[らいらっく文学賞 2001]  

ジ・パラナ・ホテル(2)


「マサオは電話代の心配をしないのがいかん」などと言ってはいるが、やはり嬉しいのだろう、ウキウキと居間へと向かった。

私はそこに残された父の匂いのするハンモックに腰かけて昔の記憶へと思いを馳せる。このハンモックで両親の目を盗んで初めてのキスをした。レンガ造りの古い家の庭で初めて愛を交わした。そしてこのハンモックで再会の約束をして、彼は旅立った。彼の世界へと戻って行ったのである。

風の匂いが雨の気配を含んでいる。もうすぐこの土地特有の夕立が来る。私は思い出を脇へと寄せて勢い良くハンモックから立ち上がった。過去は振り返るためにあるのではなく、明日を生きるための経験として利用するためにあるのである。8年も前の約束を信じているわけではない、けれど自分に嘘をついてまで安易な結婚に走りたくはなかっただけなのだと、自分を励ましながら。

クリスマス、我がホテルの8つの客室は全て埋まっていた。ベレンから5人で2部屋、マナウスから15人で5部屋、リオ・デ・ジャネイロから2人で1部屋。日本人は1人もいず、アメリカ人かブラジル人だけである。宿泊客22人と私達家族3人、忙しい時に通ってくるお手伝い2人の合計27人分の食事である。

厨房は大忙しであった。マナウスからの客は、アマゾンの薬草をインディオ達から学び新薬を開発しようと派遣されている人達とその家族であった。彼らの会話の中に「ドトール・トーマ」という名を耳にして、私の心臓は一瞬止まったような気がした。

トーマなんていう名前はいっぱいいる、そう自分に言い聞かせやっとの事でテーブルを整えた。「ドトール・トーマは娘達のアイドルだ」と一番年配らしき人が英語でアメリカ人の研究者らしき人に話している。私の心はもう音を立てて崩れて行きそうだった。

“マサユキ・トーマ”は漢字で当麻正行と書いたはずだ。今の年齢で33歳、色白で背が高くメガネが似合っていたあの青年からはほど遠いかもしれない。けれど確認したかった。“ドトール・トーマ”がどんな人であるかを、「あの人」であるのかを。

私の指先が一瞬止まったのを見て取ったグループの1人が「ここはドトール・トーマから聞いてきたのだよ」と人懐こい微笑を投げかけてきた。英語が判る女性がいるはずだから、彼女が元気か自分の代わりに見てきて欲しいと言われたという。「それは君のことですか?」と聞かれた時、私は目を伏せて微笑んだ。

私の友達は、私がこんな仕草をする時、必ず驚く。どうしてもっと自己アピールをしないのか、と聞かれてもきっと私の中の日本人の血がこんな時に出てくるのだろう。涙が出そうな時には上を見る、何かを肯定する時には目を伏せる。 私はこの地に生まれ育っても過剰なアピールなどが不得手である。
 
震える指先でテーブルのセットを終え、私は足早にその場から立ち去った。もう、ドトール・トーマは手の届かないところにいる。あの頃の青年は皆にトーマと呼ばれていたのに、月日が彼をドトールに変えてしまっていた。
 
この町の人達は父の事を“サン”と呼ぶ。日本語で苗字の後に“さん”をつけるのを聞いて覚えたものだ。“本城さん”から本城を取って、いつしか“さん”だけが父の呼び名となった。また、ブラジルではHの発音をしないのでホンジョウさんがオンジョ・サンになってしまう。これも変な感じなので、訂正もせずにいつまでも“サン”と呼ばれる事になってしまった。
 
小さな頃「サンズィンニャ」と呼ばれた事があった。これは“小さなサン”という意味で、私はこれが嫌いだった。また私の名前の意味が“真実”だと判るとポルトガル語で「ヴェルダージ?(本当・真実)」とわざと何度も聞く子供がいた。私は迷わずにその子の足を蹴り上げたものだった。
 
町の子供達は皆裸足で遊んでいたので自分の足も痛かったが、3人の兄を持つ私はその頃空手に夢中になっていた。父はあまり良い顔をしなかったが、姉が襲われそうになった時に空手で相手の急所を蹴り上げた話を聞いて以来、私にも熱心に教えるようになった。私は数ケ月の間に学校一強い“小さな女の子”となった。もちろんこの町一強い男の子は長兄であった。

この町の“サン”は今日も相変わらずハンモックで釣りの本を読んでいる。そしてその“サン”を愛した母も、センニョーラ・サン(サンの奥さん)と呼ばれながら、またこの町の人々に愛されているのである。
  
クリスマスが終わり、年末のパーティーの用意が始まった。日本のように門松を飾る事もなく、入り口に飾りをつける事もしない。まして真夏のロンドニア州で小さな酸っぱく甘いみかんなぞ望めるはずもない。けれどお餅だけはある。サンパウロで暮らす姉がもち米を送ってくれて、母が餅を作るのである。

私は豚の腿肉を使ってこんがりと狐色のペルニウを焼く。この日のために豚を一頭つぶしてその全てを使いきるのである。 内臓を使って自家製のソーセージを作り、干し肉を作る。この作業をしている時が、1年の中で一番充実している時だと思う。私達の仕事納めの作業なのである。
 
年末のパーティーに出かける前に、私は全ての下着を白に取りかえる。白いドレスに身を包み、髪を結い香水をつける。1年の中でこの日だけ、私は真っ赤な口紅で唇を彩る。この色は白いドレスを着た褐色の肌の私と、黒髪を際立たせてくれるからである。
 
白い下着は願いを叶えるため、そしてピンクの下着は恋を叶えるため。毎年12月31日には様々な思惑を胸に、女性達が一番美しく変身する。そして男達はため息をつく。
 
今日の私のパートナーは隣町のジョルジェ。高校生の頃に机を並べた彼も、今では2児の父親である。彼の妻のカロリーナは私とも同級生であるが第3児出産のためパーティーの参加は見送るという。去年のパーティーに出席して流産を経験した彼女は、今年は安静にしている事にしていた。

彼女は今年も夫の愛を繋(つな)ぎとめておくためにピンクの下着をつけるのだと私に向かってウインクをした。同じ相手に何度でも恋をしていたいと願う彼女の瞳に、永遠の少女を感じた。 私はこの夫婦が大好きである。
 
1月のブラジルは真夏で、特にこのロンドニア州は赤道直下近くにあるため、日中は茹(う)だるような暑さだ。ホテルというよりはポウザーダと呼ばれるのが相応しい我がホテルは、朝・昼・夜以外はヒマな時間となるので、その日私は父のハンモックの隣に別のハンモックを吊り、昼寝をする事にしていた。 バナナの木の側は蛇が棲息するから危ないので、私はマンゴーの木の下にハンモックを吊るす。この平和な時間が何よりも贅沢だと思う。
 
入り口の方からわずかな足音がして私は眠りから揺り起こされた。母の声がかすかに聞こえる。陽気に歌でも歌っているような声だった。 母の呼びかけにもすぐには起きられないほど私は眠りにつかまっていた。  そんな時、聞き覚えのある長兄の声が耳元で響く。

「いつまで寝ているんだ!」
 私は飛び起きた。  義姉が末っ子のマリーナを腕に抱き微笑んでいる。
「すみません、頭の上のパパイヤを一山売って欲しいんですけど…」  私は自分の上にたわわになっている実を見つめる。
「すみませんお客様、こちらはマンゴーでございます」

微笑みながら義姉の方を見る。義姉は都会の人でフルーツの木を見分ける事が出来ないのである。それでも近年は色々勉強して田舎のフルーツも大分わかるようになってきている。頬を染める彼女は、私と同じ25歳で3児の母である。

「どうしたのイチロー、こんな時間に一家揃って来るなんて」
長兄に向き直って聞く。サンパウロ在住の彼がここを訪れる事は珍しい事なのであった。「クリスマスも正月もずっと来ていないからさ、2人揃って休みを取れたから来たんだ」
懐かしそうに庭を見回す。
「さ、パイを起こして家の中に入ろうよ」
私は素早く立ち上がった。

父は相変わらず静かな寝息を立てている。長男のイチローの帰省を誰よりも喜ぶのはこの父であるという事を、私は知っている。「パイ、起きて。イチローが帰って来たわよ」
家の中へと入っていく兄の姿を見送りながらそっと父を揺り起こした。

その夜の父は陽気だった。いつもは食事の後には本を読んでいるのに、嬉しそうに兄の近況を聞いていた。両親が寝静まった後、兄はリビングで私と向き合いこれからの相談をしたいという。今までそんな事はなかったのに、いつしか私を大人扱いしているのが、嬉しかった。 「マミ、パパイももう68歳だよな。これからどうするのか、何か聞いているかい?」
兄の今回の帰省の目的が、やっと少しわかってきた。
「何も。このままずっとやっていくつもりだと思うわ」

実際、父は先の事など何も考えてはいないふうであった。将来の事を私や母と話し合う事もなかった。 「ミリアンとも話していたのだけど、僕は長男だし、パパイの面倒を見る事をそろそろ考えなくてはいけないと思うんだ」

兄は妻を一瞬見つめながら、私へと視線を戻してくる。

「私はそうさせて欲しいのよマミ、今まであなただけに負担をかけていたのだし、あなたも自分の将来を考えなくてはならない年齢でしょう? 私はパパイもママイも大好きなの」

義姉は沖縄の出で、沖縄県民間の結婚を望んだ彼女の両親とは兄との結婚の際に縁を切られている。彼女いわく夫の両親は彼女の両親でもあるという事だから、将来は自分が面倒をみるのは当たり前という事だ。

「パイは多分誰にも面倒はかけないつもりだと思うの。ずっとこのホテルをやりながら生活をしていくつもりだわ」

2人の気持ちは嬉しかったけれど、懐かしいこの土地を離れて両親が幸せだとは思えなかった。私も、もう結婚をしたいとは考えてもいなかった。

「でもさ、マミは自分の事をちゃんと考えているの? 今はいいかもしれない、けれどこれから先、ずっと1人でいるとは限らないじゃないか、まだ若いんだし」

イチローの言う事は昔から当たっている。まるで間違いなどないように、いつも正論で話す人だった。 「イチロー、私ね、このホテルをずっと続けたいの。どこまで出来るか判らないけれど、このホテルが好きなの。パイにもやらせてあげたいの」

反論しようとする兄にミリアンが目配せをしているのが見えた。この義姉はいつも私の見方だった。 「マミ、私はあなたのお姉さんだと思っている。だから言うけれど、絶対に無理はしないって約束して。あなたが出来なくなったら、私達がパパイとママイを引き取るという事でいいわよね?」

義姉は優しく言いながらも、真っ直ぐに私を見つめてくる。いつもこの目には敵わない。私は目を伏せ、頷いた。義姉が席を立ち、ビールを持ってくる。もうこの話は終わったという合図である。

兄夫婦の滞在は3日間だけだった。それでもその短い滞在を両親はとても喜んでいた。多分父は兄の帰省の目的を見抜いているのだろう、けれども何も言わなかった。“日本男児たるもの、むやみに質問はせずドンと構えろ”が父の口癖だったので、きっと黙って事の成り行きを見守っているのだ。

私はカーニバルの支度に忙しい日々を送っていた。カーニバルが行われる2月はもう目前に迫っている。ブラジル人はカーニバルをとても楽しみにしているし、この田舎町でも例外なく、人々はカーニバルを楽しみにしているのである。カーニバルの本場はやはりリオやサルヴァドール、それにサンパウロであるが、町の喧騒を嫌ってこんな田舎のカーニバルを楽しもうとここに集まる人も多い。
 

(2001/9/19)
   
 
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