10月27日ブラジル時間午後9時、本格的に導入された電子投票システムにより、開票作業が始まってからわずか2時間たらず、大統領選挙の開票率が78%の段階で、PT(労働者党)のルーラ候補の得票率が61.3%と、対する現政権党PSDB(ブラジル社会民主党)のセーラ候補の38.6%を大きく上回っているとの速報が流れた。一部報道は早くもルーラ当選確実と伝え、世界のマスコミは一斉に「ブラジルに左派政権誕生!」と報じた。 4人の主要立候補者 ブラジル憲法では、大統領の任期は4年、一度限り再選が認められている。1995年10月の選挙では、通貨安定計画レアル・プランによるハイパー・インフレの劇的引き下げの成果によって、カルドーゾ前蔵相が当選し、98年に再選されて8年にわたった政権が12月末で終わる今年10月、大統領選挙が行われた。 与党PSDBからジョゼ・セーラ前保健相が立った。最大の産業都市サンパウロ出身で、学生運動のリーダーであったが、軍政時代に国外追放され、海外の大学で経済学の学位を取得、教鞭を取った後、サンパウロ州選出の下院および上院議員を務め、昔からカルドーゾ大統領の片腕として知られている。 野党PTからはルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ同党名誉総裁が、4度目の挑戦となった。北東部生まれだが7歳でサンパウロに移住、小学校中退、工員養成学校卒業の学歴しかないが、機械工から金属工業労働組合活動に参加、委員長時代に軍政下でゼネストを指導、逮捕された経歴がある。1980年にPTを創設、86年から1期のみ下院議員を務めたほかは、党の指導者に専念、個人的魅力とカリスマ性から、労働者や貧困層からは人気がある。1989年の大統領選挙ではコロルと、1994年と98年にはカルドーゾと争い、いずれも敗れている。 PPS(民衆社会党)からは、1994年に3ヶ月余だけだがイタマール・フランコ政権で蔵相を務めたことがあり、1998年の大統領選挙にも立候補したがカルドーゾ再選で苦杯をなめたシーロ・ゴメス元セアラ州知事が、またPSB(ブラジル社会党)からガロチーニョ・リオデジャネイロ州前知事が立候補した。いずれも野党であり、カルドーゾ政府には批判的立場にある。このほか軍政から民政移管して最初の選挙で副大統領から昇格したサルネイ元大統領の娘のロゼアナ・サルネイ・マラニョン州知事(PFL−自由戦線党)も、知事職を辞して立候補を表明していたが、3月に経営に関与する夫の企業への検察の手入れの際、出所のあいまいな大金が見つかり、政府開発金融機関の不正融資の疑いも明らかにされ、断念している。 野党候補の優位に揺らぐ経済 大統領はじめ州知事や議員選挙に公職にある者が立候補する場合は、投票日の半年前までに辞任しなければならないが、選挙運動期間の定めはない。常に30%台を維持してトップを独走するルーラを追って、6月頃からいち早くテレビ等でキャンペーンに飛び出したのがシーロで、支持率世論調査では7月上旬から8月中旬まではセーラを上回り、20%台で付けていた。シーロは富裕層への増税などを主張し、10%前後に留まるガロチーニョはポピュリスト的な公約を振りまいた。セーラが20%に届かない状況が続いているため、次期大統領は左派系野党から出ることが必至との見方が広まり、ブラジル経済の前途を悲観的に見る風潮が、特に国際金融界などからわき起こった。5月に米国証券会社複数が顧客にブラジル国債購入を控えるよう回状を出したのをきっかけに、6月から8月にかけて格付け機関が相次いで、野党候補優勢による投資家心理の悪化を理由に、ブラジルの格下げを発表した。 たしかにルーラは過去の大統領選挙では、反IMFを鮮明にし、対外債務支払いは契約を見直して支払い停止もあることを主張し、公営企業の民営化の中止、国内産業の保護などを主張してきた。しかし今回のルーラは、これまでの労組リーダー丸出しの服装をきちんとスーツ・ネクタイ姿にあらため、中間層にも安心感を与えるよう穏健な言動・主張に終始していた。当初はその真意への疑念が強かったものの次第に浸透し、これまで支持率と並んで高かった拒絶率も、前回までに比べ大幅に低くなってきたのだが、依然内外の金融界などから疑心暗鬼の目で見られていたのである。 この左派政権誕生懸念が端的に表れたのが、レアルの対米ドル交換率の低下(レアル安)、株価の下落、カントリー・リスク・プレミアムの上昇など、金融指標の悪化である。この間ブラジル経済のファンダメンタルズは全体としては悪化していないにもかかわらず、外貨債務を持つ者はドルの先行購入に走り、外資系金融機関は対ブラジル与信枠を縮小するなどしたため、急激なドル高を呼び起こし、6月末には2.84レアル/ドルであった為替は、9月末には3.89レアルと、4レアルに迫った。もとより左派政権成立の可能性だけでは“火のない所の煙り”は立たず、背景にブラジルの2,100億ドルもの対外債務残高と、それを上回る2,700億ドル相当もの対内債務(国債と州市の対連邦債務)残高があり、国債のうちドル連動債が約30%を占めていることから、現政権末期から次期政権にかけての債務償還の履行が不安視されたためである。アルゼンチン危機から、ブラジルもデフォルトへ進むのではとの短絡的な連想がなされたことも否めない。 この間カルドーゾ政府は手をこまねいていた訳ではなく、6月以降IMFからの100億ドルの融資引き出しと外貨準備最低保有高の引き下げによるレアル防戦、財政一次収支黒字目標の上方修正、預金準備率の引き上げなど、次々に市場安定策を打ち出した。7月下旬にはオニール米国財務長官が中南米金融支援を否定したと思わせる失言の追い打ちがあって一層の事態の悪化があったが、米国政府がブラジル経済のこれ以上の混乱を望まないとの意図を明確化したことから、8月上旬にはIMFが300億ドルという最大規模の融資を決定、世界銀行、米州開発銀行も融資実行を発表し、強固な支援態勢が確立された。 また各候補者はこの経済環境悪化もあって、現政権が固守していた財政一次黒字幅堅持などのIMFとの合意事項遵守、対外債務償還の国際約束保持、外資歓迎などの点では基本的に容認するようになり、8月19日にカルドーゾ大統領が4候補と個別会談した際にも、ガロチーニョ以外からは、IMFとの協定尊重、通貨安定と緊縮財政の維持について約束を取り付けた。一方現政権側も、政権移行体制を整え、誰が当選してもスムーズに引き継ぎを行う旨明言、政権交代期の混乱懸念の払拭に努めた。 このような与党候補の低迷に、ルーラの最初の大統領立候補の際には、大々的な反ルーラ・キャンペーンを行った経済界にも諦めの気運が高まり、第1次投票前からもルーラ是認の声が出始めていた。事実1989年と1994年の選挙の際にはルーラの拒否率は50%前後もあったのが、今回は30%を切るまで下がってきたことに象徴されるように、過激な言動を控えたルーラの変貌(それはPTの変化でもあるが)と国民多数のルーラ支持の勢いに押され、多くの経済人は(本音ではないにしても)ルーラ政権でも問題ないといい出すようになり、いち早くルーラ支持に“乗り換え”る企業グループ首脳も出てきた。 ブラジル大統領選の仕組み ブラジルの大統領選挙は直接投票で、同時に連邦議会上院の1/3もしくは2/3の改選、全下院議員、州知事、州議会議員選挙も行われる4年に一度の総選挙でもある。大統領、州知事は、第1次投票(今回は10月6日)で無効票・白票を除いて過半数に達する候補者がいない場合は、上位2者による決選投票(10月27日)で決着がつけられる。今回からすべての投票が本格的に電子化されたが、不正の余地はほとんどない公正な投票・集計が確保されているようである。 8月20日から10月3日まで、下院の政党連合別勢力に応じた時間配分の無料テレビ・ラジオ政見放送が行われ、全国紙というものがなく国民のかなりは新聞を読む習慣がないブラジルでは、この放送で各候補者の人となりや政策を知ることになり、少なからぬ有権者はこの投票前の3週間の間に最終的に投票を誰にするか決める。候補者別では、与党連合のセーラがスポット宣伝を含み20時間36分、ルーラが10時間36分、シーロ 8時間33分、ガロチーニョ4時間37分と、圧倒的にセーラが優位にあり、このほか数回のテレビ局主催の公開討論会や各候補者のインタビュー報道がある。これまでの大統領選挙では、このテレビ・ラジオ放送が大いに威力を発揮して形勢を変えた例があり、セーラもここでかなり巻き返すのではないかとの期待が支持層から持たれた。 ブラジルの有権者の特徴は、16歳から任意、18歳以上は投票が義務づけられていることと、今まで人口増加率が高かったことから、34歳までで47%と若年層が多い。地域別には、南東部が44%、南部が15%と多いが、相対的に貧しく開発の遅れた地域である北東部・北部は連邦議員数の配分が多くなっているため政治力が強く、これらの地域での票集めは侮れない。 有権者の教育水準をみると、文盲は8%と減ってきているものの、小学校卒業までの低学歴者が75%と圧倒的に多いが(1998年調査)、これは新聞・週刊誌等の活字メディアよりもテレビ・ラジオの影響がはるかに大きいことを意味する。また世界的にみても貧富の格差が大きいブラジルでは、最富裕層10%が全所得の45.7%を占有していて(1999年)、低所得層の数が圧倒的に多い。これらのことは、マクロ経済や外交よりも、身近な生活改善に関心をもつ層が大きいことにつながる。ちなみにいろいろな外国語に堪能で外交手腕の高く、国際的には評価の高いカルドーゾ大統領であるが、インフレ抑制を優先するあまり経済成長を抑制し、失業の増大、治安の悪化を招いていると見るこれら階層からの支持は、その第2期目には大きく下がってきていたのである。 第1次投票の結果 10月6日の第1次投票に至るまで、本命候補者4人の中でルーラだけが終始独走を続けた。8月中旬まで勢いがあって、あわや2位で決選投票に躍り出るかとみられていたシーロは、才気が走り過ぎた政策発言に一貫性を欠き、20日に政見放送が始まると持ち前の性格の強さがセーラ攻撃で視聴者に不快感を与えたこともあって、間もなく脱落した。ガロチーニョも選挙資金が底をついたためといわれ息切れが目立ってきたが、選挙戦終わり間際では善戦した。放送時間で圧倒的優位にあるセーラであるが、シーロを追い抜いたものの23%を最高に支持率は伸びず、他方ルーラは一時49%と、第1回投票で過半数を制して当選するのではというほどの勢いであった。 6日の投票結果は、結局ルーラが46.4%と過半数には届かず、23.2%で2位につけたセーラとの決選投票に持ち込まれることになった。敗退したガロチーニョとシーロは、予想どおりルーラ支持にまわることを宣言した。決選投票での選挙戦は、政見放送時間も同じであり、相手に決定的にダメージを与えるスキャンダル発覚や致命的な失言がない限り、逆転は難しい。現与党・政権が行政マシーンを動員してセーラのために動くことを期待した向きもあったが、結局カルドーゾ大統領はこれといった動きをみせず、公平な態度を維持した。10月14日にはレアル安阻止のため中銀の基準金利を18%から21%に引き上げる決定がなされたが、一層経済活動を抑制するこの措置もまた、与党候補の淡い挽回の期待をつぶす作用をしたといえる。 セーラの敗因 10月27日の投票は結局ルーラ61.27%、セーラ38.73%と、ルーラの圧勝に終わった。陰に陽に行政システムを利用できて圧倒的に有利な立場にある与党候補セーラが、接戦に持ち込めないまま敗退したのはなぜだろうか? 候補者個人としては、ルーラには大衆を惹きつけるような魅力があるが、これまでのように労働組合としての利害や野党としての要求ではなく、国民全体や国益を考えての調整能力があるのか? 公開討論会での政策論争では問題を取り違えるなど、大統領としての資質に問題はないのか? 初等教育歴だけのルーラに、ブラジルを取り巻く難しい国際問題や首脳外交をこなせるのか? 懸念を感じている国民は少なくないのに、それらがなぜセーラへの票にならなかったのだろうか。 ルーラに比べセーラは、政策知識や外交等の能力は優ると見られ、また言動は慎重だが、大衆を惹きつけるカリスマ性や人間味には欠けていた。他方先にロゼアナ・サルネイを立候補断念に追い込んだ検察の捜査は、彼の差し金と思われるなど、意外に権謀好きとみなされている一面もあった。しかし最大のハンディキャップは、彼自身は経済成長論者でカルドーゾ政府の通貨安定優先政策を批判してきたにもかかわらず、常に連立与党候補としてカルドーゾ政権の後継者として見られていたことにある。セーラへの支持は、カルドーゾ政権8年を評価することと同意義であり、元来保守的で安定志向が強いといわれるブラジル人であるが、それに満足していない多くの国民はあえて多少のリスクはあってもルーラに投票し、ともあれ変革を求める道を選んだのである。 カルドーゾ政権の8年の施政は、1994年のレアル・プランの本格実施によってインフレを劇的に抑え込んだところから出発した。高金利と為替高政策を2つの錨にして需要を抑制し、輸入自由化や関税引き下げも活用して供給増と物価の上昇を予防して通貨の安定を維持し、その間にインフレの根本原因である財政改革を達成するのがレアル・プランであった。しかし公務員人件費や年金支出削減を含む歳出抑制や税制改革、公営企業の民営化などは、多くの既得権益層の頑強な抵抗があり、根幹の経済構造の改革が進まないうちに、さらにメキシコ、アジア、ロシア危機という一連の不幸な外的要因が続き、当初の速さでの改革は進まなかったのである。 このレアル・プランの下ではどうしても輸入が増える一方で輸出は不利になるため、貿易収支が赤字化し、それによる経常収支赤字拡大を補うために常に外資の導入が不可欠になるという対外経済依存型になってくることは避けられない。これらのブラジル経済の“アキレス腱”を突かれ、ついに1999年1月にはブラジル自身が通貨危機に見まわれ、為替の変動相場制への移行を余儀なくされた。その後も高金利政策をほとんど唯一の錨とした難しい経済運営が続いているが、これにより経済成長は抑えられ雇用は伸び悩み、失業率はまったく改善していない。麻薬問題も絡み、大都市をはじめとする治安の悪化は、ほとんどすべての国民の日常生活を脅かしている。カルドーゾの8年間の施策は、IMFはじめ国際金融界から高く評価され信認されていたとはいえ、多くの国民の生活実感としては収入は増えず、インフレ率は低下したものの財政改善の一環としての公共料金の値上げは続き、企業の投資やクレジット購入を妨げる高金利は一向に下がらないという閉塞感があった。レアル・プラン初期のインフレ収束による実質所得増大と経済安定化の恩恵の記憶が薄れるにしたがい、不満が鬱積していた。このことはIMFの支援条件に象徴される、新自由主義経済がもたらす社会コスト、グローバリゼーションによる経済政策の国際規準化への強烈な批判の現れであり、カルドーゾ政権が表面に出さなかったナショナリズム再台頭の要素も無視できない。 ルーラ政権の課題 ルーラもまた他の大統領候補とともに、金利の引き下げによってより高い経済成長を実現し、就業機会を増やすことで失業を減らすことを約束してきた。しかし次期政権はカルドーゾ政権から持ち越された巨額の公債残高、財政の赤字体質などの“負の資産”を引き継がねばならない。輸出が拡大して経常収支赤字が縮小し、経済の対外依存度を小さくすることが出来るまでの間は外資の流入が必要であることから、それを妨げる政策は採り得ないし、経済自由化政策の多くはすでに後戻り出来ないところまで進んでいる。もとより国際金融界の信認を保持するためには、財政の第一次収支黒字の対GDP比3.75%の維持(2002〜05年の間)等のIMFの支援条件を遵守しなければならないが、その主題である財政改革はインフレ再発防止のために必須である。現政権が達成しえなかった財政節度と年金制度や税制、それに農地改革など、第2段階の構造改革の推進が求められる。それらの中には、必ずしも今回ルーラに票を投じた人たちの期待に応えるものではない施策も行わなければならない。 そしてカルドーゾ政権下で成立した「財政責任法」や予算法などの法的規制によって、いわゆる“左派”らしい政策を採れる余地は小さい。実刑処罰を科すことを含めて財政の健全化を義務づけた「財政責任法」については、PTは無効とするよう提訴しており、今のところ取り下げていないが、新政権に課せられた所与の条件に正面から取り組み、対内・対外経済の混乱を避けようとすれば、これまでの主張や公約の大幅な改廃は避けて通れない。当選後の発言をみると、選挙中主張してきた最低賃金の大幅な引き上げは、財源との絡みで軽々に実現は難しいことは、すでに分かってきたようである。 従来のルーラやPTには、例えば米国が提唱するFTAA(米州自由貿易協定)に対しては強い警戒感を示すなど、伝統的に反米の姿勢がみられた。しかし好むと好まざるとにかかわらず、米国との良好な外交関係維持は、政権持続のみならずブラジル経済の安定のための外的要因としても不可欠である。国内問題ばかりにかまけず、ルーラが不得手とみられている外交にも注力していかねばならない。まずは米国との信頼関係樹立とともに、アルゼンチンの経済危機で前途が危ぶまれているメルコスール同盟国への働きかけが必要である。その他ラテン・アメリカ諸国はじめ欧州や日本、アジアとの関係強化は経済面でも重要であり、首脳外交も避けて通れない。 ルーラ政権の政策実行力 これらの課題と状況に加え、まずは極左から中道右派まで幅広い思想と利害が錯綜したPT党内の調整の問題があり、ルーラとその側近の指導力が問われることになる。もはやPTの大勢は中道といってよい穏健派と目されるが、労働組合叩きあげの左派の発言力はまだ侮れない。 またルーラ政権にはカルドーゾ政権に比べると与党連合の議会や州知事の勢力過小という困難がある。今回選挙での連邦議会でのPTの躍進は目覚ましかったが、与党連合支持基盤は過半数を制するまでには至らず、PMDB(民主運動党)やPFLの一部などと組むことになるが、それによりかなり路線は制約されよう。またブラジル政界の常として、個々の議員は党議より個人とその支持者の利害を優先させるので、個別法案の賛成票取り付けは、利益供与とひき換えに有力議員の一本釣りを行わねばならない場面がある。議会で絶対過半数を確保していたカルドーゾ政権でも、これには苦労してきたのだが、そのため議会運営はもとより、閣僚はじめ連邦政府やその下部機関の要職のポスト配分などとの駆け引きが日常茶飯事となり、PTとその連立政党だけで政策を決めることは出来なくなる。 また州知事選挙ではPT自身は3州しか取れず、特にサンパウロ、ミナス・ジェライス、リオデジャネイロなどの主要州ではすべて敗退という中央と地方のねじれ現象は、実態は全国政党への拡大途上にあって、全国相手の調整力が弱いPTにはかなり深刻である。州知事の権力が強く、政策は連邦議会と州知事の2段階の承認が得られて実現出来るといっても過言ではないといわれるからである。 これらの状況を勘案すると、どこまでこれまで主張してきた理念に近づけるかは大いに疑問があるが、他方では過激な施策は実行しえないという安全材料にもなる。 これまでルーラ自身は短期間の下院議員の経験しかなく、PTそのものもサンパウロなどで都市行政の経験はあるが、連邦レベルを担当したことがなく、行政経験の不足は懸念材料である。連邦政府とその関係機関、地方の出先など、政権与党が関与する重要ポストだけでも相当数になるが、人材の絶対的な不足は否めない。あとは如何に外部の適材を活用し、全体としての方向付けを行えるかにかかっている。 ルーラ政権への危惧と期待 これらルーラ次期政権に突きつけられた課題、経済の実態、政治情勢、内外の環境などを考慮すると、次期大統領が取り得る政策範囲は自ずから限られてくる。 そうであれば2003年1月に始まるルーラ政権は、やがて政策実行がままならぬ状況に陥り、インフレも再燃して、従来からのルーラ・PT支持者の要望はもとより、変革を求めた国民の期待にも応えられぬまま急速に支持が低下し、その中で政策の一貫性と整合性を欠いた人気挽回策を採ることでますます政治・経済が混乱に向かうという、悪い方へと向かうシナリオが考えられないことではない。 これまでポピュリスト的な政治家が大統領就任後に苦しむことになったのは、野党の攻撃以上に自らの支持層・団体にした約束の始末であったという。時節到来とばかり過激な要求実現を迫る労働組合連合やMST(土地無し民運動)等をどこまで抑え込むことが出来るかが、まずは政権安定の最初の分かれ目になるだろう。 しかしルーラ大統領とそのスタッフが状況をよく認識し、支持層の過大な要求をなだめ、国民の忍耐が続く間に少しでも変革の実績を示していくことが出来れば、悪いシナリオへ進む可能性は大きくならない。その意味では最初の1年が勝負である。候補者中で最も自身の政策立案・主導能力を過信するおそれが少ないルーラであるからこそ、経済、外交、議会対策などにはそれぞれに秀でた人材を登用し任せ、それを一貫して支えて全体として社会各層の利害を調整し、方向づけるという統治手法を採れば、この難しいブラジルの政治・経済運営を少ない混乱で何とか乗り切れることを期待してもよいではないだろうか。 本来なら野党候補者がIMFとの協定破棄を叫び、有権者の多くもそれに感情を一にしてもおかしくはない経済環境下での選挙であったが、ルーラも彼を選んだ有権者も単純な反IMF感情に走らなかった。有権者がこれまでカルドーゾ政権が腐心してきたブラジル経済への信頼維持の必要性を認識し、これからの困難な条件と課題をわきまえてある程度まで忍耐を覚悟しているのであれば、そしてルーラ政権もいたずらに国民に迎合せず、地道に改善・改革の実をあげていこうとしているのであれば幸いである。それはルーラが初めて大統領に挑戦した12年前とは、ブラジル経済を取り巻く国際環境とブラジル自身が大きく変化してきたことを、ルーラ、PTを含む政治家も国民も認識するまでに至ったことを意味し、ブラジルの民主主義が着実に成長していることを示すものだからである。 〔文中敬称略〕
【『ラテン・アメリカ時報』2002年12月号掲載(社)ラテン・アメリカ協会発行】 |
〔注〕 @予測値 (参考) A10月末 B1〜9月累積
〔注〕党派別議席数は資料によって若干違う。与野党の区別も未だはっきりしない部分がある。PMDBとPFLの一部は与党側に付くので、議員数では与野党の差は拮抗することになろう。 憲法改定には3/5の賛成が、法律改定は過半数の賛成が必要。 出所:選挙裁判所発表(各紙報道)
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