シコ・セーザルの豊かな音楽世界

岸和田仁(在レシーフェ)


筆者の住むペルナンブーコ州の北隣パライーバ州は、ブラジルで最も貧しい州の一つである。経済的には確かに豊かではないが、政治や文化の分野では数多くの逸材を輩出してきたところでもある。文学では、小説『バガセイラ』(1928)をもってノルデスチ文学の嚆矢とするが、その作家にして政治家ジョゼ・アメリコ・デ・アルメイダ、サトウキビ文学で国民作家となったジョセ・リンス・デ・レゴ、大衆演劇運動を展開した劇作家アリアーノ・スアスーナなど、政治ではエピタシオ・ペッソア(元大統領)、ジョアン・ペッソア(元州知事)など、音楽ではアフロ・ブラジル系伝統音楽コーコを広めたジャクソン・ド・パンデイロ、ポップス歌手エルバ・ハマーリョといった名前がたちまち思い浮かぶ。

そんなパライーバ出身で、今一番ホットな注目を浴びている作曲家にしてシンガーソングライターといえばシコ・セーザルである。1964年内陸部のカトレー・ド・ホーシャ生まれの彼は少年時代から音楽バンドを率い、最初の作詞作曲が12歳の時という、早熟ミュージシャンであったが、パライーバ連邦大学での専攻はジャーナリズムであり、記者として生計をたてながら音楽活動も続けていた。30歳になって音楽専業となってからは、2002年までに5枚のアルバムを出しているが、第二作『クスクス・クラン』は北米の白人至上主義団体を揶揄したタイトルでわかるように人種差別主義批判のメッセージが込められ、アフリカ(コンゴ)の歌手との協同作業の賜物である第三作はネグリチュード(黒人性)を主張していた、というようにアンガージュマン(社会参加)的でありながら、その豊かな歌唱力の魅力と音楽世界の広さ(ノルデスチの伝統音楽+MPB+ボサノヴァ+トロピカリズモ+レゲエなどの融合)で幅広い人気を保持してきている。

前作から4年ぶりのアルバムとなる第六作『時は流れて』の発売を機にサンパウロや海外(スペイン、イタリア、ドイツ、アルゼンチンなど)を経てレシーフェにやってきた彼のライブ(8月17日)に久しぶりに筆者も参席したが、予定の一時間半を大幅にオーバーした2時間半の熱演に観衆全員が圧倒されたと断言できる。

会場は千人近い観衆で満杯であったが、その英語からアメリカ人とわかるのが数人いた以外はほとんどが地元の人たちで、シコは伝統的な口承文芸詩人の語り口でレシーフェ住民受けする地元ネタを連発しながらたちまち観衆の心を掴む。この語りを皮切りに自らの歌唱ワールドに漸次入っていき、彼の代表曲「ママ・アフリカ」や新曲はもちろんだが、1970年代の軍政批判ソングであったシコ・ブアルケとジルベルト・ジルの共同曲「カリセ」(葡萄酒の聖杯と沈黙の掛詞で言論弾圧を風刺)から、政治色の全くないノルデスチ伝統音楽を代表するルイス・ゴンザーガの「アーザ・ブランカ」や「パライーバ」まで、合間にはベートーベンも即興で演奏する。ただ歌うばかりでなくダンス・ビートやら多様なパーフォーマンスを交えながらの熱演に会場全体が同化していったのは見事というしかない。  

新曲の「オデイオ・ホデイオ(ロデオなんぞ大嫌い)」はセルタネージャ(ブラジル版カントリー)音楽をおちょくっているが、その痛快な言葉遊び精神は単なるミュージシャンの域を超越している。昨年初めての詩集を上梓したシコは、記者時代に鍛えた文章力に詩人的で多彩なボキャブラリーを付加した表現力を武器に、作詞も作曲もこなす才人であり、彼の音楽はブラジル的な意味において「フェイジョアーダ音楽」とでもいえるのではないかと筆者は考えている。

 

(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2006年9月号掲載


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