ブラジルのワールドカップ優勝の可能性はいかに

   沢田 啓明   (サッカー・ジャーナリスト−在サンパウロ)


ブラジルサッカーが強い。ここ10年ばかり、世界のサッカー界でブラジルの一人勝ちが続いている。ブラジルサッカーに魅せられてブラジルに移り住んでしまった私ですら、ちょっと勝ち過ぎではないか、と思うくらいだ。

ワールドカップでは、1994年のアメリカ大会で守備的と批判されながらも決勝でイタリアに延長、PK戦の末に勝って優勝し、1998年のフランス大会では決勝戦当日の朝にエース ロナウドが原因不明のひきつけを起こしたのが響いて、地元フランスに完敗して準優勝に終わったが、2002年の日韓大会では7戦全勝で戴冠した。過去3大会ですべて決勝に進出し、2回優勝して1回準優勝という成績は驚異的だ。ちなみに、過去3大会で2回以上決勝に進出した国はブラジル以外にない。通算優勝回数は5回となって、ドイツとイタリアの2回に大きく水をあけている。

2002年のワールドカップ以後も、ブラジルサッカーは好調を持続している。昨年のコッパ・アメリカ(南米選手権)で優勝して南米王者となり、ワールドカップの前哨戦であるコンフェデレーションズ・カップ(各大陸の王者を集めた大会)では準決勝で地元ドイツを下し、決勝で強豪アルゼンチンを4対1と粉砕して優勝した。ワールドカップ南米予選でも、アルゼンチンを抑えて首位で突破している。

クラブレベルでは、昨年、サンパウロがリベルタドーレス杯で優勝して南米チャンピオンとなり、年末に日本で行なわれた世界クラブ選手権でも優勝してクラブ世界一になった。個人レベルでも、ブラジルの「タレント寡占状態」が起きている。FIFA(国際サッカー連盟)が選ぶ世界最優秀選手に1996年、1997年、2002年にロナウドが、1999年にリバウドが、2004年と2005年にロナウジーニョが選ばれた。過去10年間で実に6度、ブラジル選手が世界ナンバーワン・プレーヤーに選出されたのである。

ロナウジーニョは、人間業とは思えないようなテクニック、意外性に富んだアイディア、そして大きな歯を剥き出しての陽気な笑顔で世界中のサッカー少年の憧れの的だ。さらに、「元祖怪物」ロナウド、「新怪物」アドリアーノ、「貴公子」カカ、「ドリブル小僧」ロビーニョ、「FKの名手」ジュニーニョ・ペルナンブカーノとスターが目白押し。GKからFWまで、すべてのポジションに世界トップクラスの選手が数人ずつ揃っている。

こういう状況だから、ブラジルのメディア、国民の鼻息も荒い。ブラジル最大のスポーツ紙「ランセ!」のアンケートによれば、ブラジル国民の約8割がワールドカップでブラジルが優勝すると予想している。現地に住む者の実感からすると、国民の意識は「優勝してほしい」ではなくて「優勝しなければならない」。ブラジルにとっては、ワールドカップ優勝が「目標」ではなくて「義務」と化してしまっている。

それにしても、ブラジルサッカーはどうしてこんなに強いのか。また、強くありつづけることができるのか。

その理由はいろいろありそうだが、サッカーに身も心も奪われている、と表現してオーバーでないくらいに人々がサッカーに熱中していることに加えて、日本の約23倍という広大な国土、一年中サッカーができる恵まれた気候(地域によっては少々暑すぎるが、寒くてサッカーができない、ということはまずない)、主としてヨーロッパ系とアフリカ系が混合した1億8,000万もの人口、貧富の差が激しいことに起因するハングリー精神、全土に存在する膨大な数のサッカークラブやサッカースクールの存在、サッカー大国としての伝統と誇り、そして長年の経験によって培われた独自の選手育成方法、といったところが考えられる。

サッカーの場合、ある程度の人口がないと選手層の点で問題が出てくるし、一定以上の経済力と組織力がないとプロクラブやプロリーグが成り立たない。その一方で、あまりにも豊かな国であれば、サッカー選手という不確定要素が多くてリスキーな職業を目指す子供が少なくなる。ブラジルは、サッカー大国となるための条件をほぼ完璧に備えていることに加えて、貧富の差の激しさや貧困といった社会問題ですら、ことサッカーの競技力向上の点では幸いしているように思える。

また、長年の伝統と経験から確立された選手育成システムに負うところも大きい。これまでブラジルで選手、コーチをはじめとするサッカー関係者を取材してきて、私はブラジル選手の育ち方に一定のパターンがあることを知った。まず、5、6歳からストリートや空き地でボールを蹴り始め、フットサルやビーチサッカーでテクニックを磨く。13歳前後にテストを受けてクラブの下部組織に入団し、プロコーチから手ほどきを受ける。そして、激烈な競争を経てインファンチウ(15歳以下)、ジュニアユース(17歳以下)、ユース(20歳以下)といった年齢別カテゴリーを上がっていって、最終的にプロになる。さらに、プロとなってからも、出場機会を求めて移籍を繰り返し、ステップアップを実現してゆく。ジーコもロナウドもロナウジーニョもロビーニョも、ことごとくこのパターンに沿って育ち、大成した。

「ブラジルでは、タレントが自然に育ってくる。きちんとした選手育成組織は存在しない」と考えている人がいるとしたら、認識不足も甚だしい。ブラジルサッカーの今日の隆盛があるのは、長年にわたって練習環境と育成環境を整備しつつ選手を育ててきた多くのサッカー関係者の地道な努力の賜物にほかならないと思う。

ただし、世界で最もタレントに恵まれたブラジルがワールドカップの直前合宿で万全の準備をしてコンビネーションと組織力を熟成させたら今回も優勝できるか、というと、事はそれほど単純ではない。

サッカーは、非常に番狂わせが多いスポーツだ。シーズンを通じて戦うリーグ戦であればほぼ実力通りの順位になるが、決勝トーナメント以降は一発勝負となるワールドカップでは、常に実力が上の方が勝つとは限らない。勝つためには実力がなければならないが、さりとて、実力があれば勝てるとは限らない。

また、ワールドカップを前にして主力選手が大きな怪我をしたり極度の不振に陥ったりといった不測の事態が起きると、ブラジルといえども戦力が大きく落ちる可能性がある。

ブラジルは選手層の厚さでの点でも世界一だが、中心選手が離脱するとチームにとって戦力面でも心理面でもダメージが大きいし、コンビネーションの点でも問題が出てくる可能性がある(もっとも、代わりに出場した選手が元の選手と同じ、あるいはそれ以上のパフォーマンスを発揮して見事に穴を埋める、という可能性もあるわけだが)。

そして、おそらく一番厄介なのは、ブラジルが世界中のメディアとサッカーファンから優勝候補の最右翼に挙げられていることによる心理的重圧だろう。ブラジル代表でプレーするくらいの選手であれば、普段からファンの期待を背負ってプレーしているから、ある程度のプレッシャーには平気のはずだ。しかし、ブラジルの場合、ワールドカップにおけるメディアと国民からの期待の大きさは、日本人の常識からすると常軌を逸している。おまけに、今回は自他ともに認める優勝候補だから、選手たちにかかるプレッシャーはよけいに大きいはずだ。

ブラジルが優勝候補の筆頭であり、優勝に値する実力を持っていることは、まちがいない。ただ、そのこととブラジルが実際に優勝できるかどうかは別の話。むしろ、サッカーには番狂わせやサプライズがつきものであることを考えると、予想どおりブラジルが優勝することの方が可能性が少ないように思えてくる。つまるところ、実際にワールドカップが始まり、そして終わってみないと、結果はわからない。予測不能だからこそサッカーは面白い、と私は思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか。
    


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【(社)日本ブラジル中央協会発行 
会員向け隔月刊誌『ブラジル特報』2006年3月号掲載】



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