近年経済発展と産地の関係が注目されているので、ブラジルの産地について靴と繊維産業を中心に考察しよう。最初に、ブラジル靴産業が世界市場に占める位置について確認しておこう。世界の靴市場では、年間およそ121億足が供給されている。「南北」の格差を無視すれば、人類一人当たり平均2足分の靴が毎年生産されている計算になる。その約43%が中国製である。市場のシェアの大きい国は、中国に続いてインド(8.7%)、ブラジル(4.7%)、イタリア(4.0%)、ベトナム(3.7%)、トルコ(3.6%)、インドネシア(2.4%)である(以上2000年)。大まかに述べれば、最高級品市場をイタリアが制覇し、リーゾナブルな価格の靴の市場を中国製品が占めていて、中間部分をブラジルが押さえている。ブラジル靴産業は、いわばサンドイッチのように「靴大国」に挟まれたポジションにあり、生き残りのための厳しい競争環境に置かれている。以下、古くからの産地を擁する南部(スル)・南東部(スデステ)と、最近発展してきた北東部(ノルデステ)にわけて、検討したい。 南部および南東部の産地の動向 周知のように、リオ・グランデ・ド・スル(RS)州のヴァレ・ドス・シノス地域が、靴産業の中心地である。ここは地理的範囲が広く、18の市町村(ムニシピオ)を包含している(表参照)。同州の靴生産の半分を大手20社が、残りの半分を中小零細規模の800社が担っている(Santos
e Silveira [2001] )。18の市町村の1つであるノヴァ・アンブルゴ市には技術開発センターがあり、靴企業への技術支援を実施している。
注:特に明記しない限り、地名はすべてムニシピオ(日本の市町村)にあたる基礎自治体。 写真 Klin社製乳児用靴の例(筆者撮影) リオ・デ・ジャネイロ(RJ)州には、繊維部門ではランジェリーの産地がある。全国生産の半分を同州が占めている。 SC州の繊維、金属加工・電子機械および陶磁器タイルの3産地について調べたJorg Meyer-Stamerは、同州での産地には、水平的ネットワークを特徴とするクラスタリングが、従来形成されて来なかったと結論づけている[1998]。クラスタリングとは、企業が業務の一部をアウトソーシングして、他企業と生産ネットワークを形成していくことである。SC州では、企業は下請け企業を使わず、基本的に必要な部品を内製した。クラスタリングがもたらす(と一般的に考えられている)競争優位性が、ここでは拒否されてきた。その理由は5つ指摘されている。2点だけ紹介すると、第1に、ハイパー・インフレのようにマクロ経済環境の変動が激しかったので、企業は外部との取引をできるだけ避け垂直統合を選択する傾向にあったこと。第2に、行政に対する信頼性が低いことから、企業は法的に複雑な手法をいろいろな局面で活用した(租税回避が一例)。秘密保持の点から、企業間ネットワークの形成が敬遠されたのだという。この、クラスタリングを歓迎しない企業行動が、インフレが止まりグローバル化が進んだ1990年代半ば以降に変化したかどうかというと、産業によりいろいろである。たとえば繊維産業では、93年に関税が下がったことがきっかけで、海外との競争圧力が高まった。そこで、ブルメナウ市の繊維企業は、アウトソーシングを含め、競争力強化に努め始めたようである。ただしこれは大手企業に限定され、中小企業は従来通りの垂直統合型(非クラスタリング型)の企業行動を継続している。陶磁器タイル企業は、80年代の「失われた10年」で建設需要が低迷するなどして、すでに辛酸をなめていた。したがって、繊維産業よりも、クラスタリングを含めた競争力強化に熱心である。このように、産地、産業、企業規模によって、クラスタリング戦略への温度差がある。 クラスタリング以外の生き残り戦略として、工場を北東部へ移転させるという選択がある。 北東部の産地の動向:「内発的」発展と「外来型」発展 セアラ州が「内発的」なのは(現時点では仮説であって、完全な証明は今後の課題)、州政府当局に地場産業育成への強い意志があることと、大手企業誘致についてバイア州より慎重であること(上述したフォード工場の州間誘致合戦に参戦せず)である。税制恩典や工場用地整備などの特別措置を与えて「外来」企業を誘致する政策については、セアラ州は慎重であるという意見を、同州国際(外務)省の対外問題顧問が筆者に強調した(1999年10月7日午前に訪問してヒアリング)。同州には8つの靴産地ないし靴クラスターがあるが、そのうちの1つである州南部のカリリ(Cariri)地域が、注目に値する。ここに中小零細の地場企業が集積している。カリリ地域は、ジュアゼイロ・ド・ノルテ市、クラト市およびバルバリャ市から構成される。たしかにクラト市には、大手のGrendene社の工場があるが、それが唯一の例外で、ほかは中小零細企業が集積の中核となっている。このカリリ地域の靴の地場産業にみる内発的発展は、セアラ州経済の発展の「内発性」の証明になると私は考えている(もとより内発的発展は靴や繊維の分析だけで証明できるわけではない)。 まとめ 主に靴産業をみてきたが、同じ産業でも、州によって歴史的な発展経緯がまったく異なっている。最近は、一般的に(特定の産業に限らず)、南東部の州の製造業が相対的に衰退し、北東部やその他の地域の州の地位(生産高の全国シェア)が上昇するという傾向がある。要因の1つは、南東部の企業が北東部やその他の地域に工場を(あるいは本社をも)移転させていることである。しかし、本稿でみたように、状況はそれほど単純ではない。逆境に置かれている南部・南東部の繊維産業の対応は、企業規模や産地によって異なるようであるし、北東部も一枚岩ではなく、「外来型」で地域産業振興を展望するバイア州と地場産業を重視するセアラ州は、対照的であると筆者には見える。 地域の自立的発展を重視するという点で、筆者はセアラ州の「内発的発展」の有効性を究明したいと考えている。靴や繊維産業に絞り、共通の指標で各州各産地を横並びに「串刺し」して比較するといった作業に今後取り組み、有効な地域開発政策のあり方を、州政府や基礎自治体の政策を含めて検討する予定である。この研究は、ブラジルの国際競争力を、地場産業の潜在力を含めて草の根レベルから把握しておく作業である。 この作業から何らかの積極的経験を確認することができれば、それは日本の中山間地域や過疎地域の「内発的発展」にも有益な教訓となるであろう。周知のように「三位一体改革」で(賛否両論はあるが)、従来国の補助金と公共事業に依存してきた日本の地域経済は、重大な転機を迎えている。いやがおうでも自立が迫られており、「内発的発展」戦略を練ることが今強く求められている。もしも、「内発的発展」の経験の相互交流についての関心がブラジルと日本の双方で生まれれば、それは両国関係の発展にも寄与すると思われる。 【主要参考文献】 -
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O Brasil, São Paulo:Editora Hucitec 『ブラジル特報』 2004年11月号掲載の同名記事の詳細版】
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