<誰もが心配するルーラ政権でのブラジル経済の行方>

ルーラは来年よりどのような政治をするのか?


高 木 登  
-  2002年11月29日


 

11日か6日でもめる大統領就任日
   
ブラジルだけでなく世界的にも例が少ない、貧しい家庭に育ち小学校も満足に出ていない、旋盤工上がりで政府の反対政党候補が、有効票の62%近くを獲得して圧倒的な勢いで政府派候補を敗退させて大統領に当選したルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ新大統領の就任式が、同氏が16日に延期することを希望しているため、憲法規定通り11日に固執している現大統領との間で、一体どちらにするかでもめている。
   
カルドーゾ現大統領は、自分の政権期間ではない5日間を過ごすことは好まないとのことで、憲法通りに行うことを主張し、PT党の幹部はブラジルでは始めての労働党政権の誕生であることで、できるだけ多くの各国の首脳部に出席してもらうことを希望しているが、元旦の11日は世界的な重要な祝祭日であり、各国の元首が国を留守にすることができないことを理由に、6日に延期することを申し入れている。
   
しかしちまたではかなり以前からであるが、キューバのフィデル・カストロ首相がルーラの大統領の就任式には、是非とも出席したいが11日では出席できないため、6日に延期して欲しいと要請していたことが理由であると噂されていた。ルーラもこれまで社会主義政権の先輩として尊敬してきたカストロ首相に、3回もの失敗の末ようやく勝ち取った政権の就任式で、自分の晴姿を見てもらいたい希望は強いであろう。
   

ルーラを1210日にアメリカに招待するブッシュ
   
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14日の各新聞は、ルーラは大統領就任前にブラジルにとって重要な3カ国をまず訪問することを希望していたが、アメリカのブッシュ大統領が1210日を指定して、ルーラの米国訪問を待っていることを報道していた。他の2カ国とはルーラが以前から重要視してきた拡大メルコスールのメンバーであるアルゼンチンとチリであり、アメリカより以前に訪問する予定であるが、こちらはルーラの訪問であれば予約などしなくても、何時でも出迎えてもらえる自信はある。
   
ただしブッシュの場合はそんな簡単な訳には行かない。イラクの問題やテロの対応などで超多忙であり、通常であれば南米の1国の大統領などに振り向いても貰えない。しかしブッシュはルーラのためにあえて1日を空け、その後にルーラと訪問スケジュールなどを事前に討ち合わせするため、オット・ライヒなる特使をブラジルに派遣するなどしてかなり気を使っている。
   
これはルーラがかねてより好感を持ち、アメリカが中南米で最も嫌っているキューバのフィデル・カストロとベネズエラのウーゴ・チャベスと共に社会主義国3国同盟を結成するのではないかと恐れられ、またAlca(米州自由貿易圏―英語ではFTAA)をアメリカの経済的な合併政策であると非難し、その成立に反対していたこともあり、この問題だけではなく従来より反米感情をあらわにしていたことで、ブッシュがルーラを懐柔するためにしているのだと言う人もいる。
   
選挙で当選したブラジルの大統領が就任以前にアメリカを訪問するのはルーラが初めてではない。間接選挙ではあるとは言え、初めて文民政権の大統領に選ばれたタンクレド・ネーベスも米国を訪問しているが、不幸にして大統領就任1週間前に病死している。その次の大統領選で軍事政権終了後初めての直接選挙で、今回当選したルーラ新大統領を接戦で敗北させ颯爽として大統領に登場したコロールは、きしくも現ブッシュ大統領の父親の政権時代に訪米している。しかしブラジルは経済的に疲弊した南米の1国に過ぎなかった当時とは時代も違っており、南米における存在感も数倍大きく、ルーラのアメリカ訪問は大きな意義があると思われる。
   
したがってブッシュがルーラに期待しているのは、もちろん上記に述べた反米感情、とくにAlcaに対する懐柔策もあるであろうが、主としてアルゼンチンの経済的な立直しを含めた南米地域のまとめ役としての指導者であり、アメリカの裏庭であるラテンアメリカの彼らの不安をなくすことであると推察される。そのためルーラとしてもブッシュと会うことで、南米の指導国の元首としての意識を持つであろうし、今までのようにただ反米感情をあおっておれば人気が得られるのではなく、アメリカとの関係がいかに重要であるかを認識するであろう。
  

ルーラの今後の政策を決める参謀三羽烏
   
ルーラの今後の政策は基本的には飢餓の撲滅と雇用増大を主体としており、これまでの主張とは少しも変わっていない。しかし選挙後のPT党のとくに経済政策に関する考え方はかなり変化しており、ルーラのこれまでの言動とは大いに違うため、そのことで戸惑う人が多いと思われる。それは次ぎに述べる3人の参謀によるもので、それぞれの経歴と考え方を知らなければ、今後のPT党の政策を知ることはできない。
   
まず第1に挙げられるのは、選挙が終了するまでPT党の党首であったジョゼー・ディルセウである。この人物がPT党の方向をほぼ180度変えており、今回の大統領選ではこれまでのようにPT党単独で出ることを止め、左派ではないPL党より副大統領に現在なったミナスジェライス州の大実業家(従業員16千人で年商10億レアルの繊維大手グループCoteminasの社長)で、上院議員のジョゼー・アレンカールを連れてきている。さらにルーラが国内の企業家や銀行家に接近したり、アメリカの大手銀行、JP Morganの暗黙の支持を得て、従来の労働運動の闘士としてのイメージを消したのも、この人の考えによるものである。
    
この人物の経歴はミナスジェライス州のサンタ・リッタ市生まれで現在56歳であり、学歴はサンパウロ大学の法学部を18年かかって卒業している(18年かかったのは次ぎに述べるように投獄と亡命による)。同氏は学生時代に学生連盟のリーダーであり、根っからの左翼思想の闘士であった。そのため投獄されたこともあり、30数年前にブラジリアで左翼に誘拐されたアメリカの駐伯大使の解放と交換に釈放されている。その後はキューバに亡命してゲリラ教育を受けたとのことである(「ディニェイロ」誌)
   
しかしPT党を左翼から中道派に変更したのはこの人であり、“過激主義はPT党を破滅すると決心した時は、われわれは党内部では少数派であり、30%がわれわれの考えについてきたに過ぎなかった。しかし現在は党を完全にコントロールしている”と同氏は回顧している(ベージャ誌)
   
次ぎは現在政権移管期のPT党代表であり、政権樹立後は蔵相か企画相に予定されているアントニオ・パロッチ・フィリョである。現在42歳で職業は日本ではあまり聞いたことがない公衆保健が専門で、予防医学の医者である。しかし経済面にも明るく、1993年から1996年までリベイロンプレット市(サンパウロ市から300キロメーターほど北上したところにある中規模都市)の市長を務めた時に、上下水道局と電話会社を民営化しており、当時のPT党の急進派より非難されたと言われている。この人物もディルセウと同様に数年前までは左翼思想の闘士であったが、現在は資本主義に変更しているとのことである。
   
最後は日系のルイス・グシケン(漢字は具志堅と書く)である。この人は現在スペインのSantanderに買収されたBanespa(サンパウロ州立銀行)に長く務めた行員で、銀行員組合の委員長を務めた人物であり、金属労働者組合の組合長であったルーラとは20年来の友人であり、ルーラとは家族的な付合いをしているとのことである(ベージャ誌)。日系の銀行家とはもちろん親しくしており、その人たちの話しでもPT党に属していたものの、危険思想のない真面目でまともな考えの人物であるとのことである。この人は従来からルーラの相談役であり、銀行関係とくに為替の知識のないルーラは、分からないことがあると、常に同氏に電話をして訊いていたと言われている。この人物は通常であれば次期政権の重要職につくことが期待されているが、残念ながら心臓のバイパスと胃がんの手術をしており、健康にすぐれないため重要職につくことは避けているとのことである。しかしルーラはこの人との関係により、日系人に親しみを抱いていることは確かである。
  

評判の良い移管期のPT党の行動
   
今回の政権移管ではこれまでのブラジルの歴史ではなかったことであるが、現政権が終了し新大統領が来年就任するまでの政権の移管期間中に新大統領が任命した代表が施政に参加することになっている。これは今年8月に調印されたIMFとの支援協定が2003年の新大統領の任期中にまたがることで、経済的な動揺を発生させずに政権をスムースに交代することを目的としており、カルドーゾ大統領が選挙の投票日以前より、いずれの候補が勝利を収めても、そのことを約束していたものである。このカルドーゾ大統領の態度は諸外国でも評判は良く、ルーラ政権への移管が順調に行っている1つの理由になっている。
   
しかしそれよりも好感されているのは政権移管期のPT党代表である上記に述べたアントニオ・パロッチ・フィリョの言行である。同氏は決選投票終了直後の1029日より、PT党の代表に任命されて、現政権のスタッフと共に施政に参加しているが、最も慎重に行動しているのは現政権がすでに成立させている2003年度予算の修正である。来年度は新たな増税をしないことを約束しており、そのため現政権が予定していた1部の税金の税率引下げを差し止めている(高額所得者の所得税率の27.5%CSLL‐純益に対する社会負担金−の税率の9%の据置き)。
   
その外に問題になっている最低賃金の額も(最低賃金の引上げ率が問題になるのは、その率が年金の引上げにリンクしていることによる)、選挙期間中に約束していた高額なものではなく、現政権が予算に盛っていた211レアルを多少上回る程度を考えているようであり、予算で認められていた来年度の公務員の昇給も拒否している。なおちまたで最も賞賛しているのは、公務員の社会保障制度の改革をすでに提唱していることであり、この制度の増大する赤字が政府の財政を苦しめ、高金利の理由になっていることを充分認識しており、それを来年早々にやることを約束している(1124日の新聞報道では、公務員がこれまで享受してきた現役時代の100%の年金額を廃止して、民間の社会保障制度と同じように天井をもうけることである)。
   

ルーラが提唱する社会協定とは何か?
   
ルーラは選挙期間中にカルドーゾ政権は、社会の各部門の意見を聞かずに独裁的な政治を続け、民衆を苦しめてきたと非難していた。これは主として増税によって財政収支を均衡させ、IMFとの協定を守ってきたマラン蔵相初め、カルドーゾ政権の経済スタッフを非難したものであった。自分ならば社会経済開発審議会を創設して、社会全般の意見を聞いて政治を行うことを声明していた。では一体彼は何をしようとしているのであろうか?
    
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13日付け「ディニェイロ」誌は、「新たな方向性を見せる社会協定」と題して、その前週の117日にサンパウロ市に総数100人近くの、企業家、労組代表、社会活動家と宗教家が集まり、第一回目の社会経済開発審議会が開かれたことを報道していた。参加者の中にはロベルト・セトゥバル(Itaú銀行頭取)、ジョルジ・ゲルダウ(Gerdau製鉄グループ社長)、アビリオ・ディニス(スーパーポンデアスカル社長)アロイジオ・メルカダンテ(PT党政治指導者)、その他労組代表などそうそうたるメンバーが集まっていた。しかしルーラの1時間に亘る飢餓撲滅運動の演説に拍手をしただけで、各自がある程度の犠牲になって政府に協力する協定が、結ばれるような雰囲気ではなかったと報じている。
    
結局サルネイ政権やスペインのフランコ独裁政権後の社会協定が例に挙げられているが、サルネイ政権は人気取りだけで、スペインでは完全な形では機能しなかったと報道している。PT党の幹事役の1人はこれは政治の方向性を決めるための、各界の意見を聞くものであり決して無駄にはなっていないと声明している。確かにCPMF(小切手税)の課税で疲弊した株式市場の同負担金免除の問題など、1部の業界の不満をあからさまにすることはできる。その意味でカルドーゾ政権はその配慮をしてこなかったが、何時まで続くかは疑問である。唯一好感されているのは、この会議にPT党がかって支持してきたMST(土地なし民の運動)を政治団体としては認めず、参加させなかったことである。

  
無事に終わるIMFとの協定の修正交渉
   
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22日付けの各紙は、11日よりブラジルに滞在しているIMFのミッションが、22日にアメリカに帰るに当たり、IMFの技術ミッションのブラジル経済に対する評価は非常に良く、特別に問題になることは何もないと声明しており、同機関との協定に関する第一回目の修正交渉は無事に終了したたことを報道していた。IMFの本部に提出されるレポートには、現政権の経済スタッフのマラン蔵相とフラーガ中銀総裁の署名入りのインテンションレターが添付され、次期政権の移管期代表の名前は表面に出ておらず、したがって何の約束もしていない。そのため市場では同ミッションが移管期が無事に推移していることで、次期政権には何も要求しなかったのであろうと推定している。これは来年の選挙で選出される政権としか、もはや交渉は続けないと、IMFから最後通牒をつきつけられている無策で何の改善もしようとしないアルゼンチンのドゥアルデ現政権とは大違いである。
    
IMF
との協定の次期修正交渉は来年の2月であり、これは完全にPT党政権の経済スタッフとの交渉となる。IMFはすでに国内の公共債務の38%が為替約定付き債券、すなわちドルにリンクした債券であるため、ここ数ヵ月間のドル高レアル安で債務額が膨らんでいることとを警告している。したがって次期PT党政権は20032月にはインフレ目標や財政黒字目標の新たな設定では、IMFとの厳しい修正交渉に臨むことになるであろう。
   
現中銀総裁のフラーガは、来年の2月には財政の緊縮政策をIMFに示すには、現在の指数を急速に改善することは事実上無理であり、そのため社会保障制度などのような改革案をIMFに確約する必要があるであろうと言っている。したがってPT党政権は来年早々にでも、国会での各種の改革案を押し進め、国民だけではなくIMFにも示す必要に迫られることになる。
   

ルーラ政権の政策は国民を満足させることができるのか?
   
ルーラが大統領選で当選すれば、ドルは4レアルを上回り、ブラジルリスクは2,500ベーシックポイントを超過し(これより悪いのはアルジェンチンとナイジェリアだけ)、サンパウロ証券取引所指数は8,000ポイントに落ち込み、インフレは歯止めのかからない状態になると言われていた。しかし当選後3週間目の11月半ばは、1ドルは3.50レアル辺りで、ブラジルリスクは1,600ポイント程度で、ボベスパ指数は10,000ポイントであり、良い意味で予想は外れている。それでも選挙戦が始まる前の今年の3月や4月の1ドル2.30レアル、700ベーシックポイントのブラジルリスクと、ボベスパ指数の14,000ポイントに比べればかなり大きな開きがある。
   
一方でインフレはかなり行進しており、公共債務はすでに述べたようにドルの高騰により大幅に増加しており、海外からの投資は手控えられ、貿易黒字の増加にもかかわらず、ドルは一向に大幅な下降傾向(レアル高)にはなっていない。ルーラは選挙演説では、カルドーゾ以上の良い政治を行い、国民が食べることに困らず、働き場所も与えると豪語していたが、セーラに投票した選挙民だけではなく、ルーラに投票した民衆も、彼は本当に俺たちの期待を裏切らないのかとのと疑問がささやかれている。
   
IMF
だけでなくIDB(米州開銀)Bird(世銀)も、ルーラの飢餓の撲滅の政策には興味を持ち、融資を約束しているが、それはIMFとの協定を守ることが先決問題になっている。したがってルーラは国民とIMFの両方からの制約を受けていることになる。したがってIMFとの協定を守るには、カルドーゾ政権時代にはこの問題の改革ではPT党自らが反対して同政権を困らせていたが、社会保障制度の改革だけでなく、労組の改革や総合労働法の改正などが必要になってくる。
    
現在PT党はそれをやろうとしており、自分たちの支持基盤であった団体の利害に反することをすることになり、本当にできるのかが問題になっている。幸いカルドーゾは今までの与党のPSDB党は、今後は反対党になるが、カルドーゾが苦しんだ問題には反対しないで協力して行くことを約束している。国会で改革案には都合の良い時は賛成するが、自分の立場が悪くなると反対して、カルドーゾをてこずらせていた小姑的な東北部地域の大物政治家(バイアのアントニオ・カルロス・マガリャンエスやマラニョンのサルネイも今回の選挙ではルーラに味方をしている)も今回の選挙では勢力を失っている。
    
したがってPT党が国会で各派の議員の協力を得て各種の改革に成功して、カルドーゾの時代より良くなることが起きる可能性はあり、国民全体もそれを期待している。したがってルーラはそれに向かって行く以外に道はなくなっているようである。今後は新大統領が、反政府派から当選し1998年に始まる新政権で韓国の経済を立直した金大中現大統領や、1990年の第1次政権のカバロプランでアルゼンチン経済を見事に立て直したペロン党、すなわち労働党のメネム前大統領(メネムはその後政権に居続け過ぎ、現在では汚職で評判は悪いが、当時は救世主のように迎え入れられていた)のようなことが起きることはあり得ることであり、われわれはそれを期待しながら見守って行くことにしたい。
(高木登、在サンパウロ)


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