが、その平均流量は理科年表によれば295トン/秒、その最大流量(洪水と考えてよい)が1万2千トン/秒である。ツクルイには平均すれば常時利根川の洪水時の水が流れており、アマゾン本流はさらにその10倍である。日本に年間に降る降水量は約6千億トンだが、アマゾンを流れて海に入る水量はその5倍を超える。

  
対伯関心も薄れ
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世界的に有名なイグアスーの滝は、イグアスー河の下流に位置するが、その年間平均流量は1500トン/秒、近くのパラナ河本流に建設されたイタイプー発電所は流域面積が82万平方キロで日本の約2.2倍、平均流量は1万2千トン/秒で、イグアスーの滝の8倍の水を発電に利用している。その貯水池の有効貯水量は190億トン。現在、中国が国をあげて建設に取り組んでいる三峡発電所(1800万KW)が完成するとイタイプーは世界一の座を譲ることになるが、シーメンスやABBが受注した水車・発電機はブラジルで製造され中国に輸出される。水力発電に関しては、ブラジルはすでに世界の記録品をつくる能力を備えている。イタイプーの発電機1台の出力は70万KWで、佐久間発電所の全出力36万KWの2倍に相当する大きさである。
   
90年代に入ると、もはや上述したような開発型の大型ナショナルプロジェクト案件は見当たらなくなった。80年代のブラジル経済の低迷、一方アジア経済の発展から、日本のブラジルに対する関心も薄れ、アジア一辺倒の印象を受けた。この間、日本経済はバブルの崩壊に直面し、未だに再生・再建の途上にある。
  

活力失う日系社会
   
ブラジルにおける日系社会も同様に活力を失いつつある。ウジミナスとならんで、戦後日本からの大型進出の見本だったイシブラス(ブラジル石川島造船)も消えた。
リオ・ニテロイを結ぶ橋から眺めるカジューの造船所は、つわものどもの夢の跡となった。南米一を誇ったコチア産業組合は既になく、日系唯一の銀行である南米銀行もスダメリス銀行に買収された。
  
90年代に始まったブラジルの政府系企業の民営化でも、日本の存在感はほとんどないままに、鉄道、電力、通信、鉱山、金融などの分野で国内資本と欧米資本による陣取りはほぼ終わったといえよう。
   
わずかに期待が持てる分野は、最近乗用車産業に進出したトヨタ、ホンダだが、生産規模はGM、フォード、VW、フィアットなどの先行メーカーに比べると1桁以上小さい。さらにルノー、ベンツ、クライスラー、アウディ、プジョーなど新規に国産に参入するメーカーがひしめいており、厳しい競争にさらされることになるだろう。3月上旬、当地の新聞で輸入の中止も伝えられた日産が、ルノーとの提携により、クリチーバに建設中のルノーの工場で日産車の生産を始めるともいわれ、オセロゲームを見るような展開が続いている。
   
戦前19万人、戦後6万人の移民から始まる日系社会も130万人を数えるに至ったが、日本語人口は減少の一途をたどっている。戦後日本からの移民を受け入れなかったペルーでは日本語社会は消えたといってよい。世界がグローバル化するほどに、日系の二世、三世も第一外国語は英語、第二外国語はスペイン語、ドイツ語などを選択するようになり、父祖の国、日本はますます遠い国になっていく。徳川幕府の鎖国後、東南アジアの日本人町がたどった運命を引き合いに出すまでもなく、このアユタヤ化現象は止むをえないことだろう。
  

時間とともに溶解・拡散
   
自分を含めて、私は移民というのは氷砂糖かナフタリンみたいなものだと考えている。梅酒をつくるとき焼酎に氷砂糖を入れるが、かき混ぜなくとも時間が経つとすべて溶解してしまう。たんすに入れる虫除けのナフタリンもやがて昇華して拡散する。いずれも溶解、拡散することで機能を発揮するので、密閉したままでは役に立たない。移住した国の社会への溶解、拡散は移民の運命なのだ。とくにブラジルのように、国内で生れたものには無条件で国籍を与える場合、バリアが低く、溶解、拡散のプロセスはますます加速されてしまう。要約すれば、日本とブラジルの関係で、日系人だからとか、日系社会があるからなどという考え方は、もう通用しないことを認識する時代になったということだ。今後、企業は国の内外を問わず、そこに市場や機会があれば進出、参入の決断を下せばよいのである。
   
近年、日本企業が元気がなく、その意味で日伯関係は冷えきってしまったようにも感じられる。ブラジルの新聞紙面には欧米企業進出の記事で賑わうが、日本企業は影をひそめてしまったようだ。60年代から70年代にかけての活発な日伯関係が再現してもらいたいと願うのは、ブラジルに住む日本人としては当然である。しかし、ODAの対象として、一方的に日本から恵んでもらうような話は好ましくない。考えてみると、鉄鉱石の開発・輸出は日本の鉄鋼業の原料供給には不可欠だった。アルブラスはアマゾンの安い電力の缶詰みたいなアルミ地金を輸出するのであるから、日本のためにもなっている。セニブラは20万ヘクタールの社有地に11万ヘクタールのユーカリを植林して、75万トンのパルプを生産し、その一部を日本に送っている。パルプはまさに土地と太陽と水の賜物といえる。これらはギブ・アンド・テイクの相互補完関係が成り立っている。今後ブラジルとして何が日本に提供できるのかを考えるのだが、なかなか思いつかない。出稼ぎの労働力というのではわびしすぎる。

   
温暖化ガスの排出量
   
1997年12月に京都で開かれた気候変動枠組み条約・第3回締約国会議(COP3)で「京都議定書」が採択された。ここでは先進国における法的拘束力を持つ二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガスの排出・削減目標などを定めている。数値目標では、2008年から2012年まで5年間の温暖化ガスの排出量を1990年に比べて日本は6%、米国は7%、EUは8%を削減することが決まった。しかし、日本では90年から96年までの間に、温暖化ガスは10%増えているという。温暖化ガスにはCO2のほかにメタン、亜酸化窒素、フロンなどがあるが、1990年の日本の温暖化ガス排出量(炭素換算)3億3430万トンの91.5%、3億670万トンは二酸化炭素によるものである。さらに、CO2の93%は石油、石炭、天然ガスなどによるエネルギーに起因する。
  
この数値目標には、単なる削減のほかに、目標達成のためにいくつかのメカニズムがある。削減余地のある国から排出枠を買い取る「排出権取引」、途上国の排出削減に協力して、その分を自国の削減量に組み込む「共同実施」、また1990年以降の植林、再植林をCO2排出量から差し引くネット方式などである。日本は原子力発電所を20基建設しても、6%削減の目標達成は困難とみられ、「排出権取引」や「共同実施」を頼りにしているとのことである。

    
カラジャス鉄道沿線の植林
   
環境問題の本や白書を読んでいて、以上のような点が目についた。同時に稲田が生前、1995年だったと思うが、訪日した際に、日本でカラジャス鉄道沿線に植林する話をしたが、だれも相手にしてくれなかったと言っていたのを思い出した。その計画は、カラジャス鉄道約1千キロの沿線に、各側50キロの幅で植林するというものだった。総面積は10万平方キロになるが、これは1千万ヘクタールである。日本最大の植林面積を持つ企業は王子製紙だが、同社のホームページによれば、国内社有林が17万ヘクタール、海外でオーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニア、ベトナムなどで約10万ヘクタールの植林事業をおこなっているとのことで、合計で27万ヘクタールである。企業ベースでは、1千万ヘクタールというのは、取り組める規模としては大きすぎて、稲田の話が日本で相手にされなかったのも無理もないことかもしれない。
   
私が確信しているのは、この計画は稲田がエリエゼル・バチスタと十分に話し合っての上だろうということだ。エリエゼルはリオドセ社で植林を始めた人物だし、彼ら二人はセニブラに関しても当初から知り尽くしている。その二人が言い出したことなら、荒唐無稽な夢物語ではないはずである。
  
どのようなプロジェクトでも、まずいくらの投資が必要なのかを知ることが先決である。経費が成り行き任せでは、だれも相手にしてくれない。一方で、どのくらいの効果があるのかも知らなければならない。
    
地球温暖化防止京都会議で、日本は2010年には1990年に比べて6%の温暖化ガス排出削減を義務づけられている。1990年の日本の温暖化ガスの排出量は炭素換算で3億3400万トンであり、このうち二酸化炭素CO2が、すでに述べたように3億670万トンである。この6%として、年間2千万トンの炭素の固定ができれば、日本としては興味のある数字ではないかと考えた。稲田から聞いた数字だが、ユーカリであれば、毎年ヘクタール当たり5トンの炭素が固定できると話していたと思う。したがって、400万ヘクタールの植林で毎年2千万トンの炭素が固定されることになる。1ヘクタールの植林、保守のコストは2千ドルあれば十分だろう。400万ヘクタールの植林コストは80億ドルということになる。これは偶然であるが、冒頭に引用した朝日新聞の提言、グリーン税制の税収1兆円(約80億ドル)と一致する。日本の年間GDPの0.2%に相当するが、これが温暖化ガス
排出量の6%を削減するコストとして、適切な値か、とてつもなく高すぎるのか、私には評価する能力はない。原子力発電所は1基で100万トンの排出炭素を削減できるかも知れないが、建設するのに4千億円を要する。今後安くなっても3基で1兆円はかかるだろう。さらに2兆円近い投資を要する青森県六ヵ所村の再処理工場も必要だし、最終処分場も決まっていない現状では、環境問題のやかましい日本では立地さえも簡単ではない。
    
世界のCO2排出量の多い国の人口一人当たりの排出量(トン/人)と国土面積1ヘクタール当たりの排出量(トン/ヘクタール)の表を作ってみた。数値は寄せ集めの概数だが、いろいろなことを教えてくれる。国土面積1ヘクタール当たりのCO2排出量では日本は突出している。仮に、国境を囲う壁を大気圏を超えて立ち上げたとすると、日本は最も温暖化の影響を受ける国であることがわかる。1ヘクタールから8トンを越すCO2(炭素換算)を排出しているのは、仮に国土全体に植林して、ヘクタール当たり5トンの炭素を吸収しても、間に合わないことを示している。そうならないのは、大気に国境がなく、排出したCO2が拡散して地球全体に一様に薄められる結果である。日本に起因する温暖化の影響を他の国に負担してもらっているわけだ。ドイツやイギリスも5トンを超えているが、EU全体としても同じようなものだろう。   


CO2排出量(炭素換算)の比較

総排出量  一人当たり ヘクタール当たり
百万トン トン トン
米国 1,393 5.30 1.49
旧ソ連 1,010 0.45 0.45
中国 716 0.58 0.74
日本 307 2.45 8.11
ドイツ 275 3.35 7.70
インド 198 0.21 0.60
イギリス 160 2.75 6.55
カナダ 115 3.83 0.12
世界 6,390 1.12 0.47

  
これを見ても、日本の温暖化ガス削減には、自国だけで対処するには困難がともない、多くの国々の協力が必要となることが理解できるのではないだろうか。100万トンのCO2(炭素換算)を排出する発電所の敷地は数十ヘクタールもあれば十分である。しかしこれを吸収固定するためには、東京23区の面積の3倍以上に相当する20万ヘクタール、2千平方キロの土地に植林する必要があることを、日本の人々にも認識してもらう必要がある。そのような意識が省エネにもつながってくるだろう。

  
日−伯への提案とその反応
   
一方、ブラジルに対してこのような提案が日本からなされた場合、どんな反応が返ってくるかは、予想できる気がする。一人当たり20ヘクタールを担当させれば、400万ヘクタールに対しては20万人の雇用が創出される。しかも未熟練労働者でも間に合う。家族や関連する仕事を考えると百万人近い生活が保証されることになる。農業が機械化されるにともない、土地なし労働者が増加し、都市に流入して治安も悪化する現実は、ブラジル政府にとって頭の痛い問題であり、このような雇用が増えることは、ブラジルには決して悪い話ではない。植林する土地の所有権はそのままだから、土地所有者としては、遊休地が森林になるだけでマイナスではない。
     
1961年にリオドセ社の鉄鉱石輸出契約では1トン当たりFOB8ドルに対し日本まで海上運賃は8ドルだった。セニブラのパルプ、アルブラスのアルミも日本に運ぶためには、高額の運賃を払わねばならない。しかし炭素の固定は結果だけであって、運ぶ必要はない。大気中の拡散によるものだから、輸送コストはゼロであり、日本からの距離は問題にならない。植林の生育状況は衛星を使ったリモートセンシングによって確認できるだろう。
   
植物による二酸化炭素の固定は、空気中のCO2、土壌から吸い上げられる水を原材料として、植物の葉緑素の存在と太陽光エネルギーによって次式の化学変化がおこなわれ、有機物と酸素が生成される。
  
CO2
H20 CH2O O2
  
すなわち、2千万トンの炭素を固定すれば、5千万トン以上の酸素が発生する。この酸素の地球に対する貢献については、ブラジル側に花を持たせればいいだろう。太陽がなくなることは考えられないが、地球上では高緯度の寒冷の地に比べれば、ブラジルははるかに恵まれている。その豊かな土地は将来ますます貴重なものとなってくる。いかに技術が進んでも、人類が植物の光合成に頼らないで生存することは不可能だ。問題はブラジルがこの豊かな資源を汚染、荒廃させることなく、いかに有効に活用していくかにある。

  
炭素の固定で対応せよ
   
上に述べた「排出権取引」、「共同実施」、植林によるネット方式などの詳細は2000年に予定されている第6回締約国会議(COP6)で決まることとなっている。しかし、排出権取引という姑息な方法は地球環境に対する積極的な取り組みとはいえない。本命は排出そのものの削減と、植林などによる炭素の固定で対応すべきだろう。
もちろん、国内の排出量削減だけで、6%の削減目標が達成できれば、これにこしたことはない。しかし、省エネ、新エネルギー、原子力などが期待どおりに進まない場合もありうる。危機管理は常に最悪の事態を考慮して準備しておかねばならない。ときとして、逆艪の発想も必要ではないだろうか。算盤をはじいて本格的な取り組みを先送りするのでは、根本的な解決にはつながらないと思う。成長が止まった木は伐採することになるが、これをエネルギー源に使えば、当然化石燃料を節約することができる。エレトロブラスも木材の炭化、ガス化による発電を検討していたが、いまだ実用化には至っていない。21世紀には木材利用の新しい技術も生れてくることを信じたい。未来の可能性は常に残っているはずである。
   
地球の温暖化に対処するためには、いまや事態は「なんでもあり」というところまで差迫っているのではないだろうか。日本が目標を達成できずに、国としての信を問われるようなことにはなってもらいたくない。それぞれの分野の専門家が検討すれば、これまでに述べた計画について、実行の可否はすぐにでも検証できることと思う。地球温暖化対策の数ある選択肢の一つとして提案したい。私としてはブラジルの「土地・太陽・水」が、日本の地球環境問題解決の一助ともなってくれれば、これに過ぎる喜びはない。
   
     
本稿は朝日新聞社説の徒然草の引用から始まった。結びとして、おなじく徒然草の一節を孫引きで使わせてもらう。文中サダ(注)とは、ぐずぐずして機会を失うという意味である。
   
「日暮れ、塗(みち)遠し。吾が生(しょう)既にサダたり。・・・・」

 

                                                                    おわり

(注)
は足偏に差
は足偏に蛇の旁(つくり)


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