ブラジル・コーヒーの現状

  水野 一(上智大学名誉教授)



エチオピア原産のコーヒーが欧州、アンティル諸島、ギアナを経由してブラジル北部に導入されたのは1727年。だがブラジルで本格的にコーヒーが栽培されるようになるのは、1761年に南東部のリオデジャネイロに移植されてからだ。その後欧米の需要増大に支えられてコーヒー生産は急増し、1850年にはブラジルはジャワ島を追い越して世界最大の生産国にのし上がった。以来今日まで、ブラジルは150年余にわたって世界最大のコーヒー生産国および輸出国の地位を維持してきている。
FAO(国連食糧機関)統計によれば、2002年の世界のコーヒー豆生産736万5,000トンのうち、ブラジルは239万トン(32.5%)で第1位を占め、以下ベトナム68万9,000トン(9.4%)、コロンビア66万トン(8.9%)などの順。また2001年の世界のコーヒー豆輸出532万9,000トンのうち、ブラジルは125万2,000トン(23.5%)でやはり第1位を占め、以下ベトナム93万1,000トン(17.5%)、コロンビア56万トン(10.5%)などの順となっている。
    
こうしたブラジルのコーヒー産業にも近年大きな変化がみられる。すなわち、産地の移動と多様化、栽培技術の改良・開発による生産性向上、精製方法の改良と生豆の品質向上、スペシャルティ(高品質)コーヒーの生産拡大、国内のコーヒー消費の増大などだ。以下、変化の実態をみていこう。
 

北上するコーヒー産地

ブラジル・コーヒーの歴史はコーヒー産地の移動の歴史だったともいえる。それだけブラジルには肥沃なテーラ・ロッシャの高原地帯などコーヒー栽培に適した広大な土地があるわけだ。コーヒー栽培が本格化した18世紀半ばから19世紀半ばまでの約100年にわたる「リオのコーヒー」時代のあと、コーヒー栽培の中心はサンパウロ高原へと移動し、1850年代以降,1940年代まで約100年にわたって「サンパウロのコーヒー」時代が続いた。第二次世界大戦中、コーヒー生産の中心はサンパウロ州西部からパラナ州北部に移り、パラナ州は1960年代初めにはブラジル全体のコーヒー生産の60%を占めるまでに至った。しかしパラナはしばしば霜害の被害を受け、とりわけ1975年の大霜害によって決定的な打撃を受け、これを契機にコーヒー前線は北上することになった。   近年、新生産地域としては、ミナスジェライス州をはじめエスピリトサント、バイアの両州、特にミナス州およぴバイア州西部に広がるセラード地帯が注目されている。ミナス州は現在、ブラジルのコーヒー生産の約半分を占め、またサンパウロ州を抜いて第2位の生産州にのし上がったエスピリトサント州では、インスタント・コーヒー向けの「コニロン」(ロブスタ新種)が主に栽培されている。  ブラジル農務省の統計によれば、2002年の主要生産6州のコーヒー生産シェアはミナスジェライス州44.4%,エスピリトサント州24.5%、サンパウロ州10.2%、バイア州8.5%、ロンドニア州7.6%、パラナ州2.0%。


技術改良による生産性向上

ブラジルでは一般的に9〜12月がコーヒーの開花期で、開花後6〜8カ月経つと、緑色の果実は赤くなり、さらに深紅色に熟す。
サクランボに似ているため、チェリー(ブラジルではセレージャ)とも呼ばれている。コーヒーの収穫は5月頃に始まり8月まで続く。収穫は人手による方法が一般的で、コーヒー果実を手でしごき落として、円形のふるいで葉や枯れ枝、土などを取り除いて60キロ入りの麻袋に詰められる。最近では、人件費の高騰により、機械化を進める農場が増えている。簡単なポータブルのしごき機から自動収穫機までいろいろあるが、こうした機械の導入によって7ないしは45%のコスト削減が可能なことが明らかにされている。もっとも機械化は平坦な土地のみ可能で、またお金もかかるので、現在のところ、比較的土地が平坦で、大きな農場主が多いセラード地帯が中心となり進められている。  
 
さらにブラジルのコーヒー園はヘクタール当たりのコーヒー樹の植え付け本数を1,000本から2,000本へ2倍にふやし生産性の向上を図っている。またバイア州西部のセラード地帯のように灌漑による栽培管理を行い高い生産性をあげている農場も増大している。 それでも現在、ヘクタール当たりの収穫量は平均6〜27袋(1袋=60キロ)と変動が大きい。収穫の安定的な向上には、さび病に抵抗性のある品種の選定・導入が不可欠であり、このため国内の主産地では抵抗性のある適正品種が導入され、平均して45〜50袋の収穫量をあげることが可能となった。

 
スペシャルティ・コーヒー志向

一般的にブラジル・コーヒーは果肉がついた状態で天日乾燥され、その後脱穀機で外皮(パーチメント)と内皮(シルバー・スキン)が一度に除去されて出来上がる、非水洗式(アンウオッシュト)処理方法を採っている。しかし最近では、収穫したコーヒー果実を水洗い・果肉除去してから乾燥するやり方も増えている。これによってコーヒー豆の均一性が保たれることになる。また水洗後、完熟豆だけを皮むき機にかけて、外皮を除去し、内皮の付いた豆を乾燥場に運ぶ。これをセミウオッシュト・コーヒーと呼んでいる。  
  
フルウオッシュトとセミウオッシュトの最大の違いは、醗酵槽に入れるか入れないかだが、前者の場合では約48時間醗酵槽に入れたあと乾燥工程に進む。これに対してセミウオッシュトは醗酵工程が省略されるが、メリットは基本的に品質が通常の非水洗処理よりも安定することで、非水洗処理豆よりプレミアム付きで販売でき、中米産のウォッシュト・コーヒーに近い値段で売れる。このような方法で生産されているのがスペシャルティ・コーヒーで、ブラジルでは1990年代に入り、ミナスジェライス州の南部(スルミナス)およびセラード地帯、サンパウロ州のモジアナ地域ならびにバイア州で生産されている。
 
年間生産量は250万袋から300万袋で、アラビカ種コーヒー生産量全体の約9%を占めている。  こうしたスペシャルティ・コーヒーの販売促進を目的として1991年に設立されたのがブラジル・スペシャルティ・コーヒー協会(BSCA)だ。メンバーはスルミナス、モジアナ、セラード、バイアを中心とした中小規模農園およそ50ヵ所。スペシャルティ・コーヒーの輸出は1998年の8万袋から99年には20万袋、2000年には30万袋(コーヒー輸出全体の17%)へ急増した。
 
つまり3年間で275%の増加を示した訳で、2001年の輸出も30万袋と推定されている。輸出全体の70%はイタリアなど欧州向けで、次いで米国、日本向けが多い。
コーヒー生産者にとってスペシャルティ・コーヒーの魅力は何といっても価格が高いことだ。スタンダードのコーヒーが60キロ入り袋当たり50ドル前後で輸出されているのに対して、スペシャルティ・コーヒーは245ドルの高値で輸出できるからだ。なかでも有名農園の高品質のグルメコーヒーは高値で取引されており、例えば世界最大といわれるミナス州のイパネマ農園は長期契約で米国のスターバックス社にブルボン・ブランドを供給しているが、同社は消費者にキロ当たり26ドル(60キロ入り袋当たり1,560ドル)で販売しているという。このほか、有機コーヒーの生産も近年増加傾向をたどっており、2001年の生産は5万8,000袋に上った。

  
増大する国内コーヒー消費

ブラジルは世界最大のコーヒー生産国だけでなく、米国に次ぐ世界第2位の消費国でもある。年間国内消費量は約1,350万袋。1980年代末に1.5キロまで落ち込んだ1人当たり消費量は90年代後半以降の経済回復とともに増加に転じ、94年の3キロから2003年には5キロまで上昇した。グルメ志向に加えて、サンパウロなど大都市における大型ショッビングセンター内のコーヒーショップの出店、国内産地別コーヒー豆の販売などが影響しているようだ。  
 
ともかく、ブラジルのコーヒー産業は輸出総額に占めるコーヒーの比重は低下しているとはいえ、農家数36万戸、生産から加工、販売までの直接、間接雇用約1,000万人という重要産業であり、その動向は大手コーヒー輸入国日本としても注目する必要があろう。

【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2004年5月号 掲載】


ホーム】【経済評論コーナー文化評論コーナー