「真夏のサンパウロの結婚式」but flower3.jpg (3322 bytes)



新郎が少年期より望み来しブラジルに祝婚の鐘鳴り渡る 栄子


この短歌は結婚式に参列の為、新郎新婦のお供をしてわざわざ日本から来られた新婦のお母さんが詠まれたものである。これは少し文学的に表現されているが、実際の私達の教会の鐘は手で鳴らす質素なものである。それはともかく、かってブラジルで6年間勤務された親友のご子息が結婚することになり、少年時代を過ごしたサンパウロで私に司式してもらい結婚式を挙げたい、との希望があり、生まれて初めて結婚式のコーヂネイターをした。到着が年末、挙式が1月2日の午後で、同夜、日本に帰国されるというきついスケジュールであったが、初めての結婚のコーヂネイションとしてはまずまずであったのではないかと自我自賛している。

それにしても、この夏の1月はこれを皮切りに15日、そして29日となんと結婚式が一ヶ月に3件も続き、私達の教会ではこんな目出度いことが重なるなどは、もちろん初めてである。開拓伝道開始以来15年、教籍簿には12件しか結婚式が記録されていない。日系人の老齢化と共に葬送式・追悼ミサは頻繁である。教会に居住している神学生は葬送式・追悼ミサの実習はもう卒業したが、いつ結婚式の実習が出来るかと冗談まじえに言っていたのが現実になって本人も満足ではないかと想像している。


小さき悪等も交えてガイドせし人婚式司祭の風格満てり  栄子


これは少々説明が要るかもしれない。新郎新婦に新郎の母親(友人の父親は2000年問題で自宅待機で来伯叶わず)、それに新婦の母親4人がわざわざ日本から来られたので、観光ガイド(プロ・ライセンスを取得出来ると自称している)よろしく、近郊の田舎町に出かけた時のこと、高速道路で話しに夢中になり田舎町への入り口を20メートルほどオバーしたので、バックでそのまま戻ろうとしたら、同乗の4人が悲鳴に近い大声で口々に「よしてください」と叫ばれた。高速道路も車の往来も少なく私としてはまあそれほどの「悪」とは思わず咄嗟にとろうとした行動であったが、日本の常識からはとんでもない暴挙に見えたのであろう。この後、私の家の近くで極めて短い距離であるが一方通行を逆に入ったことも加わり恐らくこの短歌を詠まれたのであろう。こう言う風に詠んで頂いて前半の句から私は反省すべきなのか、後半の句で喜んで良いのか分からないでいる。喜んでいるとすると要するに「馬子にも衣装」の意を読み取れないで喜んでいるお目出度屋かも知れない。いずれにせよ、法を犯す
小悪を悪と感ぜぬ私は、もうブラジル人になる資格は充分かもしれない。




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聖婚式 

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二人の誓約−貧しい時も病める時も。。。.


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