ルーラ政権2年目の課題

  長谷川永遠子(大和総研)


                 
ハネムーン期間終了
 
労働者党(PT)が政権を運営するようになって2年目に入った。ルーラ大統領は年金改革と税制改革の二大構造改革を実現し、金利を引き下げ、IMFの融資条件を上回るペースで財政健全化を進めるなど、これまでのところ概ね成功をおさめている。IMFや経済界からの支持と国民の大多数を占める貧困層からの支持を両立できたことがさまざまな成果につながったが、長いハネムーン期間もそろそろ終わりに近づいているようだ。

今年2月には、ルーラ政権初の政治スキャンダルが発覚した。ジルセウ官房長官の友人であり、長官の肝いりで大統領府内議員関係担当局次官補となったワルドミロ・ジニスが2002年の総選挙の際、違法賭博の胴元にPT候補者への政治献金と自己のリベートを求めていたのである。野党はジルセウ長官に辞任要求を突きつけ、真相の徹底究明に息巻いている。クリーンが売り物のPT政権だっただけにジニス事件はかなりの痛手となろう。

ルーラ大統領に対する国民の期待は高く、就任当初の支持率は80%を超えていた。しかしその後1年たっても貧困や雇用の改善が見られないことから、支持率は月を追うごとに低下している。ジニス事件後に集計された世論調査では、大統領に対する支持率が初めて60%を割り込み、不支持率はついに30%の大台に乗った。ジニス事件が政権の屋台骨を揺るがすまでに発展するかはさておき、事件の処理に手間取れば大統領やPTに対する支持率はその間さらに低下しよう。

  
成長路線への復帰

カントリー・スプレッド(ブラジル国債の米国債に対する上乗せ金利)が大統領選前のレベルに戻り、債務負担の増加にようやく歯止めがかかった現在、PT政権が本来目指していた貧困撲滅に力を入れる余地はかろうじてある。ルーラ政権2年目はIMF合意遵守をベースとしながらも、PT政権の独自色を模索する年となろう。

支持率低下を食い止めるためには、金利を引き下げ経済成長路線への復帰を明確に打ち出すとともに、農地改革や社会政策拡充によって貧困問題に直接対峙する必要があろう。公務員年金改革や税制改革では企業家と労働者の利害が一致したが、農地改革や社会政策拡充で企業家、資本家の理解を求めるのは容易ではない。このため具体案の作成にはなお時間を要するだろう。

企業家と労働者、双方異論がないのは金利引下げによる経済成長路線への復帰である。中央銀行は昨年6月以来、8回計10.25%ポイントもの金利引下げを実施してきた。それでもインフレを差し引いた実質金利は世界最高水準にあるといわれ、為替レートの安定や賃上げ圧力が少ないことを考えると、利下げ余地はまだ残されていよう。

ブラジル経済は2001、2002年と1%台の低成長(一人当りGDPではマイナス)が続き、PTが政権を握った昨年に至ってはマイナス0.2%の景気後退を余儀なくされた。しかし金融緩和期待が続く今年は3年ぶりに3%台半ばの経済成長が達成できそうだ。


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中長期的課題にもチャレンジ

ルーラ政権が金利引下げや景気浮揚に成功すれば、ブラジルの中長期的課題である債務問題の改善も期待できる。ブラジルの公的部門債務は2003年末推定でGDPの58%に及ぶ。これだけ債務規模が大きいと金利が上昇する局面では雪だるま式に利払いが膨らみ、利払いのために国債を増発することで債務残高がさらに増えるという悪循環が生じてしまう。ここ数年のブラジルは正にその状態にあった。

過去に累積した負債から現在の財政状況を切り離して考えるために、公債金以外の歳入から公債費以外の歳出を差し引いたプライマリー財政収支を見てみよう。ブラジルのプライマリー財政収支は1999年に黒字化し、2003年の黒字はGDPの4.3%にも達した。ちなみに2003年の日本のプライマリー財政収支は、GDP比5.8%の赤字だった。ブラジルは公債発行以外の収入(主に税収)で公債費以外の歳出を賄うことができており、足元の財政運営は日本と比べ適切だといえる。

しかし公債関連歳出入を含む財政収支になると、ブラジルも日本同様赤字に転じてしまう。本来プライマリー収支が改善すれば、カントリー・スプレッド縮小から公債金利も低下するはずだが、ここ数年のブラジルでは、アルゼンチン危機や大統領選をめぐる不透明感から公債金利が上がり続けた。金利上昇によって経済の活力は殺がれ、債務GDP比は拡大の一途をたどったのである。

欧米先進各国が1990年代に財政を建て直した経験から考えると、プライマリー財政収支改善こそが債務問題解決の第一歩である。ブラジルは前政権下から既にその一歩を踏み出している。大和総研が試算したところ、ブラジルがGDP比債務残高を一定に保つのに必要なプライマリー黒字は、2004〜06年平均でGDPの3.8%となった。ルーラ政権はIMFとの間で、今後3年のプライマリー財政収支目標を同4.25%に決めている。外的要因などでカントリー・スプレッドが急騰してもそのショックを吸収しつつ債務GDP比の縮小が狙える目標設定といえよう。世界的にも低インフレ下の経済成長というフォローの風が吹いており、これまでなかなか噛み合わなかったブラジルのプライマリー財政収支と公債金利の歯車も、2004年にはようやく噛み合うようになるのではないだろうか。


難しい2年目の政策運営

ルーラ政権発足1年目は同政権に対する金融市場の行き過ぎた不安を払拭する必要があり、採用できる政策はおのずから決まっていた。金融市場が安定を取り戻し、政策自由度が増した2年目こそ、この政権の真価が問われる。

ルーラ政権は金利引き下げによる景気刺激で、貧困問題、債務問題の緩和に取り組むだろう。貧者救済を掲げてきたPTとしては何らかの社会政策拡充にも踏み込みたいところだが、具体案の策定は慎重に進める必要がある。金融市場にショックを与えずに、PTの独自色をどう打ち出すかが2年目最大の課題である。

ルーラ大統領自身は司法制度の効率化、透明性向上を目指す司法改革に熱心だ。貧者は司法制度へのアクセスを、企業家は訴訟手続きの迅速化を求めており、ここでも大統領の絶妙なバランス感覚が発揮されている。大統領は農地改革や社会政策拡充以外でも、PTの独自色を打ち出せると考えているのだろう。金融市場の信認を得ながら社会改革を目指すルーラ政権から今後も目が離せそうにない。
  


【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2004年5月号 掲載】



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