ブラジル通貨危機とその見方
1999年2月23日
桜 井 敏 浩
1.経 緯
1994年
7月
インフレの押さえ込みを目的とした「レアル・プラン」実行着手 【仕組】 レアルのドルとのリンク (ほぼ等価に近い交換率と、外貨準備に
ある程度連動した通貨供給)に通貨の安定を図り、レアル高傾向と輸入自
由化・関税引き下げで貿易財の供給増を、高金利で需要を抑制し、インフ
レを押さえ込んでいる間に、根幹原因の財政改革を実現する、本来は繋ぎ
の経済政策。
12月
メキシコ通貨危機
95年
1月
第1次カルドーゾ政権・メルコスール(南米南部共同市場)発足
97年
6月
大統領再選容認の憲法改正
10月
アジア危機の余波で、株式暴落。基準金利の43.4%への引き上げ等の措
置で危機回避(1月以降引き下げへ)
しかし経常収支赤字の拡大傾向と、レアルの過大評価傾向が一層問題視
されるようになった。
11月
財政健全化のための緊急措置(税収増加・歳出削減等)発表
98年
9月
ロシア金融危機の余波で外貨流出、基準金利を49.75%に再引き上げ
10月
大統領,州知事,連邦・州議会選挙。カルドーゾ大統領再選
財政安定化政策発表
11月
IMF 対ブラジル支援(総額415億ドル)合意発表
12月
外貨流出が続き、追加財政改善(増税)措置発表
99年
1月 6日
3大州の一つ、ミナス・ジェライス州フランコ知事が州の対連邦債務の90日
間モラトリアム宣言(背景には、同知事のカルドーゾ政権への政治的怨念
など)。財務長官が、同州発行のユーロ債の2月期日分償還不能のに言
及し、外貨流出加速。
13日 外貨流出激しく、為替バンド内への買い支え不能から、為替変動幅拡大
(R$1.12〜1.22/US$→R$1.20〜1.32へ)。通貨安定論者のフランコ中銀
総裁辞任、経済成長配慮論者のロペス理事が昇格。
18日
為替変動幅制度廃止、変動相場制移行。
基準金利上下限幅引き上げ(29〜36%/年→25〜41%)。
19〜26日
IMF支援条件の一部実現に必要な、上程済みの財政改善法案の審議進
展(上院で小切手税可決、下院で公務員年金改正案を成立させるなど)。
27日
11月のIMF支援決定時の財政改善目標値を織り込んだ、99年度予算案
成立。
29日
レアル続落し、終値 R$2.15 に。銀行閉鎖,国内債務モラトリアム,預金
封鎖,マラン蔵相辞任などの噂が飛び交い、レアル・プラン導入後“最悪
の金曜日”に。
2月 2日
ロペス中銀総裁更迭、最近まで国際投機家ソロス氏のファンドの幹部で
あったフラガ氏を後任に招請。市場は好感し、為替は R$1.7台まで戻す。
内外で、「鶏の番人を狐にさせる」「インサイダー取り引きで利益」等の論
議を巻き起こす。
4日
IMF との共同声明発表。2001年に公共債務対 GDP比 46.5%以下に維
持することの再確認、レアル切り下げによる債務インパクトを相殺するた
め、財政一次黒字目標のGDP比を当初の 2.6%から 3〜3.5%に引き上
げ、中銀の独立性確保など、政策目標合意・再確認。
10日
期日到来のミナス・ジェライス州ユーロ・ドル債の償還は、連邦政府が差
し押さえた同州の預金を原資に一部補填して代理弁済。連邦は同州へ
の交付金を凍結するなど、対連邦債務不履行への法的対抗措置を進め
ている。
12日
カルドーゾ伯・メネム亜両大統領会談。メルコスールの結束再確認。ブラ
ジルは対亜輸出が急増する場合は対応措置を採ることを約束し、とりあ
えず消費財輸出補助制度は廃止。
13〜21日
カーニバル(16日)休暇で、実質“休戦状態”。為替は R$1.9/US$台で、
外貨準備高は 358億ドルレベルで推移。
2.最近の経済指標推移
(1)通貨不安勃発後の為替・外貨・金利・株価指数の推移
貿易ドル
対米ドル
(売りレート)外貨流出額
(市場売買合計額)
百万米ドル/日オーバーナイト金利
(年利 %)株 価
(IBOVESPA)1月 5日
12日
13日
15日
18日
22日
26日
29日
2月 2日
5日
9日
12日
22日R$1.2087
1.2114
1.3193
1.4700
1.5384
1.6950
1.8770
2.1000
1.7980
1.8317
1.9333
1.8983
1.9700210
1,213
1,093
1,793
324
519
338
361.1
358.9
359.5
359.3
358.3
357.728.93
29.33
29.81
29.70
29.85
32.50
32.48
37.00
38.97
38.99
38.99
38.99
38.99(2/17)7,110
5,915
5,617
6,746
7,113
7,190
7,645
8,171
8,731
8,435
8,731
8,952
9,074
〔注〕 「外貨流出額」は、商業ドル・フローティングドル市場での売買の合計額であっ
て、いわば伯の銀行の対外借り越しであるが、即外貨準備の減少額ではない。その
ため誤解を招くとして、伯政府・中銀はその発表を1月末で止め、2月からは外貨準
備高 (斜数字:単位は億ドル)を毎日発表することになった。
(2) 主要経済指標の推移
―1999年予測は、伯金融機関・コンサルタント・シンクタンク予測の傾向値
(*は各12月末)
1997年
1998年
暫定値1999年
楽観的予測1999年
悲観的予測貿易収支 (百万ドル)
経常収支 (百万ドル)
同対GDP比 (%)
資本収支 (百万ドル)
うち外国直接投資 (百万ドル)
外貨準備 (百万ドル)
年末レート (R$/US$)
年間切下率(%)
インフレ率 IGP(%)
GDP成長率 (%)
全国失業率 (%)
サンパウロ失業率(%)△ 8,372
△33,437
4.16
+25,532
+17,085
* 51,359
1.1164
7.40
7.48
3.47
4.8
16.6△ 6,438
△34,945
4.48
+26,454
+26,11 43,617
1.2012
7.59
1.87
0.15
7.6
18.3+8,000
△ 25,000以下
3
↓
↑
40,000前後
1.60
25
10
△ 1
↑
↑+5,000前後
△ 25,000前後
4.5
↓
→
30,000前後
1.80
33
35
△6
↑
↑
3.ブラジル側の事情から見た危機の原因 (1) 本来は、財政改革実現までの短期的(2〜3年)な“繋ぎ”であるレアル・プラン
を、4年半もの間、ろくに支援(財政改善の実効性)のないまま“続投”させたこと。
財政改革の大幅遅延が、主因だが、改憲等手続きと議会承認取り付けが難しい。
(2) その結果、レアル・プランの“錨”であるドルとのリンクと為替高、高金利の歪み
が、レアルの過大評価(切り下げ期待)と財政赤字のますますの拡大(公債金利負
担増)を招いた。プラン当初は、インフレ収束で実質所得増を謳歌した低所得層も、
需要抑制策が続き、景気の低迷が失業の増大を招き、貧富の格差が拡大する一
方であることから、中低所得層は期待を裏切られたと感じるようになってきた。
(3)通貨のドルとの連動、経常収支の大幅赤字、財政赤字など、アジアやロシアと
の共通点が、投機を呼び起こした(反面非共通点や、ブラジルの方がファンダメンタ
ルズがよい点は無視されている)。
(4)メキシコ(94年12月)やアジア危機(97年10月)には、迅速な対処策で軽微な影
響で乗り切れたのに、ロシア危機で掴まったのは、総選挙前で思い切った政策が
採れず、対策が小出しになったため。
(5)大統領とマラン蔵相,中銀は、この4年を巧みな経済運営で乗り切ってきたが、
@ カルドーゾ大統領が、第1次政権での立候補,大統領再選を可能とするための
改憲,自身の再選を優先させ、財政改革のための関連法案成立に十分注力しな
かった。
A 27州中、歳入に占める人件費比率を法定の60%以下に押さえている州は3分
の1にすぎないことに見られるように、州市も財政改革が急務だが、多くは自助
努力より連邦の救済を望み、改革の実が上がらない。
B 議員は特定支持基盤や自己の利益で投票活動を行い、党議にも従わないため、
関係法案審議成立のためには、利益誘導や取り引きなどに多大の時間と労力、対
価提供を必要とし、財政改革の進展が遅れているうちに、国際投機資本に経済政策
の弱点を突かれた。
C 政府部内にまずは通貨の安定実現を最優先させるべきとするマラン蔵相やフラ
ンコ前中銀総裁等の考え方と、金利を引き下げ、産業の活性化を図るべきとする
セーラ保健相やロペス前中銀総裁の流れがあり、大統領は蔵相等を支持し続け
ているが、伯の発展の両輪である両者の調整が必ずしも取れていない。
4.今後の見通しと課題
(1)今後の見通し
―上記2.(2)の表参照。
レアル切り下げによる農産物輸出等の先行き好材料もあり、国際支援の下で
2〜4月の対外債務償還・借換を乗り切れれば、為替が安定してこよう。
レアルは、これまで 20%程度の過大評価累積があると見られていたが、落
ち着き先としては、R$1.7/US$位(これでも切り下げ率は 29.4%)が妥当
とみられる。
(2)今後の課題
@高金利引き下げは誰しも指摘するとおり、ブラジルの財政や経済活動の歪
みを正すためにも必要であることは疑いない。一刻も早く高金利から脱しな
いと、産業が壊死する恐れがあるが、現状で引き下げれば短期的には公債の
引き受け(年金基金等)が直ちに止まってしまい、連邦や州市の運営が立ち
行かなくなるので、為替と外貨流出が落ち着き、財政改革が進展しない限り
取り得ない。
Aインフレの再燃が懸念されており、すでに輸入財の値上げ圧力が増大して
いるばかりでなく、非貿易財まで便乗値上げを狙っている。しかし、レアル
・プラン前と異なり、経済開放が徹底していること、世界経済がむしろデフ
レ傾向にあることから、ハイパーインフレには至らないと見られる。
B当面の一大懸案は、内債の扱いで、モラトリアムに至ることなく、既得権
益層の反対を調整しつつ、国内の債務削減を実現するのは苦難の道である。
それより一定範囲内のインフレと共存することにより、実質軽減する方が手
っ取り早いという誘惑に耐えねばならない。 年間10〜20%台の「管理され
たインフレ」は、それで収まる保証はなく、それを超えた場合に一度でも、
賃金等からインフレ・インデックスを導入し始めると、もはや後戻り出来な
くなり、再びインフレ構造経済に陥り、社会の歪みはひどくなる。C インフレに逆戻りするかという危機感と、国際金融界・市場からの外圧の
ある間に、連邦・州議会が財政の根本改革を推進する必要があるが、今年は
選挙もなく、厳しい政策を採り上げる好機であり、勝負の正念場。D連邦・州市の赤字と公債の大量発行は、国内貯蓄を食ってしまっているこ
とを意味する。短・中期的には外国からの資金注入(IMF支援や融資、直接
投資、民営化参加等)で賄わなくてはならないが、財政改革によって、国
内貯蓄を公的部門や民間産業等の投資に回せるようにしなければならない。E 短期的に見れば問題も多いが、中長期的に見れば大きな国内・メルコス
ール市場を持ち、産業基盤も開発途上国の中では相対的に発達し、資源も
豊富なブラジルの魅力は変わっておらず、欧米の投資意欲は衰えていない。F 今年の為替の急変や、物価上昇、増税と歳出削減による景気抑制策のし
わ寄せは、失業の増大、賃金の目減りなど、まず低所得者層に及ぶので、
社会的弱者救済策の並行実施が不可欠。Gメルコスールへの配慮が必要。すでに相互依存型地域統合に育ちつつ
あり、リーダーのブラジルが身勝手な政策をすれば、瓦解する。 これま
での国際通貨危機時に、ブラジルがアルゼンチンからの輸入増を受け入れ
た例もあり、競争意識が強かった80年代に比べ、近隣関係は格段によく
なってきている。
以上