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復活」の視点を必要とするブラジル経済     
    

日本興業銀行調査部
シニアエコノミスト 綾川 正子

            
はじめに
          
94年7月にブラジルで導入された「レアル・プラン」は、80年代から90年代初めにかけての事業環境を一変させるものであった。インフレの鎮静化により、経済発展の最大の阻害要因となっていた「通貨価値修正」と呼ばれるインデクセーション制度の除去に成功した結果、国内の設備投資が急回復する一方、欧米諸国からの直接投資が急増している。本稿はブラジル経済の構造改善策を改めて吟味し、今後の持続的成長再開への展望を行い、あわせてわが国へのインプリケーションを検討したものである。
  
   
1.ブラジル経済の現状の位置付け
  
(1)レアル・プランの位置付け
   
ブラジル経済は1968年〜73年にかけ年平均11.1%に上るバランスのとれた持続的成長を達成し、「ブラジル経済の奇跡」と称された。経済発展の原動力となったのが「通貨価値修正」と呼ばれるインデクセーション制度である。これは、国債の額面価格をインフレにスライドさせるとともに、そのスライド率を他の全ての額面価格に適用して実質価値の維持を図り、経済活動に与えるインフレのマイナスの影響を「中和」させようとする壮大な試みであった。同制度はIMFの反対を押し切って1967年に導入されたが、ブラジル経済は翌年以降高度成長軌道に乗り、68年9.8%、69年9.5%、70年10.4%、71年11.4%、72年11.9%、73年13.9%を記録した。この間、小刻みな為替切下げにより輸出を促進させて経常収支赤字の対GDP比率を年平均2.1%に留める一方、外資導入促進により国際収支の安定を図った。物価面では、賃金引上げ率決定に際し、翌年の予想インフレ率を適用し、期待インフレ率を低下させることにより段階的引下げに成功し、消費者物価上昇率は67年の30.5%から1973年には12.7%へと低下した。
   
経済の均衡を破壊した最大の要因は、二度に亘る石油危機である。インデクセーション制度の最大の弱点は輸入インフレに対し無防備なことである。ブラジルのインフレ率は第一次石油危機を契機に約40%に、第二次石油危機を契機に約80%に、更に80年代の債務危機勃発による財政再建策の一環として行った公共料金の倍増で約200%へと悪化の一途を辿った。他方、当時途上国最大の石油輸入国であったブラジルは、石油輸入額の急増により経常収支の大幅悪化を招いた。更に70年代末にかけては米国金利が急騰し、変動金利による民間資金調達額が途上国最大であったブラジルは金利面からも経常収支の大幅な悪化を招いた。石油危機を契機に、ブラジル経済は一転してインフレの急騰、経常収支の大幅悪化、経済成長率の大幅鈍化の三重苦に陥ったのである。
  
ブラジルでは1960年代初めに生じた経済的混乱を収拾する目的で1964年に軍部がクーデターにより実権を握り、経済運営をテクノクラートに委ねる統治スタイルで経済開発を進めた。チリでは1973年に経済的混乱収拾に乗り出したピノチェト軍事政権が同様の統治スタイルをとり、紆余曲折を経ながらも経済改革を進めて持続的成長軌道に乗せた段階で1990年に民政移管に至った。しかし、ブラジルでは1985年にインフレスパイラルを惹起する中での民政移管が行われた。
   
民主化の達成は、インドネシアのスハルト政権崩壊の例を待つまでもなく、長い目でみた場合には極めて貴重な財産である。しかし、文民政権の下で1988年に制定された新憲法は、経済的混乱を招いた軍事政権への反動として国民の権利擁護に強い関心が向けられ、その実現に必要とされる財源に十分な配慮を欠いた内容となった。とりわけ財政負担を招いたのが二年間勤務した公務員の解雇禁止条項、及び手厚い年金を定めた年金条項である。このため財政悪化に拍車がかかり、80年代末から90年代前半にかけ、インデクセーション制度と相まって4桁インフレを惹起するに至った。
  
カルドーゾ蔵相(当時)が94年7月に導入した「レアル・プラン」は、持続的経済成長を再開する上で最大の阻害要因となったインデクセーション制度を除去するために実施されたものである。
   
  
(2)インデクセーション除去の成功と経済・社会に及ぼした影響
  
「レアル・プラン」は、@財政収支の均衡化、A為替の対ドル・ペッグ(94年7月1日の市場レート1ドル=2,750クルゼイロ・レアル=1レアルとし、その近辺での水準維持を目標)、B「通貨価値修正」の基本的撤廃、及びC金融引締め策からなっていた。それまでの数次に亘るインフレ抑制策の失敗を踏まえ、財政収支均衡化措置やインフレ鎮静化後の消費急増対策をも織り込んだ周到に用意された包括的インフレ抑制策であった。特に88年憲法では、連邦政府に対し、教育など社会サービスの財源の地方政府への移転を義務付ける一方、サービスの執行が連邦政府に残されるという矛盾を内包していたため、政府は増税・歳出削減策により「社会緊急基金」を設立して財源を確保し、財政収支の均衡化を図った上で実施された(図表4参照)。その結果、いわば「インフレの集中鎮火」に成功し、導入直前の94年6月に前月比50.8%(年率換算13,083%)に達していたインフレ率は、7月には同7.0%(124%)、8月には僅か1.95%(26%)へと急速に鎮静化した。
   
通貨価値修正に適用される指数は、レアル・プラン導入時に大幅に整理・縮小されていたが、賃金、企業会計、納税などの重要項目の撤廃は見送られていた。しかし、インフレ抑制成功の結果、導入後丸一年経った95年7月には賃金、長期契約、家賃のインフレ指数による自動調整を禁止し、次いで96年1月には企業会計における自動調整の原則禁止を打出した。86年以降、五度目の試みで漸くインデクセーションの除去に成功したのである。
  
インデクセーションの除去は、単にインフレの自己増殖に歯止めをかけたのみならず、ブラジルの社会・経済両面で極めて重要な変化を生み出した。第一に、インフレなき生活の素晴らしさを人々が初めて実感したことである。わが国では第一次石油ショック直後の30%前後の「狂乱物価」で人々が買い溜めに走った。四桁のハイパーインフレ下では、日々生活防衛を余儀なくされる。預金をする余裕のない貧しい人々にとり、店頭の食料品の値段が手持ち現金を上回れば購入が困難となり「飢餓の恐怖」と隣り合わせた生活を日々強いられる。このため、給料日には生活防衛のために長蛇の列をなして買い溜めに走ることになる。他方、余資を有する人々の最大の関心は資産の目減り防止に向けられ、物造りに投入されるエネルギーは減殺される。ハイパーインフレの収束は、生活環境とビジネス環境を一変させ、人々の関心をより物の「質」へと転換させたのである。レアル・プランの成功が如何に期待成長率を高め、産業界に影響を及ぼしたかは、94年以降の設備投資の急増と年間二桁台に上る生産性の大幅上昇に如実に示されている(図表1)。
   
今一つ極めて重要なことは、インデクセーション制度の除去が、弛緩していた財政規律の回復をもたらしたことである。高インフレ下では、納税を先延ばしし、その間に資金運用益を得ようと納税遅延の蔓延を招いていた。他方財政面では、発行する国債の額面価格がインフレにスライドして膨張することから、膨張分を当て込んだ歳出計画が立てられる事態も生じていた。インデクセーション の撤廃はそれらを一掃したのである。特筆されるのが、2000年5月に発効した財政責任法である。その骨子は、州政府や市の債務の連邦政府による肩代わりの禁止、歳出に占める人件費の上限を連邦政府で50%、州政府・市などで60%に抑制することなどであり、財政目標を逸脱した場合に刑事罰を課すという厳しい内容である。こうした法案が成立した根底には、初めて実現したインフレなき社会を守りたいという国民の暗黙裡の総意と、それを背景とする国会議員の財政節度維持の重要性に対する認識の高まりが指摘されよう。
  

(図表1)ブラジルの生産性と資本財輸入動向

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(3)99年の通貨危機の位置付け
       
@ハイパーインフレ収束過程で不可避的に生じる為替の過大評価

ハイパーインフレを招来した国は、例外なく「物価上昇・為替下落・賃金引上げ」のインフレ・スパイラルを引き起こしており、その収束を図るためには、インフレの発生源となっている財政赤字の抜本的是正策と、インフレ・スパイラルに歯止めをかける措置の抱き合わせが必要とされる。言い換えれば、ハイパーインフレの収束には「為替アンカー」が不可欠となる。
       
問題は、包括的インフレ収束策が効果を顕わし、主要貿易相手国のインフレ水準に収束するまでの間、為替切下げを抑制する結果、為替の過大評価が不可避的に進行してしまうことである。メキシコ通貨危機も、ブラジル通貨危機も発生に至ったメカニズムは基本的に同じであり、メキシコのインフレ率(年末比)は包括的経済安定化政策を導入した1987年の108%から切下げ直前の94年には7%に、ブラジルも1993年の3000%台から98年には8%へと顕著に低下していた。
       
大幅な通貨調整が生じる場合、それが「適正為替水準」となって輸出主導の経済成長再開に至るか否かは、インフレ抑制策と並行して企業部門や金融部門の構造改革を実施し、収益性や将来の成長性に基づく資金の適正配分メカニズムが構築されているか否かという点に大きく左右される。80年代の債務危機では、高関税による国内産業の過保護と国営企業主導の工業化の下でそのメカニズムが必ずしも構築されておらず、成長再開には長期を要した。しかしその後、両国ともに輸入関税の大幅引下げ(メキシコは86年以降、ブラジルは90年以降、図表1参照)や国営企業の民営化(両国ともに91年以降であるが、ブラジルで本格化したのは基幹産業の民営化を可能とする憲法改正が成立した95年以降である)を始めとする包括的な構造改善策を実施していた。それ故に、期待成長率の高まりから設備投資が活発化して輸入が急増し、為替の過大評価と相まって経常収支の大幅な悪化を招いていた側面も指摘されよう。この点が80年代の債務危機とは根本的に異なる点であり、通貨調整後の経済成長再開は、債務危機に比し遥かに短期間で可能となった。欧米資本は、通貨調整後のインフレ抑制成功でいわば「必要悪」であった過大評価問題が除去され、持続的経済成長の条件がより整備されたと判断し、寧ろ、投資の絶好の機会と捉えて進出を加速した。このため99年の直接投資は312億ドルと98年の263億ドルを更に上回った(図表2)。   

    

(図表2)ブラジル向け直接投資動向            
金額単位:百万j)

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(資料)ブラジル中央銀行資料
  
  

A通貨調整後のハードランディングとソフトランディング
      
メキシコ通貨危機の場合には、インフレが94年末の前年比7.0%から95年末には同52.0%へと再燃し、金利の急騰により深刻な銀行システム危機を招いた。しかしその後、慎重な財政・金融政策により段階的にインフレ抑制を図る一方(99年末前年比12.3%、2000年4月以降一桁台)、粘り強く銀行再建策を進めた結果、2000年3月にはMoody痴より投資適格を取得した。ブラジル危機では、後述するようにインフレ抑制に成功し、いわばソフトランディングを果たした。今後更なる構造調整が進められるならば、メキシコ同様、今次通貨危機は、将来の投資適格への一里塚と位置付けられよう(図表3)。
     

(図表3)包括的経済安定化政策と通貨危機の位置付け

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(4)ブラジルの通貨危機後のソフトランディングの要因
  
@インフレ再燃阻止の要因
   
99年には通貨切下げ率が最大約35%に上ったにも拘らず、消費者物価上昇率(年末比)は8.9%に留まった。その基本的な要因は、不況下(98年実質GDP成長率前年比0.8%)で需要不振から企業が価格転嫁を図れなかったことにある。しかし同時に、通貨急落直後の便乗値上げ阻止に成功したことも重要である。その背景には、@95年に賃金物価スライド制が廃止されており、通貨下落・賃上げスパイラルの発生が阻止されたこと、A物価安定に伴い消費者団体の発言力が強まり、便乗値上げを行った企業の名前の店頭告示や、購入拒否宣言などを行ったこと、B政府も便乗値上げ品目の輸入関税引下げを警告して牽制したこと、C消費者が以前のように値上がり品の買い溜めに走らず買い控えたため、販売不振から便乗値上げ品の価格引下げに追込まれたことがある。「レアル・プラン下のインフレなき生活の実現が、通貨調整後のインフレ再燃を防いだ」といえる。

  
A銀行システム危機回避の要因
  
ブラジルでは、94年央以降のインフレの急速な収束の結果、インフレ利得にのみ依存していた銀行の収益悪化から、95年末にかけ銀行システム危機が表面化した。政府は中央銀行の検査・監督体制の強化を図る一方、95年11月にPROERと呼ばれる銀行制度強化プログラムを制定し、内外資本による吸収/合併を柱に銀行システムの再編・強化を図った。再編に当っては、経営が行詰まった銀行を、財務体質の良好な地場上位銀行か外資に不良債権も極力含めて買収させ、買収相手不在の場合には清算するという巧みな処理を行った。このため銀行救済コストはGDP比1.5%〜2%に留まったと試算されている。なお95年当時、多額の不良債権を抱えて経営難に陥った州立銀行は、連邦政府が必要に応じて管理下に置き、各行のバランスシートの改善を図る一方、労働組合などからの法的訴訟を退け、粘り強く民営化努力を続けてきた。その結果、2000年10月にはパラナ州立銀行がイタウ銀行(地場2位行)に、また、11月にはサンパウロ州立銀行がスペインのサンタンデール銀行により落札された。
   
銀行システム危機が回避された今一つの要因は、政府が約600億ドルに上るドル連動債を発行し、結果的に為替リスクを肩代わりしたためである。98年末時点の国債残高の保有機関別内訳は、金融機関60.4%、企業11.2%、投資基金など28.4%であり、金融機関の享受したメリットが大きかった。また高金利下での銀行収益の改善や慎重な融資姿勢も危機回避に貢献した。ブラジル危機では、大幅な通貨切下げにも拘らず民間部門のデフォルトが散発的にしか生じなかったが、前記要因に加え、外国債権機関による慎重な融資先の選定や90年のコロールプラン下の金利暴騰を生き延びたブラジル企業の自己資本比率の高さなども指摘される。
   
このように、ブラジル通貨危機では、メキシコ危機、アジア危機、ロシア危機と異なり、銀行システム危機は回避された。しかし、他方において、年金財政の過重負担や過剰公務員問題に加え、前記為替差損の肩代り、更には99年前半にかけての超高金利政策に伴う国債金利負担の増嵩から、99年の財政収支赤字の対GDP比率が約10%にも上った。従って、今後更なる信認の好転を図るためには、財政問題を中心とする構造改革の一層の促進が必要である。
    
  

2.通貨調整後のブラジル経済〜インフレなき経済成長の再開と双子の赤字の改善
   
ブラジル経済は、インフレ抑制成功に伴い、通貨危機のピーク時に45%に達した名目金利が5月末に23%へと低下し、年末迄に19.0%、2000年7月には16.5%へと低下した。好調な直接投資の流入から設備投資が堅調に推移する一方、輸出数量の回復に伴い、2000年の実質GDP成長率は約4%が見込まれている。他方、財政収支は、名目金利の低下と景気回復による税収の好調から、2000年の対GDP比率は3%台への低下が見込まれている(図表4)。
       

(図表4)通貨調整後の財政収支と景気動向

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()財政収支は通貨価値修正による影響を控除したベース。

   
また、98年に僅か0.8%の実質成長の下で▲338億ドルを記録した経常収支は、99年には▲251億ドルへと改善した。2000年には景気回復に伴い輸入が増加に転じる中で、輸出の伸長(1〜11月前年比17.6%)により、赤字幅はほぼ前年並に留まることが見込まれている。対GDP比率では、持続可能とみられる限界に近い4%前後であり、今後一層の改善努力が必要であるが、赤字の過半を相殺する高水準の直接投資の流入を促す堅実な経済運営が維持されるならば、ブラジル経済は今次通貨調整により、「年平均成長率4%程度と経常収支赤字の対GDP比率▲3〜4%の水準」での持続的経済成長が可能となる環境を整備したものと考えらよう(図表5)。

   

(図表5)ブラジルの平均成長率と経常収支赤字

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3.ブラジル経済の残された課題〜双子の赤字の一層の改善

   
ブラジル経済は成長を再開しつつ、双子の赤字が改善するという良好な状態にある。しかし、雇用情勢の好転を図るためには少なくとも5%の以上の成長が必要であり、そのためには、双子の赤字の更なる改善が必要である。
  
(1)更なる経常収支改善の必要性

    
ブラジルは既往債務の利払い負担が年間約200億ドルにも上る。このため、2000年のブラジルの経常収支は通貨調整前に比し改善したとはいえ、なお約250億ドルの赤字である。今後経済成長率を更に高めるためには、輸出競争力の一層の強化による輸出の一層の増加が必要である。競争力の強化を更なる通貨切下げに依存することは、インフレへの跳ね返りや為替差損を勘案すると望ましいとはいえず、いわゆる「ブラジル・コスト」の削減が望まれる。「ブラジル・コスト」の主なものは、@高いインフラ・コスト、A高い社会保障費負担、及びB高い課税負担である。

   
このうち、インフラ・コストについては、例えば95年時点における、サンパウロ州の出荷港であるサントスの港湾コストは、最も効率的といわれるオランダのロッテルダムの5倍に上るといわれた。その後民間資本の導入により、コスト引下げが図られたものの、なお2.5倍といわれており、今後一層の引下げが必要である。
   
社会保障費については、基本給とほぼ同額の負担が企業にかかると指摘されている。しかも、99年9月に年金払い込み負担引上げ法案に違憲判決が出されたため、憲法改正成立までの一時的措置としながらも、企業の社会保障費負担が引上げられている。その是正が火急の課題である。
   
今後企業のコスト負担引下げに向けとりわけ必要とされるのが、税制改革である。ブラジルの税制は、高インフレ時代に場当たり的な増税措置を繰り返してきた結果、複雑に入り組んでおり、企業経営のエネルギーの重要な部分が財務会計処理に投入されている。 また税制の複雑さが脱税の温床となっており、World Economic Forumの調査によれば、ブラジルの脱税面における評価は56カ国中54番目に低い。税制簡素化に向けた税制改革法案の成立には連邦政府と州政府の困難な利害調整が必要であるが、工業製品輸出競争力強化の強力な支援材料であり、早急な成立が望まれる。
   

(2)更なる財政再建の必要性
    
財政再建のためには、公務員の過剰雇用問題と年金財政の抜本的改善が不可欠であったが、アジア危機が波及した97年に公務員解雇規定を緩和する憲法改正が成立し、またロシア危機が波及した98年には、年金受給資格厳格化の憲法改正が成立した。しかし、現役及び退役公務員の払い込み負担を引上げる憲法改正法案は未成立である。2001年には利払い前財政収支の対GDP比3%の目標厳守が見込まれるが、年金赤字は利払い前黒字を相殺する水準であり、法案の早期成立が望まれる。
   
ブラジルの財政赤字はその太宗が利払いによるものである(図表4)。このため、今後の名目財政収支の改善如何は金利水準に大きく左右される。現状、物価の落ち着きで国内要因からは引下げが可能であるが、金利の引下げ如何は、米国経済やアルゼンチン経済動向という外的要因にかかっている。

   
4.アルゼンチン経済の現状とブラジル経済に及ぼすインパクト
    
(1)アルゼンチン経済の現状〜景気低迷下の双子の赤字
     
アルゼンチンでは、1ドル=1ペソ及び通貨発行量を外貨準備の範囲内とすることを定めた兌換法の導入(91年4月)により、月間200%に上るハイパーインフレの収束と経済活動の正常化が図られてきた。しかし99年1月のブラジルの通貨調整成功に伴い、産業競争力面で相対的劣勢に追い込まれ、15.4%に上る失業率の高止まりが続いている。輸出はブラジル経済の回復もあり、前年比二桁台で伸長してものの、GDPに占めるシェアが一桁台であり、景気浮揚効果は限定的である。経常収支は輸入低迷もあり改善しているものの、既往債務の利払い負担から100億ドルを超える赤字が見込まれている。
   
加えて、アルゼンチンは財政赤字を抱えている。対GDP比は2%台に留まるものの、クラウディング・アウトによる民間投資の低迷を懸念したデ・ラ・ルア政権(99年12月就任)は、増税策を打出し、「増税→財政赤字縮小→信認好転→金利低下→景気回復」のシナリオを描いた。産業競争力の問題と相まって「増税→消費低迷→税収低迷→金利高止まり」の悪循環に陥り、2000年の実質成長率は年初目標の4%を大きく下回る0.5%が見込まれている。
   
双子の赤字のファイナンスと既往債務の返済で2000年には約200億ドルの外貨調達が必要であるが、先行き懸念の高まりから、IMFなどからの国際支援を仰ぐ状況に追込まれている。危機脱出のためには、国際支援の下にファイナンス懸念を払拭させて金利を大幅に低下させ、また国民も将来への確信を得て初めて消費と投資を拡大させて景気が回復することになる。
    
現在の景気停滞局面を上昇に転じさせるには、国民の景気回復に向けた政府への信頼と良好な外的環境が必要であり、米国景気の減速が懸念される中で、アルゼンチン経済は兌換法維持に向け正念場を迎えよう(図表6)。


    
(図表6)アルゼンチンの銀行預金に占めるペソのシェア

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(2) アルゼンチン危機のブラジル経済に及ぼす影響
      
外貨危機がブラジルを巻き込むか、アルゼンチンのみに留まるか否かは、世界経済への影響にも大きな相違を与えよう。
    
ブラジルもアルゼンチン同様、既往債務の返済負担が重く、双子の赤字を抱えている。このために債券や通貨の連鎖安を招いている。しかし、アルゼンチンとの相違も大きい。一つは双子の赤字が景気回復下でともに改善の方向にあることである。二つ目は財政赤字のファイナンスのほぼ全額を国内調達していることである。99年の外貨危機がピークに達した高金利下でも国内でのファイナンスは円滑に行われている。他方、政府の来年の外貨調達必要額は42億ドルに留まる状況である。
    
とはいえ、双子の赤字が続いていることも事実であり、今後外的環境が悪化すればするほど、追加的改善策を市場に提示する必要に迫られよう。焦点となるのはこれまで導入が先送りされてきた税制改革や年金払い込み負担引上げ法案である。これまでブラジル政府は国内の利害調整が困難な重要法案を、外圧を巧みに利用して可決に成功してきた。そのマネジメント力への信頼感が98年以降3年連続して年間約300億ドルに上る直接投資をもたらしている。今後とも外的危機を国内の改革促進へのチャンスに転じ得るか否かが、ブラジル経済の安定維持如何を最終的に決しよう。

    
5.日本企業にとってのブラジルの位置付け
     
ブラジル向け直接投資は、90〜94年の5年間で85億ドル、年平均17億ドルに留まった後、経済復活への期待を背景に95〜99年の5年間で1003億ドル、年平均201億ドルへと急増した。この間、日本からの直接投資は、97年にホンダが、また98年にはトヨタがブラジルでの自動車生産に踏み切るなどの動意がみられるものの、総じて低水準に留まっており、ブラジルにおける日本の直接投資のシェアは、95年末の6.3%から2000年上期には僅か0.6%へと低下の一途を辿っている(図表2参照)。
   
日本からの直接投資が低迷している主要因の一つは、ブラジルの債務危機再燃への危惧の念である。既にバブル崩壊とアジア危機の打撃を受けている日本の民間企業にとり、万一、第三の危機をも抱え込む事態に至った場合には、正に存亡の危機を迎えることになる。この現実を踏まえるならば、日本企業の及び腰は、あながち非難されるべきものではない。
   
しかし、一方で懸念されるのは、欧米諸国が積極的進出を図る中で、いわば「皆で渡らない」ことによる失うものの大きさである。成熟経済の潜在成長率が最大でも3%と目される中で、民間企業が生き残りを図るためは、『将来の成長市場』での市場確保が必要である。ブラジルは人口1億5千万人を要し、GNP規模は世界第八位の7676億ドル(世界銀行統計、98年)であり、ASEAN4カ国計の4224億ドルを遥かに上回る。しかも、これまでみてきたように、欧米諸国の積極的進出の背景にはブラジル経済の極めて重要な構造改革の進展がある。
    
日本企業が今一つ留意すべきは、「適切なリスク分散」への配慮である。四方を海に囲まれ、また単一民族である日本は、戦後50年にわたり経済発展にのみ邁進してきた。このため、海外直接投資におけるリスク判断も経済的要因にのみ集中し勝ちである。しかし、現実のエマージング諸国のカントリー・リスクは、民主政治の定着度や政権交代ルールの定着如何、民族紛争や対外的な紛発生リスクなどにも大きく左右される。21世紀を展望する時、ブラジルは、@独創的な経済政策立案力 (、A民主政治の定着、B民族紛争問題との無縁、C歴史的に対外紛争との無縁、更にはD核拡散防止条約に調印した平和的経済発展戦略の指向などの優位性を有している。こうした要素を持つ中で、ブラジルでは極めて重要な構造改革が進展しているのである。
   
以下では、ブラジル向け直接投資をとりわけ低迷させたと思われる幾つかの要因をあげてみたい。
   

@日本企業独自の意志決定メカニズム
   
日本企業を特徴付けるのは「年功序列制度」と「ボトム・アップ」と評される意思決定システムである。投資は基本的に常務会をクリアして決定される。年齢的に、80年代の債務危機という苦い経験をし、かつインデクセーション下での財政規律の弛緩を目の当たりに経験したブラジルに対する不信の念の強い人々が常務層にいることが指摘されている。
   
こうした中で、「現在の経済指標」には高水準の対外債務返済負担など、「過去の経済運営のツケ」が重くのしかかる一方、「現在の経済改革の成果」が現われるのは「将来」であり、現時点で数字で示すことは不可能である。日本の本社で先行きへの懸念が表明された時に、その懸念を払拭する統計的材料に乏しく、ビジネスチャンスを逸するケースが積み重なった面も指摘されよう。


A日本企業のサービス部門での競争力の劣後
    
第二の要因として指摘されるのは、日本の産業競争力の製造業部門、特に電気・電子部門と自動車部門への偏りである。ブラジル向け直接投資の過半はサービス部門であるが、金融部門が不良債権問題で後ろ向きの対応を迫られる一方、通信、電力等のインフラ部門は、欧米企業の競争力が強く、日本企業は苦戦を強いられている。
  

B迅速かつ弾力的な対応の欠如
   
米国やドイツにとり、ブラジルはエマージング諸国の中で最大の投資先であり、最重要市場として位置付けられている。そのために優秀な人材を送り込んできている。その中での競争に打ち勝つためには、市場に熟知した専門家や人脈を形成し、迅速かつ弾力的な対応が必要である。日本の本社中心の意志決定システムがそれを阻み、欧米企業との競争上、不利な立場に追込まれている側面も指摘されよう。
   

C現地人の活用における制約
   
更に指摘されるのが、現地人の活用面における制約である。ブラジルはビジネスチャンスに富む一方、インフレ時代の遺物も残存しており、企業会計や流通関係を始めとして「優秀な水先案内人」が必要である。そのためには相応の処遇が必要であるが、日本の年功序列体系や、日本人中心の雇用体系が、優秀な人材確保を困難にさせている面も指摘されよう。
 
   
Dブラジルの経済改革の継続性への懸念
 
2期にわたりブラジル経済を持続的成長軌道に乗せるべく経済改革を進めているカルドーゾ政権は、2002年12月で任期を終えるため、2002年10月には次期大統領選挙が予定されている。懸念されているのは、所得格差の大きいブラジルにおいて、経済安定化達成の一方で、失業問題の解決などが不十分なため、再び大衆迎合的な政権が返り咲くことである。しかし、インフレなき生活を破壊したくないという人々の総意が政治に与えるインパクトは極めて重要である。また法律面での財政責任法の成立も、放漫財政への歯止めとなる点には注目を要する。
   
今年10月に行われた市町村選挙では、大都市の多くで左派の労働党(PT)が制した。しかし、いずれも当選したのは党内穏健派であり、財政規律の重要性を認識した上で、所得格差の大きいブラジルの社会問題を重視する人々である。従って、労働党穏健派は基本的には西欧の社会民主党的存在であると位置付けられるように思われる。欧米企業の積極的な進出の背景には、これらの要素をも織込んだ、次期大統領選挙を超えたより長期的な視点があるように思われる。

   
おわりに
   
ブラジル経済は双子の赤字を抱えつつも長年の課題であった高インフレを克服し、足元良好な成長を実現するに至っている。経済構造改革が好感され、欧米企業の進出も一段と活発である。然るにわが国は、国内の構造改革と景気回復の遅れの余波を受けて、世界第八位の経済規模を有する市場への参入も鈍い状況にある。しかしながら、ブラジル向け直接投資については、いわば「皆で渡る」ことも「皆で渡らない」ことも日本にとり望ましい選択ではない。重要なことは、ブラジルで生じている80年代の事業環境を一変させる重要な構造改革の進展が正確に認識された上で、各事業主体による進出の是非の再検討が望ましいということである。進出を決断する場合には、周到な準備が必要とされる。
   
ブラジル市場はビジネスチャンスの極めて豊富な市場である。またこれまでの日系移民の努力で培われた良好な対日感情も貴重な財産である。更に、ブラジル経済が最も必要とする輸出拡大のための技術力、マーケティング力などをわが国企業は備えており、相互補完性も強い。
    
資源小国であるわが国は、世界経済の安定的発展を最も必要とする国の一つである。中南米、特に南米経済の要であるブラジル経済の安定は、わが国の安定にも重要である。その意味において、ブラジル経済のリスクの高さをあげつらうのではなく、ブラジル政府・議会とともに、連携して問題解決にあたるという姿勢が両国にとり最も望ましいと考えられる。


   
『国際金融』2000年12月15日号 第 10575号 -
(財団法人) 外国為替貿易研究会 発行 - に掲載