肝心の日本本社が情報不足

    第9回日伯経済合同委員会に参加して

    田 中 信 (Makoto Tanaka)


 
昨年の東京に続いて、本年は第9回日伯経済合同委員会が11月7日、サンパウロのグラン・メリア・ホテルで開催された。それに参加した感想を述べることにしたい。日本及びブラジル双方に対してコメントはあるが、今回は主に日本側に関連する事項にしぼって感想を述べることにした。

  
戦略重視の「共同提案」

  
今回の特色は、日伯双方からの提案が戦略的視点を重視した『「21世紀に向けた日伯同盟」構築のための共同報告書』(「共同提案」)にまとめられ、会議のサブ・テーマとなり、討論のベースになったことである。日本企業が対ブラジル投資を考えるにあたり、従来あまり見られなかった戦略的視点を遅れ馳せながら取り入れたことは大きな前進である。
 
私事になって恐縮であるが、70年代始めのブラジル・ブームも含めて、日本企業の海外進出が概して無戦略で行はれていることに危機感を抱き、「実業のブラジル」誌1995年8月号から97年5月号まで16回にわたってブラジルの日本企業について連載し、1998年3月にはこれをまとめて『地球の反対側から見た「日本」−ブラジルの日本企業を通して考える』(日本図書刊行会)として上梓した。
  
また昨年は外務省から委託された調査『ブラジルの日本企業及び欧米企業の投資戦略比較』においても日本企業の戦略の欠如を強調した。これらが多少なりともお役に立ったのではないかという若干の自己満足を感じている。

   
四位から十七位に転落した日本の対伯投資

  
ブラジル経済の「失われた80年代」、日本経済の「失われた90年代」と日伯関係には不幸な20年間が続いたことは確かである。然し日本が避けている間に欧米企業の積極的な対ブラジル投資が継続され、95年までは各国中4位であった日本のブラジル向け投資順位が、今年上半期までの僅か5年間に17位に転落した。このような深刻な現実が、さすがの日本企業にもある程度の危機感を与え、今回の従来の会議とは異なる「共同提案」の作成となって結実したものと思われる。

前回比質量共に見劣りした日本ミッション

「共同提案」で表明された意気込みに比べ、日本側出席者が一昨年ブラジルで行われた第七回合同会議と比較して質量両面で貧弱であったことが目立った。下表の通り、日本からの参加者は1998年が団員35名、随員10名、事務局4名計49名であったのに対し、本年は団員21名、随員12名、事務局3名計36名であった。

団員の中で理事以上の役員クラスは前回24名に対し今回は9名と対ブラジル戦略決定に影響あると見られる首脳クラスの減少が目立った。

ブラジル現地からの日本側参加者(主として駐在員)は1998年が40名、本年が48名であった。以上日本側参加者(経団連)総計は、1998年89名、2000年84名であった。

一方ブラジル側参加者(CNI全国工業連盟)合計は前回105名、今回は137名となっている。

日伯経済合同委員会参加者数(人)

 

  年

日本側(経団連)

ブラジル側(CNI)総計

会長
社長

副社長

専務
常務

取締役理事

顧問

その他

団員
合計

随員

事務局

日本
から計

現地
参加

総計

1998

5

6

6

7

4

7

35

10

4

49

40

89

105

2000

3

1

3

2

4

11

21

12

3

36

48

84

137

(出所)参加者名簿(経団連、CNI)より作成

 

大物参加が目立ったブラジル財界

これまでブラジルで開催されたこの会議に私は全部参加してきたが、ブラジル側の熱の入れ方が今回はかなり強強い方であった様に感じられた。その一つの表われは、前夜祭6日夜のジョッキー・クラブにおけるブラジル側主催夕食会であった。一昨年のイピカ・クラブでの貧弱だったブラジル側出席者の夕食会に比べ、今回は場所のお蔭もあったと思うが、モレ−ラ・フェレーラCNI会長を始めペトロブラス、リオドセなど大企業の社長達に加え、ヴィヂガル前FIESP(サンパウロ工業連盟)会長など従来は見られなかった大物財界人の出席も目立った。

  
ブラジルは電子スライド、日本は手動スライド

  
新しい協力可能分野としてIT関連サービスが取り上げられ、日本側報告者から、日本は総理以下国を挙げて取り組んでおり、ソフト面でもブラジルに協力出来るとの説明があった。   
しかし会議現場の実際から私はこの説明が極めてちぐはぐなものに聞こえた。    
それはプレゼンテーションの問題であった。ブラジル側報告者は、ほとんど全員がプロジェクター(スライド)を使って説明し、それは例外無くコンピューターにリンクされたシステムであった。従って美しく鮮明で、大きい活字を使っていたので後方からでも見やすかった。中には表示の矢印が移動するシステムもあった。
      
これに反し、日本側でスライドを使って説明したのはわずか1名であった。しかしそのスライドは昔ながらの手動システムのため、色も悪く、位置を決めるのに手を何回も動かしてもきちっと収まらなかった。また字を大きくする配慮も無かったため、後方席の私には読めなかった。それでもスライドを使おうという気持ちがあっただけ、日本企業の中ではましであった。
       
「ブラジル人はもともとプレゼンテーションがうまいからね……」、「プレゼンテーションは良かったが、中身はね…・・」とか、「…・・中身は抽象的だった」という風なもっともらしいコメントもあったが、みな負け惜しみ的な印象を受けた。日本における国際会議のほうがはるかに形式や外観にうるさいことは世界的に良く知られている。また日本に電子スライドが無いことはありえないから、結局「日本側はブラジルをなめていたのだよ…・・」というブラジル勤務の長い駐在員のコメントが最も現実に近いような印象を受けた。

  
選挙も電子投票のブラジル

   
中進国ブラジルではあるがインタ−ネットの利用は、先進国日本よりもはるかに速かった。インタネットによる銀行取引、税金の申告や納付、選挙における電子投票などは既に数年まえから実施されていた。運転免許など各種免許の更新もインタネットで可能である。
   
10月1日(及び29日に過半数に達しなかった市長の2次選)全国約5,600の市長及び約60,000人の市会議員選挙が約9,000万人の有権者により一斉に行われたが、投票締め切り時間の1時間後には早くも大勢が判明した。

  
米国大統領選の混乱と対照的

   
電子投票の仕組みは、有権者が候補者の番号(2桁)をインプットする。するとその番号の候補者の顔写真がカラーで出て来る。間違いなければ確認ボタンを押しそれで終了である。   
その約1ヶ月後の11月7日に行われた米国大統領選挙の結果が、投票用紙がパンチ・カード方式だったこともあり、1週間たっても紛糾して決定しないのと対照的である。この点ではブラジルは米国よりも先を行っていることになる。
   

日本には供与出来るIT技術があるのか?

   
もちろん以上の例だけで結論づけられないことは当然であるが、日本にはブラジルに供与すべきIT技術、特にソフト面でどんな技術があるのであろうか?

   
ネット普及率でアジア諸国に劣る日本

   
たまたま次のような新聞報道が目についた。『「日本はアジア諸国に対しIT援助で貢献する」という話があったようだが、日本インターネット協会の岡田智雄会長は「日本はネット普及率でアジア上位国よりはるかに遅れている。むしろ援助される立場になりかねない」と嘆いている。沖縄サミットの直前、首相が「IT」(情報技術)を「イットて何?」と質問したIT無知はアメリカにも広まっているらしい。恥ずかしくて涙が出る思いだ。………・「国民全員にパソコン講習券」というバカバカしい政策は幸いにしてつぶれたが、このままでは日本はIT劣等国入りか?』(ノンフィクション作家山根一真、日本経済新聞11月4日)。
   

肝心の日本本社が情報不足

    
日本側が一方的に実施した80年代及び90年代の対ブラジル鎖国「日伯経済関係の失われた20年」の、ただでさえも情報音痴の日本に与えたネガティヴ効果は大きかった。  
この間にブラジルにおける情報技術の利用は上記の様に先進国を上回る水準まで進歩した。乗用車も90年代始めまで、戦時中のデザインそのままのフォルクス・ワーゲンかぶと虫が圧倒的シェアを誇っていたブラジルに、今や世界の10大メーカーが全部進出、最新のワールド・カーの投入を競っている。既存メーカーは既に100%近い国産化率を達成している。
     
それにもかかわらず、新しい理念で日伯経済関係を再構築しようという今回の会議で、十年一日のような発言を、日本側の参加者の中でも、日本を代表するグループの中核的企業の現役役員から聞かされ、最初はびっくりして我が耳を疑い、次いで近くに座っていたブラジル人が皆不快感を露にしはじめたのを聞きまことに恥ずかしい思いがした。それは会議も最後に近い「インフラ分野における投資機会」の項目の時であった。
紙数の関係でその発言の要旨を、更にごく簡単にまとめると次の様になる。
   
 
相変わらずの官依存体質の注文
      
インフラ投資はロー・リターン、ローリスクで長期のため次ぎの諸点を政府に要請。   

  1. 為替リスクなど金融リスク回避のため、現在禁じられている為替インデックスの見直し。現行年1回のインデクゼ−ションの頻度増加。大きな為替変動のあった場合のチャージ見直し。為替損失の政府による何らかのカバー等。
  2. 公共交通事業における官民間リスク分担のための、料金見直し。利用客が当初計画を下回る等大きな運営コスト変動リスクの政府の分担。
  3. 法律改正は国際基準に基づいて欲しい。
  4. プロジェクト株主の脱退を弾力的に認めなければインフラ投資への参加は困難。

     
無理に参加してもらわなくても困らない民営化

       
ブラジル人がこの発言に強い不快感を示した理由は傲慢な注文という印象を与えたからである。それはこの日本の大企業のブラジルの現状に対する余りにも情報不足、認識不足に起因している。ブラジル人はこれほど知らないとは想像もしていなかったので、見当はずれの注文が傲慢さの故との印象を受けたのである。ブラジルの現状は次ぎの通りである:
       
(1)ブラジルの30年以上にわたる高インフレの主因の一つはインデクゼ−ション・システムである。ようやく廃止したインデクゼ−ションを復活することは考えられない。現在残している1年以上の契約に対する年1回の調整も、政府は廃止したいところであろう。インデクゼ−ションは経済政策の根幹にかかわる問題である。
   
(2)民営化はコーロル大統領時代策定された国家民営化計画(PND)に基づき1991年から開始さた。インフラ部門も含め固有の行政部門以外全て民営化しようという本格的計画である。今日までコンセッションを含め鉄鋼、石油化学、リオドセ、エンブラエール、肥料、電力、国鉄、道路、港湾、電話通信など殆ど終了、約1,000億ドルが政府収入となった。あと残っているのは発電、銀行、再保険、環境公害など州企業の分野が多い。
   
民営化にあたり政府は一般基準を設定、外資系も含めたコンサルタント会社を競争入札により各企業売却毎に複数社選定、企業評価や売却方法、基準決定などのアドバイスを受けている。
    
従って日本企業が発言した上記問題点に付いては、ブラジル政府は全て検討済みであり、外資も含め購入希望企業は入札基準を承知した上で応募しており、これまでのところ民営化が順調に推移した事は世界中に知られているとおりである。カルド−ゾ大統領の再選がきまった1998年10月、ロンドン・エコノミスト誌は「カルド−ゾ大統領は4年間で英サッチャー首相が12年間で為したと同じ事をした」と賞賛している。
    
入札条件に同意しない企業は応募しなければよいだけの話で、ブラジル政府としても無理に参加してもらわなくても結構というのが本心であろう。

  
(3)これまで民営化に参加した日本企業のケースとしては、僅かセルラー電話2件だけで、それ以外は皆無である。上記の発言をした日本企業はこのいずれにも参加していない。ブラジル政府も日本企業参加の余りの少なさに不審の念を抱いている程である。政府に注文をつけるのもよいが、欧米並に実績をつけてからにすべきであろう。
  
レアル・プランによる経済安定にいち早く対応して、欧米企業は民営化を含めブラジル投資を積極化した。立ち遅れたのは日本である。その危機意識の表われが従来と異なる今回の合同委員会であり「合同提案」であると期待していた。しかし日本を代表し、日伯両サイドに大きな発言力をもつ大企業の本社役員のこのようなブラジル認識では、ブラジル在住の日本人としては日伯経済関係に相変わらず大きな期待は出来ないと、悲観的な気持ちで会場を去った。
     
下士官、兵は優秀、高級将校は無能だった日本軍

   
上掲拙著でも述べたが、第二次大戦で日本と戦った相手国の米国もソ連も異口同音に「日本軍の中で兵、下士官、下級将校は狂信的勇敢さで戦ったが、高級将校は無能であった」と評した。首脳部の戦略の拙劣さ、或いは戦略の欠如を指摘したものである。
「戦略の失敗は戦術で補うことは出来ず、戦術の失敗は戦闘で補うことは出来ない」のである。指揮官が的確な戦略をもたなければ、世界一優秀な部下達が勇戦にもかかわらず犬死するのである。
   

世界に冠たる製造技術にかかわらず「バブル敗戦」

   
90年代の日本の「バブル敗戦」も本質は戦争当時と変わっていない様に思われる。戦争で徹底的に破壊された日本を復興するため夢中で働き「世界に冠たる製造技術」(これも最近の相次ぐ自動車やタイヤのリコール、腐敗ミルク問題などで危うくなりつつあるが…・)を作り上げた優秀な経済戦士達が頼りにしてきた「終身雇用」の前提も崩れ、雇用不安や、当てにした年金受取の可能性に対する不安におびえている。
  

アジアでも見え始めた日本の敗色

   
日本の対伯投資低調の本質は対ブラジルだけの問題ではないように思われる。従来は日本が圧倒的プレゼンスを誇ったアジアでも、今日は欧米の投資が凌駕し始めている。
太平洋戦争緒戦では米軍の不意をついた日本軍の奇襲攻撃で、束の間の優勢を享受したが、早くも半年後にはミッドウェー、ガダルカナルなどの米軍の本格的反攻ををきっかけに、日本の敗勢が始まったことを思い起こさせるような事態である。

   
局地的問題にとどまらない対伯投資の低調

  
グローバル化が猛烈な勢いで進み、世界は単一市場化しつつある今日、ブラジル市場での敗戦は世界市場でも敗れることを意味する。更に日本の対伯投資を低調ならしめている背景に、戦後半世紀以上経っても変わらない世界でもユニークな日本的システムとそれを支えている独特な日本的体質があると思われる故に問題は一層深刻であるように思われる。



(以上)