我がブラジル遍路覚え書き (その4)

鈴木 勝也

「ラテンアメリカ時報」2001年10月号より転載


 
前回に続き、この号では、ブラジルの各地方の締め括りとして南東伯を取り上げ、併せて私が、着任以来2年半、ブラジリアや旅先で今日の日伯関係とその周辺につき繰り返し自問自答して来たモノローグの一端を記す。
   
1.南東伯
   
 南東伯は、大西洋に臨むサン・パウロ、リオ・デ・ジャネイロ、エスピリト・サントと内陸のミナス・ジェライスの4州から成る。この南東伯こそブラジルのエンジンであり、この国の全人口の4割強が集中し、この国のGDPの約6割が生み出されている地域なのである。ブラジル各州を経済規模で見ると、サン・パウロが1位、リオが2位、ミナスが3位と南東伯がトップ・スリーを独占している。人口1,100万と言われるサン・パウロ市は南米最大の都市である。200年に亘りこの国の首都であったリオは今も知的活動の中心と自負しているだけでなく、世界で屈指の景観を誇っている。ミナス州は名前の通り鉱物資源の宝庫であり、全伯の鉄鉱石の半分以上を産出し、粗鋼生産の4割を担っている。政治の面でも、サン・パウロ州とミナス州は「カフェ・コン・レイチ」(ミルク・コーヒー)と呼ばれる暗黙の了解で19世紀末から1920年代まで交互に大統領を輩出し、連邦政治の主導権を掌握して来た。コーヒーで有名なサン・パウロと酪農の盛んなミナスの勢力均衡である。
   
 南東伯は、我が国のいわゆる「ナショナル・プロジェクト」が集中している地域でもある。ミナス州のイパチンガはウジミナス製鉄の企業城下町として誕生した町であり、その近郊にはセニブラ・パルプもある。また、エスピリト・サント州のヴィットリアにはツバロン製鉄がある。リオ市には南米最大のイシブラス造船所が建設されたが、残念ながらこれは既に撤退してしまった。ウジミナス社のヒナルド・カンポス・ソアレス社長は、ミナス州における日本の名誉総領事でもあり、州都ベロ・オリゾンチの本社社屋の一部を改装して名誉総領事館を開設するという奇特な親日家である。一連のナショナル・プロジェクトのブラジル側の相手はイシブラス造船所を除き、全てCVRD(リオ・ドーセ社)という世界的に有名なブラジルの国営鉱山会社であったが、今は民営化されている。このCVRDの社長を勤め、閣僚経験も持ち、今もカルドーゾ大統領の顧問的な役割を果たしているエリゼウ・バチスタ氏こそ、一連のナショナル・プロジェクトのブラジル側の産みの親なのである。既に高齢ながら今年も日本まで出掛けられたが、昨年令夫人を亡くされたショックは決して小さくないようである。近年の日伯経済関係の低迷もあって、彼に続く知日派・親日派の人士がブラジル側で育っていないことが大変気にかかる。しかし、より心配なのは日本側なのかもしれない。かつて日本の政財界には「ブラキチ」の愛称で知られた大ものが沢山居たが、今はほとんど見当たらなくなってしまったのである。ブラジルとの関係を円滑に運営するためには、現地の法制を研究したり経済統計を分析することもさることながら、信頼出来る「アミーゴ」(友人)を見出し、人と人との絆を日頃から強めておくことが何より大事だというのに、現実は誠にお寒い状況である。
   
 南東伯は、日系人が多いことでも知られている。サン・パウロ州には在伯日系人の約7割が集中しており、その数は90万とも100万とも言われている。その他の州になると、ずっと少なく、リオ州が8,000、ミナス州が4,000、エスピリト・サント州が1,000といったところだと推定されている。サン・パウロ州以外の3州の日系人の大半は、ナショナル・プロジェクトの設立に吸い寄せられるようにしてブラジル各地から転入して来た人々だと聞くから、往時のこうしたプロジェクトは大変なインパクトがあったのであろう。
  
 サン・パウロやリオのような大都会については、割愛すると前に断った。各種の旅行案内書に詳しい説明があるし、私が改めて付け加えるものもないと思ったからである。1点だけ触れるとすれば、この巨大都市の将来が思いやられるということである。私は、この両都市を訪ねる度にインドのカルカッタを想起せずには居られない。かつての大英帝国の数有る植民地の中でも英領インドは「王環の宝石」と言われた。その首都カルカッタの都大路を飾る石造りの堂々たる建物群はロンドン以上とも言われたほどである。しかし、仕事と金を求めてインド各地から際限なく流入する貧しい人々の群はこのカルカッタを容赦なく浸蝕し、虚ろな石造建築だけが墓標のように残っている。大都市への人口の流入を抑えることは中国のような国家でも難しい。サン・パウロもリオもインフラと治安が限界に来ている。政府が如何に資金を注ぎ込んでも、増加する人口の負荷に追い付かない。サン・パウロ市の膨脹が如何に凄まじいかを示すため数字を挙げれば、1960年に約60万だった同市の人口が、前にも述べたように、今日では約1,100万人になっているのである。地位や金の有る人は誘拐や襲撃を恐れて常にボディーガードを連れ防弾車かヘリで移動するし、それ以外の庶民は何時野犬の如く命を落としても仕方がないというこの町は、矢張、尋常ではない。早く内陸部の開発を進め、雇用の機会を分散するとともに世界に冠たるこの国の貧富の差を少しでも縮めなければ、サン・パウロもリオも早晩先輩諸都市と似た運命を辿るのではないかと、他国のことながら、心配である。
   

2.私のモノローグ
       
 (1)ブラジルの将来について
      
 ブラジルは将来どんな国になることが日伯両国を含む国際社会のためになるだろうか。それは、ブラジルが米国や欧州の裏庭的地位を脱却し、両者との伝統的な絆に加え新たにアジアとの絆を確立して三極構造とし、南米経済圏を率いる真のグローバル・プレーヤーになることではないか。ブラジルにそんな力があるのか。この国は現にGDPで南米の半分、ASEAN10か国の合計に匹敵し、一次産業から航空機やファッションまでフルセットの産業を備えた南米唯一の国であり、その潜在力は計り知れないものがある。ブラジルにそんな意欲があるのか、他の南米諸国は付いて行くのか。確かに今までのブラジルは大国の割には指導力が乏しかった。スペイン語の南米で唯一ポルトガル語国であるブラジルをスンニー派のアラブ世界におけるシーア派のイランに例えた学者も居る。しかし、ブラジルは昨年史上初の南米首脳会議を主催し、南米統合への合意を取りまとめた。勿論、南米経済圏が現実となるにはソフト・ハードのインフラ整備が先決だから、時間のかかるプロセスである。日本は新たな経済圏の出現を歓迎出来るのか。今から断言は出来ないが、国際経済社会が多極的に運営されることは、ルールの重要性が高まり透明性が増すという意味で、悪いことではあるまい。2005年までに出来るという米州自由貿易地域(FTAA)との関係はどう考えるべきか。そこが問題だが、結論は日本を含むアジア側の出方による面も少なくないと思う。
   

 (2)ブラジルとアジアの絆について
     
 ブラジルとアジアを結び付ける新たな絆というが、何が軸になるのか。アジア側から見れば、先ず食糧だろう。世界の人口は今約60億人だが、2025年には83億人、2050年には98億人、2100年には100億人に増加するとの試算がある。人口増加の中心はアジアである。生活水準も急速に改善されつつあるから、動物蛋白摂取量が増え、その何倍もの飼料穀物が必要になる。世界の食糧生産は現在50億トンと言われるが、2025年までに80%増産が必要との試算もある。ブラジルは国土の約4分の1がセラードである。セラード農業の可能性は実証済である。しかし、実際に使われているのは未だセラードの1割にも満たない。ブラジルがアジアと世界の穀倉として益々重要になることは間違いないと思う。ブラジル側から見たらどうか。それは、先ずアジアの輸出マインドや輸出カルチャーだろう。輸出の対GDP比はブラジルの7%に対し中国は25%である。20世紀の最後の10年間の輸出の伸び率はブラジルの40%に対し中国は271%、インドは128%である。ブラジルも開放型経済に移行したからには輸出促進にもっと力を入れなければならない。アジアの経験とノウハウはこの面で大いに役立つ筈である。ブラジルとアジアの両方を知る日本の出番もあるかもしれない。
  
   
 (3)在伯日系人について
  
 在伯日系人社会の意味は何か、日本は何をなすべきか。在伯日系人社会の形成は歴史の産物であるが、その存在は今や我が国にとり掛け替えのない財産であり、風化させてはならないものである。ブラジルに暮らして初めてこれに気付いた。アジア諸国の中で一世紀のスパンをもってこの国との関係を語れるのは日本だけである。また、この国の人々は日本と日本人については比較的良く知っているし高く評価しているが、その他のアジアについてはほとんど知らない。これは全て移民のお蔭である。しかし、在伯日系人社会は、今、大きな曲がり角に来ている。一世・二世の高齢化、三世・四世の現地化、そして出稼ぎによる空洞化に直面しているのである。若い世代の日系人が現地化するのは当然という見方もある。そうかもしれないが、矢張、可能な限り彼等が誠実・勤勉・向上心といったこの国で高く評価された日本人としての資質を再生産し得るよう我が国としても支援すべきではないかと思う。ブラジルは様々な国からの移民で構成されており、日系人は日系人ならではの資質をもって、ドイツ系人はドイツ系人ならではの資質をもって、夫々ブラジルの国造りにユニークな貢献を行うことが期待されていると思うからである。資質は価値観に、そして価値観は言語に密接に結び付いているから、日本語教育は極めて重要である。しかし若い世代の日系人にとっては、日本語は純粋に外国語であり、最早いわゆる継承語ではない。そして外国語の習得にはそれなりのインセンチブが必要であり、それは多くの場合留学と就職である。この点で非常に気になるのが、我が国費留学生受入れのブラジル枠である。世界最大の日系社会を持ち、希望者も多いブラジルに与えられた枠は平成12年度に52名であり、人口が半分以下のフィリピンに与えられた53名より少ないのである。誰を批判する積りもないが、こうしたことは黙っていては改善されないから、敢えて書く。日系人のいわゆる出稼ぎについても非常に気になることがある。親の話に心弾む思いで日本へ出稼ぎに赴いたが、日本の社会への適応不全で地域住民と摩擦を起こし、反日や嫌日になって帰って来る若者が居ることを御存知だろうか。本人に悪意はない、無知なだけである。ブラジルではゴミの分別収集はないし、深夜に大音響で音楽を鳴らす若者は沢山居る。訪日前のオリエンテーションを徹底すれば、こうした不幸な事態は避けられる筈である。出稼ぎの在日ブラジル日系人は約23万人と言われ、韓国・朝鮮系、中国・台湾系に次ぐ第三の外国人集団である。これだけの人々が日伯両国間約2万キロをものともせずに常時往復しているのは大変なことである。彼等は学者でも文化人でもないが、移動する時は雑誌やCDぐらいは持って行くだろう。意図せざる文化交流の担い手としての彼等の役割は、知らずに花粉を運ぶ蜜蜂に例えてもよく、移民の流れが途絶えた今日、特に重要だと思う。
   

 (4)日伯経済関係の長期低薄傾向について
   
 ところで、日伯経済関係の現状を日本の皆様はどの程度御存知か。1960年代と70年代は「日伯黄金時代」と言われ、続々と「ナショナル・プロジェクト」が出現し、それ以外にも多くの分野で日本の大企業がブラジルに進出した。当時、日本は米国、ドイツに次ぐ第3位の対伯投資国として揺るがぬ地位を占めていた。80年代はブラジル経済の混乱期で、混乱は94年の「レアル・プラン」導入まで続いた。87年にはサルネイ大統領のモラトリアムがあり、93年は実に2,700%というハイパー・インフレの年だった。この時期は東アジアや東南アジアの経済が高度成長の軌道に乗った時期であり、日本の後を追うドラゴン経済やタイガー経済が続々頭角を現わした。日本の経済界は一斉に大胆な「アジア・シフト」を行い、ブラジルは遠い存在になってしまった。94年の「レアル・プラン」導入以降、ブラジル経済は急速に国際投資家の信頼を回復し、欧米を中心とする直接投資の流入が活発化した。昨2000年の対伯直接投資は史上最高の約306億ドルに達し、世界の大企業のアンケートでもブラジルは世界第3位の有望投資先とされている。こうしたブラジル経済の復調の中で日本のプレゼンスはどうなったか。残念ながら日伯経済関係の長期低落傾向には未だに歯止めがかからない。バブル崩壊後の日本経済の低迷が原因だと言われる。日本は対伯投資国ベスト・テンのリストから姿を消したし、進出企業数も在留邦人数も落ち込み、最盛期には6校を数えた日本人学校も今は3校を残すのみとなっている。経済に浮沈は付きものだから仕方がないとの見方もあろう。しかし、低落傾向は経済以外の面にも及びつつある。リオの総領事館がブラジルの有識者を対象に10年毎に行っているアンケートで「一番よく知っている国」との問に対する答を見ると、日本は89年の第3位から99年には第6位に後退している。日系政治家の減少も気にかかる。かつて3名居た連邦閣僚も今はゼロである。また、最盛期には8名居た連邦下院議員も今は1名のみである。更に、96年選挙では21名当選したサン・パウロ州の市長も2000年の選挙では11名とほぼ半減している。我が国の若手研究者や学者はブラジル研究では食べて行けないとの話も聞く。日本の本屋の書棚にブラジルに関する本が驚くほど少ないことは前にも触れたが、成る程という気がする。我が国が一世紀に亘り営々として遠いブラジルに築き上げて来た掛け替えのない橋頭堡が今急速に風化しつつあることを日本の皆様に是非知っていただきたい。如何なる対策も冷静で正確な現状認識が出発点だと思うからである。
  

 (5)マスコミの役割について
   
 最後に、日本のマスコミにはどうしてブラジルのことがほとんど出ないのか。ブラジルにはサン・パウロとリオに分散駐在するワンセット7社の日本のマスコミの支局がある。しかし、これで広い南米全体をカバーしており、しかも基本的に1人駐在だから、ブラジル国内に居ることは少ないと聞く。誠に手薄と言うほかない。他の地域はどうか。調べてみると、各地域の支局数は、北米55、西欧83、東欧24、アフリカ5、中近東26、南西アジア8、東南アジア57、北東アジア71、オセアニア10である。どの地域に支局を置き、どれだけ詳しく報道するかは、マスコミ各社の営業政策の問題であるし、読者や視聴者から特に不満の声も聞かれない以上、現状を変える理由はないということかもしれない。しかし、現代社会におけるマスコミの役割を考えると、単なる営業政策の問題では済まされないものがあると思う。世界の各地域についてバランスのとれた情報を提供することが「公器」たるマスコミには期待されているのではないか。如何に多忙な各界の指導者でも、新聞に目を通してテレビのニュースを見ない人は居ないだろう。各界の指導者に直接アクセス出来るというのはマスコミだけが持つ強味である。私の承知する限りでも、欧米のマスコミにはブラジルや南米のことが頻繁に可成り詳しく出ている。これとブラジルでの彼等の活発な経済活動のどちらが原因でどちらが結果なのかは種々議論があろうが、両者は少なくとも無関係ではないと思う。多くの日本人にとって、マスコミが取り上げないことは存在しないのと同様である。自分で資料に当たり、問題意識を形成する人は少ないからである。そういう意味で、今日の日本人にとってブラジルも南米もほとんど完全に欠落している。例外は、ペルーのフジモリ元大統領の動静や邦人の事件・事故といったところで、いずれも日本人の血が騒ぐ問題である。何事につけ、「今、欧米では……」といった議論が多い日本の知識人だが、ブラジルや南米に関する報道体制については、こうした比較論議を聞いたことがないのは何故だろう。
   
(すずき・かつなり 駐ブラジル日本大使)
     


 

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