<出稼ぎ高齢者の見た日本>
いつもいじめ≠フ対象にーしだいに遠ざかる祖国 (9)
10月30日(火)付けニッケイ新聞より転載
「ふたことめには"バカヤロー!"と怒鳴るんだ、その地元出身の若い班長が。彼と組んで仕事を始めて一週間で、血の混じったションベンが出るようになったよ」とモジダスクルゼス市在住の飯出七雄さん(六八、群馬県出身)は仕事のストレスを訴える。
それでも「約束の二年間は」と我慢して働き、ある時班長に体調の変化を言ったことがある。すると「そんなこと誰でもあることだ」と気にもされなかったことに驚いた。日本ではそれが普通なのかと。 班長の失敗までも自分のせいにされる理不尽さに耐えて、黙って怒鳴られた。そのたびに「はい、はい」と頭を下げてはいたが、「心の中では『あんたに頭を下げてるんじゃない。"円"に下げているんだ』と言い聞かせていた」と当時を苦々しく思い出す。
一九八九年から三年半ほど滋賀県や愛知県でデカセギしていた経験から、飯出さんは今だに問い続ける。「日本という国は、わずか二十年の間に、どうしてこんな風に変わってしまったのか」と。 日本が高度経済成長を経て世界に冠たる工業大国になった裏には、おおまかに言って、社会構造の基本が「村落共同体」から「産業社会」へと急激に変化した経緯がある。
移民が"故郷"のイメージとして持っている戦前や戦後初期の日本の地方では、人口の大半が農業を営み、職人や商人は自営業者であった。そのころは、同じ地域共同体に家族や親族ごと属し、お互いに助け合いながら暮らしていた。産業化によって、人々の大半は労働者個人として企業に属するようになり、その分、地域社会や親族、家族とのつながりが薄れた。非効率的だが多機能かつ人情のあった「村落共同体」は産業化と共に解体され、極限まで効率的だが機能分化され人情の薄い「産業社会」へ、社会の基本構造が変わった。
高度な生産体制を作るということは、より厳密な製品管理を可能にする、強力な会社組織をつくることでもある。それを可能にするために、労働の分業も進み、労働者は組織の歯車として機能することになった。労働者は歯車であると同時に、消費者でもある。労働者としての個人はより高度な知識と技術と、常にそれを学習する禁欲的な態度が求められる。一方、消費者としての個人は、常にマス・メディアから大量に流されるコマーシャルで、消費への欲望をかき立てられる。産業化した社会ではものごとが便利になり、即時的に欲求を満足させることが可能になり、快楽的な生活態度に慣らされる。このため、禁欲と快楽のジレンマで、個人は常に強いストレスにさらされることになった。
「出稼ぎ」は日本が戦後、産業社会化する時、最も便利に使われた労働者であり、ある意味で犠牲者だ。産業社会の恩恵を最も享受するのは都市生活層であり、貢献してきたわりに「出稼ぎ」は恩恵を受けていない。
消費意欲は刺激されても、肝心の農業は不振で、不安定な出稼ぎ生活から逃れられないし、都会に比べれば不便な生活を強いられる。それどころか、一生懸命に出稼ぎしている間に、属していたはずの村落共同体自身が解体してしまったのだ。激しい社会変化に、強いストレスを恒常的に抱えていることは、想像に難くない。そのはけ口として「デカセギ」は位置したのかもしれない。
聖市在住の高田暁真さん(六五、福井県出身)の場合、石川県から出稼ぎにきていた若者グループから「おまえらブラジルから来たんだろ」と、自分たちがやりたくない仕事をわざと回してきたり、一番汚い場所の掃除をさせられたりしたという。「すごみを利かせてきたりしたが、ケンカなんかしたら割に合わないから、我慢していた」が、結局、二週間で工場を代えてもらった。
「(出稼ぎから)名前どころか、"ブラジル"って呼ばれるんですよ。日本人も悪い人は悪い!」と付き添い婦として十年間働いてきた沢田和子さん(七一、京都府出身)は悔しがる。「ブラジルから来た人はイジメの対象になりやすい」傾向にあるという。
産業社会の最下層に、人生を通して暮らすストレスは大きい。現在の自分の地位より下を作り、現在の境遇を正当化したい人間心理がイジメをさせているのかもしれない。 病院やホテル、工場で、出稼ぎたちから「ブラジル!」と呼ばれながら重労働に耐えるなかで、一世は「自分が祖国から求められているのは、産業社会の"最下層労働者"としての役割だ」と体で感じる。日本における「デカセギ」という地位が、移民と親戚を遠ざけがちな傾向は否定できない。その地位を「移民」と重ねて再認識し、祖国と自分の関係を問い直す人は多い。祖国とのつながりは金だけなのか、と。
現在の高度産業化した日本社会には、戦前ののどかな農村はカケラしか残っていない。高度経済成長期に「出稼ぎ」が村落共同体を解体された時、「デカセギ」の"故郷"もまた、失われてしまったのかもしれない。
一世の多くは、世界に誇る工業大国の最底辺を知るにつれ、祖国がどこか根底から変わってしまった寂しさを覚える。そうして"故郷"はデカセギ以前には「胸をしめつける郷愁の中心舞台」であった地位から、しだいに「背景」へと遠ざかっていく。(深沢正雪記者)
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