ブラジル文学の歩み

 エレナ・トイダ(上智大学助教授)


ブラジル文学は、ポルトガル人がブラジルに到達する1500年から今日まで、その短い年月にもかかわらず、また300年余の植民地時代に宗主国であるポルトガルの影響を受けながらも、1836年から始まるロマン主義以降、独自の発展を遂げることとなる。ブラジルという多民族が共生する土壌の上で、近代化にともなって大きく変化していく都市や地方に焦点をあてながら、ブラジル社会のアイデンティティーを形成すべく、独自の文学として大成していくのである。

植民地時代(1500〜1822年)

ポルトガル人がブラジルに到達した1500年から、ポルトガルから独立する1822年までが植民地時代である

16世紀初頭は、「新天地」(ブラジル)に関する情報を記す年代記や、先住民(インディオ)の生活や習慣などを細かく説明した書簡などが、情報文学として残っている。また1553年に、先住民を改宗させるためブラジルに渡った、イエズス会士の説教集や戯曲が教理文学として挙げられる。このように、いわゆる文学作品と呼べるものは無いに等しいが、ブラジルに関する一般情報や布教活動を知る上では、重要な役割を果たしている。

1601年はバロック主義の時代である。反宗教改革の影響を受け、この時代は相反する神と悪魔、善と悪、肉体と精神、罪と後悔などの融合を試みるが、それによる苦悩がそのまま文学に反映されることとなる。当時、ブラジルの経済基盤は砂糖きびであり、文化の中心地も砂糖農園が集中するバイ−アであった。ポルトガル人の植民地における生活を毒舌で風刺した詩人や住民に対する非道徳的な扱いや虐殺についてポルトガル国王に直訴したヴィエイラ神父の『説教集』が有名である。

ミナス・ジェライス州を中心として、1768年からアルカディズムの幕開けとなる。砂糖きび産業が衰退し、金鉱が発見されたこの時代における重要な事件に、ブラジル独立を目指した「ミナスの陰謀」(1789年)がある。この運動に多くの詩人たちが参加し、ブラジル人たるもののアイデンティティーを意識した第一歩となる。
  

ロマン主義(1836〜1870年)

1836年、ゴンサルヴェス・デ・マガリャンエスの『詩的なため息と郷愁』によって始まる。この時期、1822年に独立を果たした国家を表現する新しい作風が必要とされ、ナショナリズムのロマン主義的理想やインディアニズムを掲げた作品が次々と生まれ、ブラジルの小説の創始者とされるジョゼ−・デ・アレンカ−ルの出現をみる。この時代はブラジル独自の文学形成の始まりともいえる。文学が環境と人間の産物であるとすれば、ポルトガルとは異なる自然と住民が存在するブラジルには、ポルトガルとは異なる文学が創出されねばならないという意識が生まれた時代なのである。こうした時代背景から、「ブラジル性」を表現するための一形式として、インディアニズム(インディオを称賛する思想)が誕生した。韻文ではブラジルへの郷愁をテーマにした第1期(1836〜40年代)、叙情と個人主義を極めたウルトラ・ロマン主義の第2期(50〜60年代)、そして奴隷解放運動が盛んになる第3期(70年代)に分かれている。散文では、ブラジル独自のポルトガル語の表現や文体を尊重したことでも有名なアレンカ−ルが『グアラニ−族』(1857)や『イラセマ』(1865,田所清克訳、彩流社、1998)でインディアニズムをあつかっている。他にリオの中産階級を描写したマヌエル・アントニオ・デ・アウメイダの『ある在郷軍人の思い出』(1853,高橋都彦訳大学書林、1983)などもある。

リアリズム(1870〜1920年)

共和主義や奴隷制廃止を求める声が高まり、1889年、ブラジルは共和国となる。文学界では、ヨ−ロッパで主流となっていた実証主義、社会主義や進化論と相俟って、またそれまでの主観的なロマン主義に反するかのように、客観的な観察や心理分析を重視するリアリズム(写実主義)と、現実を科学的かつ細密に描写する自然主義が主流を成すに至った。リアリズムの最高峰は登場人物の視点を重視し、その内面描写を得意としたマシャ−ド・デ・アシスである。彼の代表作には、『ブラ−ス・ク−バスの死後の追想』や『ドン・カズム−ロ』(伊藤奈希砂訳、彩流社、2002)がある。また当時のリオデジャネイロの都市風景を描き、そこに見られる偏見や差別を、ブラジル人独特のユ−モアや皮肉を通して指摘した短篇集もある。マシャードの作品に登場する女性は、心理分析面からみると、それまでのロマン主義のか弱い像とは違い、したたかで強烈な人物として描かれている。また1896年、マシャ−ドによるブラジル文学院創設は、ブラジル文学確立への重大な出来事のひとつである。自然主義は、下層階級の現実に目をむけ、都市部の貧困やそこに暮らす人々の生き生きとした描写で知られる『百軒長屋』(1890,外波近知訳、出版社、出版年はともに不明)がある。人間は環境の申し子であり、現実を科学的に描写しようと試みるため、細部にこだわることが特徴とされる。韻文では ”芸術のための芸術” を掲げ、完璧な詩のフォルムを探求する高踏主義、夢や幻想的、神秘的なるものを探求し、詩の音楽性を尊重した象徴主義が出現する。19世紀の文学思潮を反省するための過渡期といえる前近代主義(1902〜1922年)を経て、やがて台頭するモダニズム思潮の基盤を成すことになる。

エウクリ−デス・ダ・ク−ニャの社会小説『奥地』が出版された1902〜1922年の”近代芸術週間”までが前近代主義と呼ばれ、モダニズムへの過渡期とされる。田舎者の日常生活に焦点をあて、また児童文学にも力を注いだモンテイロ・ロバットも忘れてはいけない存在である。


モダニズム(1922〜1980年代)

第1期(1922〜1928年)は、1922年2月、サンパウロ市立劇場で開催された「近代芸術週間」によって始まる。ヨ−ロッパのアヴァンギャルドに影響され、ブラジルの文学者たちは、自由詩や日常生活の詩的描写、口語体やくだけた表現を重視するようになった。ブラジル人としてのアイデンティティーを見出せない主人公を描いた『マクナイ−マ』は、彼を通してブラジル国民やその文化の未成熟さを訴えている。この時期は韻文が主流を成し、革新的な作品が次々に発表された。

第2期には、北東部に暮らす貧しい人々の受ける社会的・心理的迫害、厳しい旱魃や搾取をテーマにした、地方主義文学の幕開けを告げる作品が盛んに発表された。またモダニズム散文の最高峰であるジョルジェ・アマ−ドやブラジルの最も重要な詩人であり言葉の魔術師ともいえる、カルロス・ドゥルモン・デ・アンドラ−デがいる。                                                                                                                                                                                第3期(1945〜1960年代)の文学は、言語的実験を試みようとする傾向と、テーマやフォルムの多様化がみられた。ギマラエンス・ロ−ザの『大いなる奥地』(中川敏訳、筑摩書房、1976)、社会問題を扱った、詩というよりむしろ戯曲に近いジョアン・カブラル・デ・メロ・ネットの『北東部に住む人々(セヴェリノ)の死と生』、登場人物の深い心理描写と緻密な意識の流れを描いた女流作家、クラリッセ・リスペクトルなどが有名である。1950年代には、具象主義や視覚詩が出現する。1940年代からブラジル文学独自のジャンルとされるクロニカが脚光を浴びてくる。これは約1000字以下の小宇宙の中に、日常生活のスケッチをユーモアやアイロニーに満ちた口語的な文体で描き出すことを基本としている。代表的な作家は、ル−ベン・ブラガで、クロニカのみを発表し続け、その功績で文学史に名を残すことになった人物である。フェルナンド・サビノや、ブラジル人の気質を熟知した表現で知られるルイス・フェルナンド・ヴェリッシモが代表的な作家である。1960年から1970 年代にかけては軍事政権下にあるブラジルの情勢を反映したルポルタージュ小説やブラジルの現実をテーマとした作品がある。

ポスト・モダン(1980年代〜現在)ポスト・モダンと呼ばれる1980年代の特徴は、主張、スタイル、ジャンル、そして世界観の多様化などが特徴である。中でも、ブラジル人のアイデンティティー探求をテーマにしたジョアン・ウバウド・リベイロは、30年代の地方主義文学とは異なる革新的な文体確立に成功した作家である。児童文学においても、2000年アナ・マリア・マシャードがブラジルの動植物を題材に描いた一連の作品でH.C.アンデルセン賞を受賞し、ブラジルの児童文学は世界的にも認められることになった。
   

伝統の上に構築されてきた西洋の、主にヨーロッパの文学思潮に多大な影響を受け続けてきたブラジル文学は、独立を境に、常にナショナル・アイデンティティーを探求するようになる。様々な民族によって形成されるブラジルの民は、「自分達はいったい何者なのか」と、自問自答をくり返しながら、その時々の社会情勢の中で答えを見つけようとしたのである。その絶え間ない探求が地方文学主義やクロニカとしてブラジル文学独特の世界を創り出したのであろう。

 

【(社)日本ブラジル中央協会発行会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2006年新年号掲載】

      



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