日伯21世紀協議会の提言 「新たな日伯関係をめざして」の発表

鈴木 勝也(日本ブラジル中央協会理事長)


背景

(1) 地球の真裏に位置するブラジルとの関係を百年のスパンをもって語れるのはアジア広しといえども日本だけであり、風化させてはならない貴重な資産である。この日伯関係は、1908年の笠戸丸以来久しく移民を中心に展開され、世界最大の海外日系人社会をブラジルに形成することとなった。経済の面でも1950年代末から1970年代には「日伯黄金時代」があった。しかし、その後の日伯関係は沈滞気味に推移し、その再活性化が両国にとり大きな課題となっていた。

(2) 2004年、日本の首相としては8年ぶりに訪伯した小泉首相は、ルーラ大統領との共同声明で2008年を「日伯交流年」とすること、および日伯関係再活性化のため「日伯21世紀協議会」を設立して両首脳への提言を求めることを発表した。2005年5月、ルーラ大統領訪日の機会には同協議会の発足と両国メンバーが発表された。(日本側座長:河村建夫前文科相、伯側座長:エリゼル・バチスタ・リオドセ社特別顧問)

(3) 日伯21世紀協議会は、2005年11月にリオデジャネイロで第1回会合を行った後、2006年7月に東京で第2回会合を行い、7項目にわたる提言を取り纏めて両首脳に提出した。因みに、日伯関係の一世紀にわたる歴史の中には様々な節目があったが、この種の提言が求められたのは今回が初めてである。
   

提言の概要

提言は、「はじめに」とそれに続く7項目からなる日本語版で10頁ほどの文書であるが、ここではその項目と要点のみを説明する。(主要マスコミにはほぼ黙殺されたが、ご関心の向きは全文とメンバーリストを外務省ホームページで参照願いたい)

(1)「はじめに」では、この提言が21世紀における両国関係発展のための行動指針となることを希望している。

(2) 「1.日伯交流拡大への継続的イニシアチブ」では、首脳・閣僚・議員・文化人等あらゆるレベルと分野での日伯交流の拡大を提言している。同時に、マスコミの役割の重要性にも着目し、2008年に日伯ジャーナリスト会議を開催することを提言している。

(3) 「2.日伯経済関係の再活性化」では、EPA/FTA(経済連携協定/自由貿易協定)に向けた研究や議論を2008年の交流年を重要な契機として加速すること、官民の各種ミッションの交流を活発化すること、バイオ・エネルギーやデジタル・テレビ等の分野での協力を強化すること、ブラジルのインフラ整備に様々な形で協力すること等を提言している。

(4) 「3.科学技術協力・交流の促進」では、日伯科学技術協力会議の開催を提言している。

(5) 「4.環境分野で共に世界に貢献」では、エタノール等バイオマス由来燃料の活用推進等を通じ地球環境の改善に向けて協力することを提言している。

(6) 『5.「ニッケイ」:日伯の架け橋』では、在日ブラジル人子弟の就学・教育環境の改善、社会保障面の協定締結、司法協力等とともに、ブラジルにおける日系高齢者への支援についても提言している。

(7) 「6.市民レベルでの交流をより広く、より深く」では、2008年から5年間毎年双方から100人ずつの青年を交流させることやサッカーのU-16等各種のスポーツで定期的な親善試合を行い交流を深めることとともに、観光振興のために日伯旅行代理店同士による日伯合同勉強会の開催を提言している。

(8) 「7.日伯交流年を新たな歴史のはじまりに」では、日本人のブラジル移住100周年に当たる2008年を日伯交流年として両国官民で大々的に祝い、新たな百年の幕開けとすることや、官民の力を結集するための実行委員会を早期に立ち上げることを提言している。この実行委員会は、然るべき皇族を名誉総裁に、有力政治家を名誉会長に、そして有力財界人を委員長にそれぞれお願いして募金集め等に当たることが期待されている。
   

若干の感想

(1) 日本人のブラジル移住百周年に当たる2008年を如何に祝うべきかの問題は、私がブラジル大使として現地に居た頃からいろいろ議論されていた。現地の日系人の間では、これを機に日本政府が学校・病院・体育館等のいわゆる「ハコモノ」を建ててくれるのではないかとの期待が根強く存在した。今までの70周年や90周年といった節目にはそうした期待が現実となった経験があるから、無理からぬことである。しかし、その後、日本は大きく変わった。日本国内の公共事業であれ、海外へのODA事業であれ、今やいわゆる「ハコモノ」の建設への世論の支持は全く期待出来ない。今次提言にこうした「ハコモノ」の建設が全く触れられていないのはそのためである。とはいえ、ひたすら瞼の祖国に期待を寄せるブラジルの日系人の胸中を察すると、矢張、胸が痛む。

(2) 今回東京で行われた第二回会合で一番難航したのが、ブラジルとのEPA/FTAの扱いで、伯側はこれを文書に入れることに強く抵抗していた。ブラジルはメルコスールの一員だから、ブラジルの一存では決められないという事情はあったし、WTOのドーハ・ラウンドの帰趨を見極めねばとの伯側主張も故なきことではなかった。しかし、日本側では、対伯進出企業を中心にEPA/FTAを早期に結ぶべしとの要望はかねてから強かった。かつてメキシコで同国のNAFTA加入やメキシコ・EU自由貿易協定締結により不利を蒙った日系進出企業の二の舞を避けたいとの考慮が働いたのだと思う。この問題は、提言取り纏めの最終段階で伯側が譲歩したので一応解決したが、伯側では大臣まで上げて決断したとの噂もある。いずれにしても、ブラジルから見れば、EUとの自由貿易協定交渉が最優先だし、メルコスール自体がベネズエラの加入により変質しつつあるときに、重要な農産物貿易の面で多くを期待し得ない日本とのEPA/FTAにさしたる優先度を付していないことは確かだと思う。

(3) 私は、ブラジル大使として現地に居たときから一貫して日本のマスコミのブラジル報道の手薄さこそが全ての問題の根源だと主張してきたし、今次協議会でもこれを繰り返した。日本もブラジルも今や大衆民主主義の世の中であり、少数の指導者が「歴史が証人」との信念で世論に抗して国を率いて行ける時代ではなく、何事にも世論の支持が不可欠であるが、この「世論」とは要するにマスコミだからである。マスコミに出ないことには政治家は反応しないし、官僚も動かないだけでなく、経済界もリスクを考えて及び腰になる。そういうわけで、日本のマスコミの海外特派員の地域的配置の状況を調べてみたら、アジア・大洋州194、北米145、欧州141、中東34、中南米8、アフリカ5となっており、ブラジルにはリオとサンパウロに分散する形で6名が配置されているが、彼等は広く中南米全体をメキシコの2名とともにカバーしていて常時出張留守がちだということが分かった。日本のマスコミでブラジル情報が乏しい最大の理由はここにある。今次提言のジャーナリスト会議が、こうした状況の改善に多少なりとも役立つことを切望するものである。

    (社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2006年9月号掲載


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