快進撃を続けるブラジルの農産物輸出とその源泉

  清水純一 (農林水産省 農林水産政策研究所 国際政策部アメリカオセアニア研究室長)



多国間農業交渉の場で増すブラジルの存在感

私は1998年〜2001年の3年間、農業経営の国際協力機構(JICA)専門家としてブラジルに勤務した。現地に派遣される前は国内農業しか研究しておらず、恥ずかしながらブラジル農業に関する知識は皆無であった。赴任してからブラジルの国土の広さに圧倒され、世界の食料需給に与える影響力の大きさに驚いた次第である。仮にも農林水産省の職員であることを考えると、不明の誹りを免れないであろう。

しかし、私は研究所勤務であるが、農林水産本省の行政官をみても、国際協力に携わる一部の職員を除けば、ブラジル農業に対する認識は赴任前の私と五十歩百歩だったのではあるまいか。農業経済系の学会でも多分状況は同じだったのであろう。ところが学会・行政官を問わず、最近はブラジル農業に関心を持つ人が急増しているように思う。これには私が現在ブラジル農業の調査を担当しているから余計にそう感じる面もあろう。しかし、どうもそればかりでは無さそうだ。この急速なブラジル農業への関心の高まりの背景にはWTO農業交渉の場においてブラジルの存在感が急速に高まっていることがある。

ブラジルの存在が日本に強烈な印象を残したのが、2003年9月にメキシコのカンクーンで開催されたWTO第5回閣僚会合である。この会合では農業分野において「米国・EU」とブラジルが会合直前に結成した開発途上国連合(G21)が対立し、貿易円滑化等の新分野の交渉開始に入れず決裂した。ブラジルがインド・中国など立場の異なる途上国をまとめて先進国に対立したことの意味は大きかった。我が国の農業関係者にとってもこの事態は寝耳に水で、ブラジルへの関心が急速に高まるきっかけとなった。

また、2004年8月1日のWTO一般理事会での枠組み合意では、途上国として対立するだけではなく、先進国とともに枠組み合意に関与した。このようにブラジルのWTO農業交渉におけるプレゼンスは高まっており、今やWTO農業交渉には欠かせないキー・プレーヤーになっている。

 
世界一の農産物純輸出国ブラジル

ところで、先に述べたWTO農業交渉の場でのブラジルの発言力強化を支えているのは、近年ブラジルが国際農産物貿易において、米国をも上回る農業大国になっているという厳然たる事実である。

これを具体的に見たのが表1である。この表は農産物輸出入金額別に世界のトップ5カ国の数値を示している。興味深いのは、EU・米国・カナダ・中国などの主要農産物輸出国は同時に、主要な農産物輸入国でもあるということである。例外なのは輸出国にのみランクされているブラジルと、輸入国にのみランクされている日本である。この結果、輸出額から輸入額を引いた農産物貿易収支では、ブラジルが現在最大の農産物純輸出国になっている。2位はアルゼンチンで南米が1位、2位を占めている。ちなみに最大の農産物純輸入国は日本で353億ドルの輸入超過である。

この表以前の農産物貿易収支の順位をみると、1987-98年の12年間は米国が首位で1999-2001年の3年間は豪州が首位。2002年以降はブラジルが首位になっており、世界農産物貿易では米国の地位が低下し、ブラジル・アルゼンチンの南米2カ国が台頭するという力関係の変化が起きていることがわかる。なお、米国は近いうちに農産物純輸入国になると見られている。

ブラジルの農産物輸出は、特に21世紀に入ってから急拡大した。その中で主要輸出品目の構成にも変化が見られる。かつての砂糖、コーヒー、オレンジ果汁、タバコといった伝統的な輸出産品に代わって、現在では大豆関連製品、食肉がそれぞれブラジルの農産物輸出の1位、2位を占めるなど比較的新しい輸出品目へと主役交代が起こっている。

 

農産物輸出増加の源泉

この近年の農産物輸出増加の源泉は、いったい何であろうか。一つのヒントは、先に述べた輸出品目の変化にありそうだ。これに関連してある興味深い推計結果がある(湯川攝子著『ラテンアメリカ経済論』35頁)。それは米州開発銀行(IDB)のエコノミストが、ラテンアメリカ諸国が輸出している主要一次産品に関して、それを輸入している国の所得弾力性を計測したものである。なお、所得弾力性とは経済学の用語で、所得が1%増加した時に需要が何%増加するかを示す値である。彼らの推計によると砂糖・コーヒー・綿花などの数値が1未満なのに対して、大豆・牛肉の値は2を超えている。つまり大豆・牛肉は、所得の増加率の倍の率で需要量が伸びることになる。これは工業製品に匹敵する高い数値である。つまりブラジルが最近輸出に力を入れている大豆と牛肉は、同じ一次産品といっても需要の面では工業製品と同じ性格を持っていると考えられるのである。

結局、ブラジル農産物輸出の拡大は短期的要因としては、1999年以降為替が変動相場制に移行して、レアルの為替レートがドルに対して切り下がったこともあるが、構造的には所得弾力性の高い品目に、研究開発投資を重点的に向けて生産性を向上させ、輸出の中心品目にしたことが大きいのではないだろうか。

このことから、近年ブラジルからの農産物輸入を増加させている中国の経済成長が、ブラジルの農産物輸出に大きな影響を与えるであろうことは容易に想像できるわけである。


   表1 − 主要農産物貿易国 (2003年)

(単位:10億ドル)

輸出額 輸入額 純輸出額
1 EU (15)* 62.6 1 EU (15)* 68.2 1 ブラジル 17.3
2 米国 62.3 2 米国 53.5 2 アルゼンチン 13.2
3 ブラジル 20.9 3 日本 37.0 3 豪州 11.1
4 カナダ 17.6 4 中国 23.5 4 米国 8.8
5 中国 16.8 5 カナダ 14.2 5 タイ 6.8

*EU(15)には域内貿易は含まれない

資料: FAO-FAOSTAT

 
       
【(社)日本ブラジル中央協会発行 
会員向け隔月刊誌『ブラジル特報』2005年9月号掲載】


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