“同文同種”は虚妄か
最近中国人気質

     峰村 正威


飼い犬に手を噛まれる
  
五年ほど前のことになる。当時、私は中国の青島で、食品包装機を作る合弁公司の日本側代表として勤務していた。
   
某月、ある事件が突発する。技術部副部長の中国人王が退職の際、ひそかに機械の図面、カタログ、部品リストなどを持出していたことが発覚した。中国人の幹部たちは、例によってああでもないこうでもない、と埒もないことを言い合っているうち、王は他に辞めた数人の同僚と謀って別会社を作り、当社とまったく同一の製品を生産しはじめた。かれらは当社を中傷するばかりか、強引にユーザーを横取りしたり、従業員の引き抜きまでする悪辣な手段に出たため、さすがに悠長な幹部たちも蒼くなり、対抗上私の提案で‘技術占有権の侵害’を名目に、提訴することに同意してくれた。

だが当時の中国では、知的所有権を保護する法整備はほとんどできておらず、弁護士は、この種の係争ははじめてなので裁判所も重視している、といいながら弱音を吐くばかりだし、試みに裁判所の所長や判事を昼食に招待したら平然と応じてくる。これでは被告の方でも饗応すれば、かれらは同様に応じてくるのではないか、と案じていたら、案の定その通りの情報が入ってくる始末であった。
  
いかにも間の抜けた話であるが、前途に不安を感じた私は、「この裁判に敗れれば、今後先進国からの技術移転が困難になる」という趣旨の請願書を法務担当の副市長に提出し、自信のない弁護士を督促しながら公判に備えていた。 請願書が効いたのか、副市長は、裁判が公正に行われるよう裁判所側に指示してくれた。
  
約半年ののち、裁判は、“図面を非合法的手段により取得し、同一の包装機を生産し、原告の権利を侵害した”として、生産の停止と賠償金の支払いを求める当方の主張を全面的に認める判決を下してくれた。 われわれは愁眉を開き、まもなく王の会社は廃業となって、一件落着と安心した私はその年任務を終えて帰国したが、そののち五年を経てふたたび公司に返り咲いてみると、なんと同業の包装機を作るライバル会社が青島だけで八社もある。いずれも当社の製品よりも安値で販売しているため、勢い当方もこの安売り競争に巻きこまれ、大幅な利益減になっていることを知って唖然とした。しかもこれらライバル会社の経営者や技術者のほとんどは、元当社のセールスマンや技師たちであった。なんのことはない、当社はその間せっせとライバルとなる連中を手塩にかけて養成していたのである。
  
さっそく事情を糾してみると、王は裁判所の命令で盗みだした設計の原図は返還したけれど、その前にぬかりなくコピーをとっていたので、それが方々へ流用されている、コピーでは初判のときのように、“非合法的手段で取得”されたことは立証できないため訴えることもできない、―しかたがない、諦めるほかなし、ということだった。 飼い犬に手を噛まれるというのは、まさにこのことだろう。しかもやられっぱなしでなき寝入りときている。なんとも釈然としない話であったが、よくよく中国の実情を考えてみれば、ここでいかに“モラルの欠如”とか“愛社精神の不足”とかの、日本人好みの価値観を持出しても、この国では馬耳東風で通用しないことがわかる。なにせ国を挙げて拝金主義が地を覆っている国、アメリカが目くじら立てて知的所有権の侵害と喚いてみせても、海賊版のCDやビデオがおどろくべき安値で堂々と店売されている国である。

金になることならなんでもする、そのためならモラル
はおろか、法でさえも侵してかえりみない―これが改革・開放路線のもたらした今の中国の現実であろう。

 
回転寿司屋の商法

  
青島のように日本人のあまり多くない街でも、日本風の回転寿司屋が三軒もある。先鞭をつけたのは日本人のN氏で、日本から設備一式を持ちこみ、中山路という目抜きの通り近くでオープンしたところ、これが当たって結構の入りであった。 一体に中国人は生ものを食べないが、ここ数年の日本食の普及はめざましく、中華料理が世界最高の味覚だと信じている誇り高い中国人も、刺身などを日本の醤油とわさびで舌鼓を打つようになった。回転寿司屋の客も、大半が中国人の若いカップルか家族連れで占められている。
   
ところがこの店の目と鼻の先に、軒先に赤いちょうちんを吊るした中国人の経営する回転寿司屋ができてからは、客足はいつともなくそちらの方になびいて、N氏の店は閑古鳥が鳴くようになった。くだんの中国人の店は、寿司のほかに、ラーメン・やきそば・ギョウザなど中国の若者向きのメニューがあって、それが人気を呼んでいるらしい。
  
N氏は、寿司屋でラーメンなどを出すのは邪道である、寿司屋は本来寿司の味で勝負すべきだ、という日本の流儀をかたくなに押し通したところ、とうとう店は左前となり売りに出す始末となった。それを居抜きの30万元(約450万円)で買い取ったは、なんと近くの赤ちょうちん、ライバル店の中国人である。この主はまだ三十代そこそこの男だが、すでにこの店の他に和風レストランやスナックを経営し、押しも押されもせぬ(社長)におさまっている。 客の嗜好に合わせ臨機応変に献立を変える中国人の商才と、一徹な日本人の職人気質の特徴がよく出ているエピソードといってよいだろう。生まれつきといっていい中国人の商才の前には日本人はとても歯が立たないのである。

一体に中国人は金銭にかけてはシビアで、日本人からみるとドケチとしか映らないほど執着が強い。日本人のように、会社が引けてから部下を飲み食いに連れていったり、仲間同士が赤ちょうちんの店で会社や上司の悪口をいってガス抜きをする習慣はなく、接待は公司の金で落としてしまうから、つましくやれば相当の金が残る。中国人が意外と小銭を持っているのはそのせいで、日本人のように見栄で身銭を切ることはまずない。
  
五年あまり勤めていた本社の事務所の運転手が突然辞表を出した。辞めたあとの仕事はどうするのかと案じていると、そんな心配はまったくないということが後日分かった。かれは30万元の大金をはたいてタクシーの新車を買い、ふたりの運転手を雇い入れ、昼夜ニ交替で稼がせてその上前をハネている。経費を差し引いても実入りは4千元を超える。4千元といえば、平均の月収が800元ほどの青島では大変な高給である。それに細君が働き、自分もどこかの会社の運転手の口でも見つけようものなら、一石三鳥の稼ぎになる。
もともと渋チンの男だったから、こうした日に備え、かれは夫婦ともどもせっせと金を貯めていたのだろう。
   
こうした才覚については、やはり天性の商才というのだろうか、日本人はとても中国人の足許にも及ばない。冠婚葬祭の付き合いや、贈答・饗応の習慣は、日本人の間では人間関係の潤滑油の機能を果たしているのだろうが、中国人からみれば、まったくの浪費としてしか映るまい。ケチといわれ、守銭奴と嘲けられようと、かれらは自分や家族のために惜しみなく蓄財に励むのである。そうしてこうしたシビアな金銭観の背景には、お上はなにもしてくれない、頼りになるのは結局自分と金銭しかない、という厳しい中国の社会風土があるにちがいない。

    
人脈は血より濃し

  
中国はまだまだ人治の国で地縁・血縁の社会だから、仕事をする場合、人脈やコネの利用は不可欠である。役所などはまさに仕事の邪魔をするためにあり、まともに表から手続きをしようものなら、たちまち官僚主義の壁にぶつかり一向に埒があかないが、人脈を辿って裏口から入れば苦もなく問題は解決する。その過程で贈物・接待・金銭が絡むことは申すまでもない。日本人はこの種の仕事が不得手だから、どうしても中国人のベテランに頼らざるをえなくなる。 友人の銭君はこの典型といった男で、ぬえとでもいうのかなんとも得体のしれない人物であった。まだ四十代の働き盛り、骨と皮だけのように痩せこけていながら色事の達人で、日本語も達者だったから、公私ともにお付き合いしているが、この男はものを頼まれてノーといったことがない。税務署・税関・市政府・裁判所とあらゆるところに人脈とコネの網の目を張りめぐらしている。
   
五年前の帰国当時、私の個人名義で無税で輸入した公司の車がそのままになっていたので、車を持って帰国するか、多額の罰金を払えと税関にいわれたとき、間に入ってもらって一銭も払わずに済んだことがあった。今回も西安行きのチケットが手に入らず、困って銭君に相談したところ、翌日さっそく手配してくれた。二年前までは、日本人客相手にスナックを経営し、美人とかれが称する女子大生をホステスにして、二階に妖しげな和室を設けて荒稼ぎをし、二年間に60万元を儲けたと自慢する。会う度に名刺の肩書きが変わっていて、糧油公司の部長になったり、アラスカのすけとうだらの輸入会社の役員におさまったり、機械油売りこみのブローカーに変わったりで、定職らしきものがない。君は名の通り銭儲けがうまいとからかったところ、今の中国で銭儲けができないヤツは、よほどのめくらか馬鹿モンです、といわれてこちらが閉口した。
   
事務所の仕事で、輸出用の健康ドリンク剤のサンプル集めを依頼すると、旬日を出ずしてスッポンの濃縮液などを揃えてきて、保健飲料などを一括して輸出する公司の総経理は私の朋友(
ポンユウ)です、任せてください、と胸を張る。 その当人はひとりっ子政策の中国で、得意の寝技を使って当局と話をつけ、もうひとりの子を産むことに成功した。
   
目から鼻へ抜けるというのはこういう男をいうのだろうが、かれと話していると一種ふしぎな雰囲気が漂ってきて、やはり日本人とは異質のものを感じてしまう。今の中国では、“猫に犬の鳴きまねさせることと政府批判以外はなにひとつできないことはない”と口癖にいう銭君のことばが、なるほどと思われてくることばかりだが、便利屋とも一寸違うし、気を許すとひどい目に会うような気もして、複雑な心境のままかれとは不即不離の関係を保っている。

  
女権は花盛り

    
かってのドイツ統治時代、海岸に面してしゃれた別荘の立ち並んでいた一帯は、今でも保養区として森と公園がよく整備され、青島でも屈指の風光明媚なところである。春先から秋のなかばにかけて結婚のシーズンになると、休日にはこの公園の緑の芝や海辺の白砂は、新郎新婦の格好の記念写真を撮る場所になる。プロのカメラマンと契約して、芝に座って睦んだりする一連のシーンをビデオにおさめるのである。
   
ある日、観光名所となっている旧ドイツ総督別邸前で、そうしたシーンにお目にかかった。カメラマンの指示で、カップルは路上で頬をすり寄せ、熱い抱擁を交わすポーズをとっている。遊山客や野次馬が、物珍しげに黒山のようにたかっている。日本人の新婚カップルなら、恥ずかしくて逃げ出したくなるところだろうが、そうした衆目看視
のなかで、ふたりは一向に照れる風もなく、澄ました表情で抱き合ったまま動かない。こういうのを臆面もなくとか恥じらいもなくとか、日本人なら表現するところだろうが、中国人にはもともと他人の目を気にしたり遠慮したりする意識はないから、実に堂々たるものである。
   
ある夜、五つ星のホテルのロビーで、粋な身なりの若い美人の娘が携帯電話を使っているうち、大声で喚きはじめた。電話の相手先と口論になったのだろう。ロビー・バーに座っている客は、あまりの剣幕に身を乗り出してみているのだが、その女性は人目などまったく気にする様子もなく、興奮した険しい表情のまま携帯を耳にして歩き廻りながら、あたりはばからぬ大声で喚き散らしている。はしたない、とわれわれなら思う行状も、その娘にとってはごく普通のことなのかもしれぬ。顔・姿・肌の色は同じでも、やはり日本人とはどこか一味違っている。
   
共産党が支配するようになってからの中国は、完全に男女同権だが、実際には女権の方がはるかに強い。西安から洛陽までの列車のなかで、中年の婦人が大声で車掌に食ってかかり、相手を黙らしてしまった光景をみかけたが、夫婦喧嘩ではかならず女房族の方が勝って、亭主族はお手上げとなる。腹いせに手をふり上げて怪我でもさせようものなら、亭主はたちまち警察のご用となるが、その反対なら不問に付されるのだそうだ。だから中国の亭主族は、みな恐妻家だと自嘲する。よく中国人の幹部から、世界でもっとも幸せなことは、中華料理を食べ、日本の女性を妻に迎え、アメリカの家に住むことだ、と随分いい古されたジョークを聞かされたが、女房の話になると、みな苦笑して首をふることをみると、かれらも相当に自分の女房の強さには音をあげているのだろう。だが日本の女性も強くなってきていることはまだ知らずにいる。
   
洛陽では、通訳の李さんと昼の食事にとあるレストランに入ったところ、生憎の満員でやっと四人掛けのテーブルに若い女性がひとりでいるのをみつけ、相席を申し込むと、その女性がにわかに眉をつりあげ、なにやらまくしたてはじめた。口ぶりと態度で相席を断わっていることが分かる。そのうちトイレからでも帰ってきた連れの若い男が、かの女に唱和して大声を張り上げる。李さんも負けじと声を荒げて反論すると、くだんの娘はまるで悪鬼の形相となり、歯をむきだして噛みつかんばかりに喚き散らす。びっくりした周囲の客がこちらをみているが、ふたりは周囲の目など見向きもせず、頑として相席を認めない。あきらめて他の席を探す羽目になったが、娘の方の激しい剣幕には正直怖れをなすほどだった。李さんの説明によると、テーブルを先に取ったのは自分の方だ、食事が運ばれてきたらふたり分でテーブルは一杯になる、だから相席は断わる、とその娘はいったそうだ。 ― 自分勝手で困りますよ。だれも相手の身になって考える思いやりがありません ― 日本に三年ほど住んでいた四十代のひとのいい李さんが、ため息交じりにこぼしていた。
   
中国はひとりっ子政策のため、どこの夫婦も男の子を産みたがる。現に男の出生率の方がはるかに高い。医者は胎児の性別を親に告げることを禁じられている。女の子と分かれば、堕される怖れがあるからだ。あと二十年もすれば、間違いなく女ひでりの時代となり、女は容易に玉の輿に乗り、男は深刻な結婚難におちいって、女権はますます強くなっていくことだろう。

馬馬虎虎

今回の赴任早々、外国人居留証を取るために指定の病院にいって、必要な検査を受けたときのことである。血圧を測る段になって、無愛想な中年の女医の前でセーターの袖をまくろうとすると、そのままでいい、とその女医は事もなけに分厚い毛のセーターの上から血圧を測って、70〜110異常なしという。私の血圧は通常90〜140であるのに、冬物のセーターから測れば低いにきまっている。これには呆気にとられたが、こんないい加減・中途半端なことをするのを、中国語では馬馬虎虎という。
   
よく観察すると、わが公司も馬馬虎虎の巣である。中国側代表の副総経理は共産党員だけあって、弁説はまことにさわやかで立派なことをいうが、実行の段階になるとピタリと止まる。公司は競争に打ち勝つために改革が必要だ、と半年前から朝礼でいい続けていたそうだが、私の赴任前まではなにひとつ手をつけていなかった。同じことを半年間も大真面目な顔つきで唱える滑稽さにすこしも気がついてない。
   
工場を掃除させても、目立つところだけを丸く掃くだけで、ゴミ・紙くずの類は片隅に寄せておく。会議がはじまると、あわてて汚い雑巾で机や椅子を拭いてまわるが、乾くと以前よりも汚れている。その会議だって、定刻より二十分過ぎないと全員が揃わない。ある部長などは月例の資料にミスが多く、三回注意したあげくにようやく完成するのだが、ケロリとして悪びれた様子はまったくない。
   
私の赴任前、本社から技術顧問のH氏が一年あまり勤務して、いかにもエンジニアらしい細心と完全主義で仕事に取組んでいたが、万事がチャランポランのおおまかな馬馬虎虎にすっかり傷つき、とうとう胃を悪くして帰国してしまった。
  
青島に赴任してからしばらくの間、かりの宿としていたホテルでは、洗面台のランプが切れているので修理を依頼すると、明日直すといわれた。明日になっても直っていないので催促すると、また明日直すという返事が返ってくる。ようやくランプが点くようになったのは、その明日が四回続いたのちのことだった。 銭君などは、日本に送る栗の蜜漬けのサンプルを持参するまではよかったが、賞味期限が切れているのでそれを指摘すると、ハァいけませんか?とキョトンとした顔つきだった。
  
国中がこうした馬馬虎虎の大合唱で蔽われているのだろうが、それでも治まるところにすっぽり治まって、とにかく驚異的な経済成長を遂げてきたのだから、不思議といえばこれほど不思議な話もない。日本と違ってなにしろ器の大きい国だから、万事が鷹揚で明日は明日の風が吹く馬馬虎虎の流儀の方が、中国人には阿吽(あうん)の呼吸にぴったりで居心地がいいにちがいない。そんな中国人からみれば、几帳面にやらないと気が済まない代わりに、すぐ息切れがしてしまう神経質な日本人は、なんとせっかちで気の短い民族なのだろう、と腹のなかでは笑っているのかもしれない。
  

東は東 西は西

  
一衣帯水とか同文同種とかいって、もともと日本人には中国にたいする格別の思い入れ、親近感、憧憬がある。論語や唐詩選などの影響から、偉大な文化の先達だという畏怖もある。それに戦時中の侵略行為への贖罪感が重なれば、日本人の中国人への感情はほとんど片想いに近いものになろう。
   
ところが中国にビジネスでやってきて、一筋縄ではいかない生身の中国人と鼻すり合わせる生活をするようになると、およそ中国人ほど日本人に似て非なるものはない、とつくづく思い知らされ、ストレスに苛まされるようになる。日中の合弁企業で、中国人幹部との間に意見が対立したりトラブルが生じて、日本側代表が帰国してしまうケースがままあるが、これは夫々の商習慣や価値観の衝突であり、いわばカルチャー・ショックでもあろう。私流に解釈すれば、日本人の性善説と性悪説との葛藤である。両説とも発祥の地は中国で、孔孟の教えの性善説が日本に定着し、筍子の性悪説の方は儒教が長年国教であったにもかかわらず、民衆レベルでは中国に根付いてしまった。

中国人の価値観や行動様式をみると、いかにも筍子の説くように本来人間の性は悪であり、それを矯めるために道徳や宗教があり、それでも人間は悪いことをするから罰を伴なう法ができたのだとしか思えない。その法の強制力をもってしても悪を根絶するどころか、上は政府・党の幹部下は警官や小役人に至るまで、悪の華が絢爛と咲き誇っているのが現在の中国である。

伝統的に中国は、個人主義や実利主義の強い国柄で、それが毛沢東によって一時冬眠を強いられたが、ケ小平によって一挙に復活した。共産党治世三十年は、四千年の歴史のなかではうたかたの白昼夢といってよく、中国人本来の“私あって公のない”民族性はそう簡単に変わるものではあるまい。 日本人には、中国人は同文同種だから価値観や行動様式も同じではないか、という短絡な思考におちいる傾向があるが、これはひとつには、相手も同じ価値観を共有している、と思いこむ日本人独特の「甘え」にも原因があろう。そしてこの「甘え」こそ、性善説の母胎となった日本農耕民族共同体が生みだしたものである。(ちなみに日本は性善説が通用する世界でも稀な国である)

中国人の価値観や行動様式は、白人のそれと少しも変わらない。アメリカでは、白人化した日系人のことをバナナというそうだが、中国人もバナナとみて差し支えない。同文同種といった錯覚や虚妄にいつまでも囚われていては、この性悪説で筋金の入ったしたたかな民族とのお付き合いはできない。日本人と中国人がいかに異なっているかをまず知るとういうことが、両民族の相互理解のベースとなることを素直に認めるべきであろう。

                                                     (おわり)


【註】 本稿は、雑誌『正論』2000年4月号に“「中国人の不思議」に戸惑う日々” と題して掲載されたが、中国で仕事中という筆者の立場に配慮した同誌編集部が、筆者名や地名を伏せるほか若干の手直しをしていたのを、今回ほぼ原文に復元し補稿したものである。
(2003/4/26)

     


  
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