我がブラジル遍路覚え書き (その3)

鈴木 勝也

「ラテンアメリカ時報」2001年9月号より転載


    
前回は東北伯と北伯について述べたので、この号では、ブラジルの其の他の地方について私の見聞や感想を中心に述べてみたい。
 
1.南伯
  
 南伯は、パラナ、サンタ・カタリナとリオ・グランデ・ド・スルの3つの州からなる。いずれも東側に海岸線を持ち、南端はウルグアイに、また、背後はパラグアイとアルゼンチンに隣接する。南伯は、気候が温帯性で過ごし易いこともあって、ドイツ系、イタリー系、ポーランド系等ヨーロッパ系の移民が多い地域であり、生活水準も高く、総じて先進国的である。パラナ州の田舎を車で走っていると、波打つなだらかな丘陵地帯に果てしなく続く緑の畑とその中に点在する農家の屋敷林がヨーロッパの田園風景を思い起こさせるし、サンタ・カタリナ州の海岸線は、鉛色の海、白く砕ける大西洋の荒波、人影も疎らな砂丘の彼方に見える低い家並みといった景色がニュー・イングランドの海岸地帯を彷彿させる。
 
 パラナ州は知らない日本人でも、世界三大瀑布の1つに数えられるイグアスの滝は知っていると思う。この滝は、パラナ州の西端のブラジル・パラグアイ・アルゼンチン三国国境のパラナ河に在り、下流はラ・プラタ河と呼ばれ、ブエノス・アイレスで大西洋に注ぐ。私は、米加国境のナイアガラの滝とザンビア・ジンバブエ国境のヴィクトリアの滝に加え、ブラジル勤務のお蔭でイグアスの滝も見ることが出来たが、夜更けにホテルの窓を震わすこの滝の凄さは生涯忘れないだろう。なお、この滝のすぐ近くに世界最大の発電量を誇るイタイプーの水力発電所があり、北伯パラー州のトゥクルイ水力発電所と並び、両横綱を成している。ブラジルは、今、電力危機の真っ最中であるが、この国の電力は9割以上が水力で、最近の雨不足が原因だと政府は説明している。雨の多い日本でも、水力への依存度は1割程度だから、この国は信じ難いほど楽天的なのかもしれない。
 
 パラナの州都クリチバは、州の南東部の高原に在り、非常に整然とした近代的な町である。クリチバ市長を3期勤めたジャイメ・レルネル現州知事も昨秋再選を果たしたカシオ・タニグチ現クリチバ市長も共に都市計画の専門家だと聞いて、成る程と合点した。この町の路線バスは、専用のバス・レーンを走り、バス停もガラス張りでバスの床と同じ高さとなっており、乗客は電車のように自動販売機で乗車券を買い、自動改札口を通ってバスを待つ仕組みになっている。この仕組みは、今やかなり有名になり、ブラジルの他の都市にも普及し始めている。理由は定かではないが、交通システムに限らず、クリチバはパイオニア的な特徴の有る町のようで、各メーカーが新製品を発売する時は、先ずクリチバで客の反応を試すと聞いたことがある。
 
 タニグチ市長は、名前の通り日系ブラジル人である。私も幾度か会ったことがあるが、長身の物静かな紳士で、その手腕と誠実さは非日系市民からも高く評価されていると聞いた。昨秋の市長選挙では全国的な労働者党の上げ潮ムードの中で苦戦を強いられたが、決選投票で見事に再選を果たしたことは前にも触れた。将来は、パラナ州知事や連邦政界進出の可能性も囁かれている数少ない日系政治家の希望の星と言ってもよい人物である。このタニグチ市長が、今、懸命に努力しているのがクリチバ市の新しい交通システムとしてのモノレールの導入であり、既に日本各地のモノレールも視察し、円借款による建設につき連邦政府の承認取り付けに奔走中と聞く。我が国が協力出来る事態となることを願わずにはいられない。
 
 日系人と言えば、パラナ州は、ブラジルの中でサン・パウロ州に次いで日系人の多い州であり、約15万人と言われている。しかし、日系人が多く住んでいるのは、州都クリチバではなく、北パラナのロンドリーナ、マリンガ、ローランジア等の町である。サン・パウロ州に入植した日系一世の子や孫が鉄道に沿い州境を越え、北パラナに新天地を築いたということである。そのせいか、パラナの日系人は、経済的に恵まれ、学歴も高く、ブラジル社会で堂々と活躍している者が多い。ロンドリーナで会った地裁所長のリジア・マエジマ女史もその1人で、パラナ路に薫る大和撫子を思わせる人だった。パラナ出身という日系人には北伯の各地訪問でもよく出会った。彼等の多くは、州政府や研究所等で働く高学歴のホワイト・カラーで、一般のインテリがともすれば敬遠しがちな僻地勤務をものともせずに元気に活躍している姿は誠に頼もしく感じられた。
 
 パラナの話の締め括りとして「マタ・アトランチカ鉄道」に触れたい。高原の州都クリチバと大西洋岸の港町パラナグアを結ぶ全長125キロ、高低差約1,000メートルの山岳鉄道で、1880年に英国人の手で建設されたと聞く。因みに、「マタ・アトランチカ」とはブラジル大西洋岸の海洋性原生林のことであり、今はこのパラナ州の大西洋岸等ごく一部に残るのみとなっている。この鉄道は、昔は内陸と沿岸を結ぶ大動脈だったと思われるが、今は立派な高速道路が出来たので、週末のみ観光鉄道として運営されている。私も、クリチバ訪問の機会に同地のS総領事の勧めで快晴の夏の日に麓のモレチスまでこの鉄道に乗ってみたが、青く輝く大西洋を遥かに望みつつ急勾配で下るコースには深い谷を跨ぐ鉄橋あり山肌を貫くトンネルありで、沿線に繁茂する亜熱帯の珍しい草木を満喫することが出来た。イグアスの滝もよいが、パラナを訪ねたら、是非、この鉄道にも乗ることを勧めたい。
 
 サンタ・カタリナの州都フロリアノポリスは、清潔で治安も良い静かな西洋風の町である。この州は、ブラジル各州の中で白人の比率が最も高く、9割以上と聞いた。エスピリジアン・アミン州知事は、レバノン系でユル・ブリンナーのような坊主頭がトレード・マークの大変如才のない政治家で、アンジェラ・アミン夫人は、ドイツ系のシャイな感じの女性であるが、フロリアノポリス市長としての業績は市民から高く評価されており、夫婦共に人気は高いと見受けられた。サンタ・カタリナ州は、今、テニスで世界ランキング1位のグスタボ・クエルテンの出身地として国際的に知られるようになった。ブラジルの国技は紛れもなくサッカーであるが、腐敗で人気が落ち目のサッカーとは対照的にテニスは大変なブームになりつつある。
 
 サンタ・カタリナ州の山の中には毎年雪が積もることで知られるサン・ジョアキンという町があり、戦後移住者等数十家族の日系農家がリンゴの栽培を行っている。また、そこから300キロ余り北方のセルソ・ラーモス移住地では、矢張、数十家族の日系農家が日本梨の栽培に成功しつつある。日本人の農業技術はブラジルで広く知られ、尊敬もされている。サン・パウロ州で採れる富有柿は大きくて甘いので有名であり、日系人が導入したマスク・メロンも垂涎の的となっている。果物に限らず、この国の人々が野菜を沢山食べるようになったのも日系人のお蔭だとブラジルの要人から聞いたことがある。
 
 ブラジルの最南端に位置するリオ・グランデ・ド・スル州まで来ると、アルゼンチンも遠くないことを肌で感じる。ここは、ガウショとマテ茶の地域である。サンタ・カタリナ州に次いで白人の比率が高く、万事がヨーロッパ風である。また、エルメス・フォンセカからエルネスト・ガイゼルまで6人の大統領を輩出した歴史もある。しかし、先進性の今ひとつの側面として労働者の意識も高く、オリヴィオ・ドゥトラ州知事は労働者党に属し、本人も労働者階級の出身である。
 
 州都ポルト・アレグレは紫色のジャカランダが並木を彩る美しい町で、ゴミの散乱していない街路、落書きのない壁、整然とした家並み等は、自分が混沌のブラジルに居ることを暫し忘れさせる。また、そこから車で2時間ほど山中に入ると紫陽花が咲き乱れる高原の町グラマドがある。チョコレートと家具造りで知られており、ドイツ系移民が多いメルヘンチックな町である。
 
 ドイツ系移民の町造りや家造りにはいつも感心させられる。彼等は、ブラジルの地に根を降ろすと、先ず立派な町並みや家並みを作る。これに比べ、日系人は実に質素な町並みや家並みで満足しているケースが多い。日本自体がこの面で欧州に見劣りすることからすれば、仕方のないことかもしれない。それに、この国の日系人は、「ムダンサ」(引っ越し)の民と言われるほど、国内を転々とする人が多いから、住居や町並みには余り頓着しないのかもしれない。
 
 しかし、日系人の教育熱心は広く知られている。日系移民は、入植地で荷を解いたらすぐに学校を建て、子どもの教育を始めると言われる。実際、一世で入植した農夫の子弟で、名門サン・パウロ大学等に進み、医師、技術者、大学教授といったホワイト・カラーになる例も決して少なくない。孟母三遷の教えそのままに、子どもの教育のため、折角血の出るような苦労をして切り開いた農場を売り払ってサン・パウロ市内に移り住んだ日系人の話もよく耳にする。
 
 これに対し、ドイツ系の農民は余り農業離れはしないと聞いたことがある。最初に入植した南伯の地にじっくりと腰を据えて、持ち前の勤勉さと根性で一大農業経営者にのし上がり、蓄積した資本と技術で中西部や北部にまで手を広げ、独立独歩で近代的な大規模農業を営んでいる人々にはドイツ系やオランダ系が多いようである。日独に限らず、この国における各国移民の比較研究をしたら面白いのではないかと感じた次第である。

  
2.中西伯

 ブラジルの中西部は、マット・グロッソ、マット・グロッソ・ド・スル、ゴイアスとブラジリア連邦区の3州1区から成る。首都のブラジリアを含む連邦区は、ゴイアス州に四方を囲まれるようにして同州と東隣のミナス・ジェライス州との州境に位置している。首都のブラジリアは、ジュッセリーノ・クビチェック大統領の大号令の下で都市計画家ルシオ・コスタと建築家オスカー・ニエマイアーが腕を競い、1960年に完成させた完全な計画都市である。わずか40年の歴史しかない新しい町であるが、既にユネスコの「世界人類の遺産」に指定されている。この町は第2次大戦後の先進国社会が未だ大量生産・大量消費と車万能の物質文明を謳歌し省エネも環境も人への優しさも尺度ではなかった頃に設計されたものだという意味では、確かに「遺産」だと頷ける町であり、人類の英知の儚さを痛感させる。
  
 マット・グロッソ州は、アマゾナスとパラーに次ぎブラジルで3番目に大きい州であり、面積は日本の約2.4倍であるが、人口はわずか240万足らずという過疎地である。私も、マット・グロッソというと、「バンデイランチス」(奥地探検隊)や「ガリンペイロ」(金採掘人)が荒野を徘徊する世界だと思っていた。しかし、実際に訪ねてみると、近年大規模な農牧業が着々と荒野を塗り替えていることに驚いた。セラード開発の誠に驚くべき成果である。ダンテ・ジ・オリヴェイラ州知事が私に話したところでは、この州は大豆と綿花の生産で全国一、米の生産でも全国2位の由である。首都クイアバでは、折りから開催中の農牧見本市を知事自ら案内してくれたが、その活気と豊かさは米国のコーン・ベルトを思わせるものがあった。知事は両大洋間連絡路構想の強い信奉者で、クイアバは大西洋と太平洋まで共に2,000キロであり、連絡路が出来れば、アジアの巨大な市場に穀物を効率的に輸出する可能性が飛躍的に高まると話していた。
 
 クイアバから500キロほど北上したところにディアマンチーノという町があり、その近郊に「グルッポ・マエダ」(前田グループ)の巨大な綿花農場がある。昨年7月に訪問した時には作付け面積7,200ヘクタールとの説明だったが、年内に1万ヘクタールになろうとも話していた。この前田グループを起こしたのは、1927年にサン・パウロ州のコーヒー園に契約農夫として入植していたマエダ・ツネザエモンという佐賀県出身の日系移民で、今は令息のタカユキ氏がグループの総帥であるが、マット・グロッソの他、サン・パウロ州、ミナス・ジェライス州、ゴイアス州等にも広大な農場を持ち、徹底した機械化大規模経営で綿花、大豆、トウモロコシ等を生産している。このグループの綿花生産は全伯の6%で、その規模は全伯第3位と聞いたが、その後、週刊誌では世界最大の綿花生産者と紹介されているのを見たこともある。いずれにせよ、こうした頼もしい日系人の存在を知ることは何よりの喜びである。
  
 しかし、明るい話ばかりではない。一方では不毛と言われたセラードが穀倉地帯に生まれ変わりつつある。これはセラード開発に関する日伯協力の成果とその波及効果である。だが、他方では、この国の農業が、今、受難の時代を迎えている。一次産品の国際的価格低迷に加え、インフレ抑制のために導入された「レアル・プラン」の下での高金利はこの国の農家を経営難に追い込んでいる。更に、種子や肥料の供給から収穫物の流通まで万事が多国籍企業に握られている。こうしたマイナス要因は、未だ経営基盤の浅い日系農家にとり特に深刻なようである。クイアバ周辺だけでも1,000家族以上居るといわれる日系人の話を聞くと、家族や親類が日本に出稼ぎに行っていない家庭はほとんどないとのことであったが、その背景にはこうした苦労がある。
  
 マット・グロッソ・ド・スル州は、1979年にマット・グロッソ州から分離して出来た比較的新しい州であるが、州都カンポ・グランジは19世紀から有る町で、20世紀初めにリオやサン・パウロと鉄道で結ばれたこともあってかなり繁栄したようである。この州には、「ファヴェーラ」(貧民窟)がほとんどない由だから、生活水準が高いのだろう。主な産業は牧畜で、日本のT社が経営する2万ヘクタール以上の広大な牧場もあると聞いた。この州は、サン・パウロ、パラナに次いで日系人の多い州であり、沖縄出身者を中心に約6,000家族が確認されている。カンポ・グランジだけでも、4,500家族、約2万人だそうで、移民社会としてはシリア・レバノン系に次ぐ規模の由である。
  
 南北マット・グロッソ州について話したら、矢張、パンタナルにも触れるべきだろう。両州に跨るだけでなく、国境を越えてボリビアとパラグアイにも及ぶ広大な湿原で、その面積は実に我が国の本州に匹敵する。この湿原の水は、パラグアイ河を作り、前に述べたパラナ河と合流してラ・プラタ河になる。私は、前に述べたマエダ農場から小型機でポコネという小さな町まで飛び、そこから車でパンタナルの北部に入ったが、上空から眺めるとその規模が実感出来ると思った。パンタナルは、アマゾンやイグアスの滝ほど日本人には知られていないが、野鳥や小動物の宝庫であり、近年、ここを訪れる日本人の数は増えていると聞いた。
  
 中西伯の最後にゴイアス州に簡単に触れたい。この州は、ブラジルの各州の中でも最も特色の乏しい州であり、旅行案内書でも省略されることが多い。「ゴイアーノ」(ゴイアス人)は、「カイピーラ」(田舎者)の代名詞だとブラジル人から聞いたことがある。ともあれ、州都ゴイアニアは連邦首都ブラジリアから約200キロと近く、首都から比較的簡単に車で行ける唯一の州都である。私もゴイアニアを何回か訪問したことがあるが、人口約100万の堂々たる州都である。ブラジル各地の都市を訪ねる度に思うのだが、日本の23倍という広大な国土で、しかも、高山も砂漠もほとんどないというのに、何故人々は都市に集まり高層アパートに好んで住むのだろうか。色々な理由が考えられるが、1番切実な理由は電気、水道、道路、治安等のインフラと雇用の機会だと思う。如何に広大なブラジルでも人里離れた所に万事自前で暮らすのは「ファゼンデイロ」(農場主)のような一部の特権階級でなければ出来ない贅沢なのだろう。現に、田舎者呼ばわりされるこのゴイアス州でも、人口の8割以上が都市部の住民だそうである。
      
(すずき・かつなり 駐ブラジル日本大使)
     

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