フォークスワーゲンのワークシェアリングと 
 統一労働法の下院での改正案の承認

  
高 木 登  


      
従業員コストの削減に苦悩するフォークスワーゲン
  
今年の11月の初めに、サンベルナルドドカンポ市のアンシエタ街道に沿った巨大なフォークスワーゲンの工場の正門前で、1万2千人の従業員が示威運動をしていた。それは十数年前までは常に見られた光景であるが、最近では珍しいスト風景が見られていた。ストはABC地区の金属労連に率いられたものであったが、従来の賃上げストではなく、同社が最近発表した3,000人の従業員の解雇の撤回を要求するものであった。
     
11月28日付け「イザーメ」誌は、「従業員の削減がこの大手自動車メーカーの課題」と題して、フォークスワーゲンの労働コストの削減に対する苦悩を特集している。同社はかっては自動車と言えばフォークスワーゲンと言われ、50%を上回るシェアでブラジルの自動車業界をリードし、隆盛を極めていた。しかしAnfavea(自動車工業連盟)の資料によると、今年1月から10月までの期間に、そのシェアは27.2%のフィアットに追い抜かれて26.6%に比重を落として業界2位になっている。
   
その特集によると経済的に見て最も理論的な方法は、アンシエタ工場を閉鎖して、税制恩典が得られ労働賃金が安い他の地域に移転することであるが、2万人を上回る従業員を解雇すれば、労組から圧力を受けることは必至であり、また会社のイメージも損なわれることで、同工場の完全な再構築をすることを決定したとのことである。ちなみにパラナ州のクリチーバ市近郊の同じフォークスワーゲンの労働コストは660レアルであるのに対して、サンベルナルドドカンポ市の労働コストは1,700レアルで3倍近い数字であり、いかに同社が従業員の削減、または給与の引下げを切望しているかが良く了解できる。
   
ストの決着は金属労連のルイス・マリーニョ組合長が、ドイツの本社に乗り込んで本社社長と談判してブラジル工場の3,000人全員の解雇を見合わせることに成功したとして、ブラジルのマスコミでは組合長の功績が大いに賞賛されていた。ブラジルフォークスワーゲンはその見返りとして、労働時間を15%短縮して、その分の給与を引き下げることを労組と協定したと報じられている。
   
フォークスワーゲンは、3年ほど前にも同じようなプロセスでブラジルの労働法では禁止されている給与の引下げに成功している。今回は労組組合長をドイツまで乗り込ませる演出を仕組み、巧妙に従業員コストの引下げを計ったのではないかと勘ぐられている。これは日本でも雇用問題の解決方法として、現在しきりに言われているワークシェアリングであるが、労組組合長に花を持たせて、企業の労働コストの低減に成功した良い例である。しかし企業がこれだけの涙ぐましい努力をしなければならないのは、労働者の保護のためと称して、すべてのことを法律で規定している融通の利かないブラジルの統一労働法によるものである。
  
 
統一労働法の下院での承認に成功した政府
   
12月5日付け「オエスタード」紙は、「政府は下院でのCLT(統一労働法)の改正法案の承認に成功」と題して、統一労働法の第618条を変更する改正案を、下院で賛成264票、反対213票、棄権2票で可決したことを報道していた。
   
これは労使間の紛争を日本や他の先進国のように、調停により解決することを許可するもので、改正案は調停または集団協定で決められたことは、法令を上回る効力を持つことにしたに過ぎない。しかしこれまでの労働紛争は、すべて労働裁判所で裁きを受けることが義務付けられていた。そのため今後調停によって紛争が解決できれば、ブラジルにとっては画期的なことであり、その恩恵は労使共に計り知れないものがある。
  
本改正案が実施されるには、さらに上院で承認される必要があり、労働法の改正には絶対に反対の左派政党と、本件では反政府的な態度を取っている与党連合のPMDB党を含めると過半数を占めることになり、下院以上の激しい抵抗が予想されている。
   
この統一労働法の改正案は、その必要性が常に話題に上りながら、歴代の下院議長は労働法の改正なるタブー的な議題を、左翼政党や労組の反対を恐れて長年の間手を付けてこなかった。今回アエルシオ・ネーベス下院議長(与党のPSDB党)と、推進者であるフランシスコ・ドルネーレス労働相(PPB党)の、それぞれ1985年の民事大統領に就任する1週間前に病死したタンクレード・ネーベスの孫と甥の、今回政党は違うが甥と叔父の名コンビを組み、法案成立に持ち込んだものである。
  

60年近くも変更されていないブラジルの統一労働法
   
ブラジルの労働法は、ゼツリオ・バルガス政権時代の1943年に、ファッシズムのムッソリーニ時代のイタリアの労働法を真似て作成され、その後60年近くになるが何の改正もされてはいない。しかも休暇や時間外手当などのこまごましたことまで、すべて法律で決められており、それに違反すれば企業は罰則を課されることになっている。
   
そのためいろいろな障害になっており、ブラジルコストの大きな原因になっているが、まず挙げられるのは給与以外のコストである。
  
12月2日付の「オエスタード」紙は、出所:USP(サンパウロ総合大学)のジョゼー・パストーレ教授の資料として、ブラジルは給与以外に企業が支払うものは、給料を100とすると103.46%になっており、世界のチャンピオンになっていることを報道している。これは従業員を1人正式に雇用する場合に、給与の倍以上をコストに含めなければならないことを意味している。2位はフランスで79.70%、3位がアルゼンチンで70.27%、4位がドイツで60.00%、5位が英国で58.8%になっている。ちなみに日本は11.80%であり、アジアの虎諸国は平均で11.5%と非常に低率である。
    
次ぎはそれ以上に大きなものは訴訟コストである。労使紛争が起きた場合、その解決は示談で終わらせることが許されず(訴訟がそれを理由に再び起こされる危険性がある)、すべて労働裁判所に持ち込まれ、裁判所が調停の労をとることもない。12月12日付け「イザ‐メ」誌によると、現在労働紛争の訴訟件数は驚くべき数字の、3百万件に達しているとのことである。そのため各企業は従業員、または旧雇用者(解雇後に提訴されることが多いため)との紛争に備えて労働法専門の弁護士を契約し、常に弱い立場にある企業側の弁護に当らせる必要があり、そのコストはかなりのものについている。なお敗訴すれば法外な賠償金を支払わなければならないことも覚悟する必要がある。ちなみに日本の訴訟件数は1,500件程度であり、ブラジルから見た場合ゼロに近い数字である。第一日本には労働裁判所などは存在さえもしない。


労働人口の60%が無登録労働者であるブラジル
   
上記の「イザーメ」誌は、ブラジルの労働人口の60%、すなわち42百万人は正式に企業と労働契約をしていない労働者であると報道している。それは上記に説明したように正式雇用者のコストが高くつくことで、企業が極力従業員の雇用を押さえ、正式な雇用市場が狭められることによる。そのため無登録労働者は労働監督官の監査が及ばないアングラ経済で、低賃金で働かされることになる。
   
無登録労働者は幽霊的な存在であるため、通常の労働者が享受する当然の権利もなく、不安定な状態で働かざるを得ない。一方で社会保障制度の負担金ももちろん納入しないことで政府の財政にも影響している。そのためブラジルにとっては労使ともに苦しめられる悪法になっている。
  

公金横領で現在服役中の前サンパウロ地方労働裁判所長
  
現在ニコラウ・ドス・サントス・ネットなる前サンパウロ労働裁判所長が、公金横領の罪で服役中である。理由はニコラウの在任時代に、サンパウロ市に新しい労働裁判所の本部を建設することを決定し、建物は建築し始めたが途中で中断して、残りの資金を建設会社とぐるになって海外へ送金し着服していた罪による。
   
ブラジルは上記に述べた現在3百万件にも及ぶ膨大な労働訴訟に対応するため、労働裁判所の規模は肥大化してきている。労働裁判所の維持と判事その他の従業員の人件費に、1999年度だけで32億レアルの国家予算のほぼ5%に相当する分が組まれている。それは運輸省の年間予算の倍であり、文部省の予算の30%に当っているとのことである。そのため各企業は労働訴訟で被害をこうむる上に、その組織を維持するためさらに税金を支払うことになり、泣きっ面に蜂とはこのことを言うのであろう。さらに上記に述べたニコラウのケースのように悪事の温床にもなっている。
  
今回の統一労働法の改正案が実施され、労働紛争が調停または集団協定で解決されるようになれば、労働裁判所の訴訟件数の80%は減少すると言われており、政府の労働裁判所に対する予算の削減も可能となり、その恩恵は計り知れないものがある。

 
上院でのCLT(統一労働法)の承認を優先課題とするカルドーゾ
   
12月10日付け「ガゼッタ・メルカンチル」紙は、「航空業界、電力問題と統一労働法の上院の承認をカルドーゾ政権最後の年の優先課題とする」と題して、カルドーゾ大統領が下院議会を長年の困難の末に通過させた統一労働法の上院通過を、上記の2つの重要問題と同レベルに置き、その承認を重要視していることを報道している。
   
上院の承認は上述ですでに説明したように、上院議長席を占めるPMDB党と左翼政党が反対しており油断はできない。しかし左翼政党のとくにPT党が反対するのは労働者の権利が奪われるとの、思想的なものであるが、PMDB党の反対理由は、政府から何らかの見返りを得るための反対に過ぎない。
   
今年は国会の休会も迫り、来年の休会明けにならなければ、上院での審査はできないが、カルドーゾ大統領はこの辺りの事情は十分承知していることで、願わくはブラジルの近代化を阻害しているこの悪法を改善すべく、政権最後の年の重要課題として成立させることが切望されている。
     

 

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