在ブラジル大使の訴え


投資ブームに完全に出遅れた日本勢 


− このままでは南米は欧米企業の牙城と化す

鈴木勝也
(在ブラジル日本大使)

「エコノミスト誌」 2000年2月22日号
  - 毎日新聞社発行 - より転載



ブラジル経済が見せた底力


ブラジル経済は、94年のレアル・プラン(通貨のドル・ペッグを柱とする経済安定化政策)導入以降インフレ抑制に成功し、98年のロシア危機まで比較的安定した状況にあった。しかし、レアル・プランは結果的に通貨の過大評価を招き、その歪みが99年1月の通貨危機で噴出した。ブラジルは、99年1月、通貨切り下げと変動相場制への移行を余儀なくされたが、その時点での大方の予想は、通貨切り下げに伴うハイパーインフレの再来と4%程度のマイナス成長というものであった。

しかし、実際は、IMFを中心とする国際的な支援や政府の努力もあり、ブラジル経済は予想以上の回復を見せ、99年のインフレは目標範囲内の8.9%にとどまり、GDPも0.5%程度のプラス成長となった模様である。99年はブラジル経済の脆弱さとその底力を併せて垣間見た一年であった。

ブラジル経済の安定成長への移行のためには、現在政府が取り組んでいる構造的な改革が実施され、ブラジル経済に対する市場の信認を維持していくことが鍵となるが、アジアや周辺諸国の景気回復が見込まれること、通貨切り下げに伴う輸出の増大が期待されること等の明るい材料も指摘され、2000年は3〜4%程度の成長が見込まれる。

一連の危機に伴うブラジルからの一時的な外貨流出はあったものの、対ブラジル直接投資は、近年、欧米勢を中心に一貫して増加している。その一方で日本からの直接投資は低迷し、躍進する欧米勢と後退する日本勢とのコントラストが生じている。以下では、このような現状を解説し、併せて今後の日本とブラジルの経済関係活性化に向けた期待を述べることとしたい。

躍進する欧米勢

かってブラジルは、輸入代替と天然資源の開発輸出を中心に民族資本の育成を重視してきたが、90年代に入り、開放型市場経済の下であらゆる外貨が活発に活動する疾風怒涛の時代を迎えている。対ブラジル直接投資の流入は、レアル・プラン開始の前年である93年の約9億ドルから99年の約300億ドルへと飛躍的に増大し、レアル危機とそれに続く変動相場制移行といった激変にもかかわらず、一貫して増加。世界の500大企業中、実に405社がひしめく外資の一大狩り場となっている。

この外資ブームの主役は、言うまでもなく、欧米諸国である。特に最近は後発と言われたスペイン、ポルトガル等のラテン系諸国の進出が目覚しい。投資規模では、従来より最大の対ブラジル直接投資国である米国が全体の約 1/4 を占めてきたが、98年には、スペインが、51.2億ドルと米国の46.9億ドルを抜いて第一位となった。

また、外資牽引車は民営化とM&A(合弁・買収)であり、99年1月以降のレアル安がこれに拍車をかけている。民営化もM&Aも文化の異なる既存の企業が相手であり、日本勢にとっては不利といわれる。特に買収した企業のリストラを果敢に断行して短期間で黒字体質に転換し、場合によっては高値で売り抜けるといった荒業は、日本企業が得意とするところではないため、欧米勢と格差が開くのは致し方ないとの声も聞く。しかし、21世紀をにらんだ各国の対ブラジル進出レースの中で、日本は本当に大丈夫かと心配になる。

かってわが国は、資源確保を目指し、官民連携によりウジミナスをはじめとする一連のいわゆる「ナショナル・プロジェクト」を設立し、60〜70年代を通じて日伯の黄金時代を築きあげた。不毛のセラード地帯に大豆栽培を導入し、ブラジルを米国に次ぐ世界第二位の大豆生産国にまで育成したセラード事業は、日伯協力の金字塔として賞賛された。わが国からは多くの経済人や技術者がブラジルに渡り、各地に相次いで日本人学校が開設された。

その後、日伯関係は暗転し、ハイパーインフレとモラトリアムに揺れた「失われた80年代」は、わが国経済界に根深い対ブラジル不信感を植え付けた。折から東アジアでは改革開放の中国、昇竜と言われた韓国、台湾、ASEANを中心に高度成長期を迎え、わが国経済界は大胆な「アジアシフト」を行ったが、これが日伯経済関係を一層冷え込ませることになった。この傾向は、ブラジルの開放型市場経済化やアジア経済危機にもかかわらず基本的には変化もなく、さらにわが国経済の長引く低迷も加わり、欧米勢の躍進と日本勢の後退という対照的な図式は年を追って浮き彫りになっている。

たとえば、対ブラジル直接投資に占めるわが国のシェアは、96年2.51%、97年2.23%、98年1.19%と低下しており、99年には1%を割ったものとみられる。投資残高では、わが国はなお、西、独に次ぐ第4位を維持しているものの、投資額は98年に第11位まで落ち込んでいる。

こうした中、ブラジル日本商工会議所加盟進出企業数は、80年代の215社をピークに年々減少し、99年1月時点では170社にまで減っている。

さらに、(永住者を除く)在留邦人数は、94年の3262人から98年の2885人に減少し、日本人学校も、既にベレーン(アマゾン・アルミ関連)およびヴィットリア(ツバロン製鉄関連)が閉鎖され、ベロ・オリゾンテ(ウジミナス及びセ二ブラ・パルプ関連)も本年度閉鎖が決まっている。

往事の「ナショナル・プロジェクト」は、民営化とM&Aの嵐の中で、日本側の資源確保の熱も冷め、先行きの不透明感が深まりつつある。また、かのセラード開発事業においても、ブラジルの大豆生産は種子供給から集荷販売まで今や米国の大手業者に握られていると言われる。

ブラジルを制する企業は南米を制する

ブラジル経済は、GNPで世界第8位であり、南米全体の半分強を占めるほか、ASEAN10カ国の合計に匹敵する巨大な規模を有している。ブラジルに進出する欧米企業は、ブラジル経済での主導権が南米全域での主導権につながるとの認識にたって、本腰をいれて世界戦略を展開している。逆に言えば、日本勢がブラジル市場で敗退した場合の損失は、決してブラジル一国にとどまらないということである。

わが国は、アジア諸国の中で唯一、ブラジルに貴重な橋頭堡を有する。それは、約一世紀におよぶ移民の歴史が築き上げた世界最大の日系社会の存在であり、また「ナショナル・プロジェクト」等を通じた貢献の結果としての評価と知名度である。この点で、わが国は他のアジア諸国の追随を許さない。しかし、現在のような退潮傾向が続けば、こうした貴重な橋頭堡も急速に風化しかねない。現に、韓国、台湾、中国などは企業進出や経済関係強化を着々とすすめており、ブラジル側も伝統的な米・欧に加え、東アジアとの関係強化を模索している。中国のWTO加盟も、まずは心理的なものにせよ、こうした接近を今後加速するとみられる。

最後に、わが国経済界をはじめとする各界に対する期待を述べたい。
それは、日伯経済関係の総点検を目的とした調査団を、できるだけ早く派遣していただきたいということである。また、両国経済関係の将来の窓口となるブラジル側の若い知日派の育成を真剣に考えていただきたい。

もとより、日伯経済関係活性化の牽引役は民間主導の直接投資であり、官の役割にはおのずと限界がある。また、日本勢の退潮は、長期低迷する日本経済の結果でもあり、日本経済の本格的回復が先決との見方もあるだろう。しかし、地球の真裏のブラジルという最前線に勤務する一人として、日本の各界指導者に対し、警鐘を乱打し、少なくとも危機感を共有していただくよう努める責務があると考え、あえて筆を執った次第である。

 

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