在日日系ブラジル人子弟の教育問題

小林 利郎 (FIAL -   イベリア & ラテンアメリカ ・フォーラム


バブル期に当たる1980年代後半から、いわゆる「出稼ぎ」と呼ばれる日系ブラジル人労働者の日本への流入が顕著になって来た。日本はその後バブルが崩壊して一転深刻な不況に陥ったが、特定の業種での労働力不足は恒常化している一方ブラジルにおける雇用環境および賃金水準も遅々として改善されないため、日系ブラジル人の日本への流入は続き、現在約30万人が全国に展開する自動車、電気、電子、造船、建設等の関連の工場や現場で働いている。1908年の笠戸丸以来、今日までブラジルに渡航し現在の大きな日系社会を築いた日本人移住者は累計で24,5万人であるから、それを越える多数の日系ブラジル人が今や逆に日本に定住しているという大きなインパクトである。人口の少子化老齢化に直面する日本の産業界が勤勉な労働者を確保でき、多くの日系人が職を得、かつ年間約25億ドルに達するといわれるブラジルへの郷里送金が行えるということは有無相通じる現象で、日伯両国にとって歓迎すべきことといえる。
        
しかし、来日する日系ブラジル人がブラジル文化で育った三世四世の世代となり、家族単位での滞在が長期化するのが一般的傾向となって、種々の問題が生じてきた。その中で最も深刻なものの一つが子弟の教育の問題である。日伯両国の法律や教育事情に精通して永くこの問題に取り組んでいるサンパウロ大学の二宮正人教授の推定では、現在約3万7千人の学齢期(小学校から高校まで)の日系ブラジル人子弟が日本で生活しているが、そのうち1万6千人が日本の公立校に就学し、5千人がブラジル人学校に就学、1万6千人が不登校(不就学)である。さらにわれわれの推定では、日本の公立校に在籍はしているが日本語の指導を要する子どもが7千人いる。日本語が分からない子どもと不就学の子どもを合計すると2万3千人、実に60%以上が正常の教育を受けていない。日本の教育システムから見れば、ブラジル人学校に通っている5千人を加えて2万8千人、すなわち日本にいる日系ブラジル人の子弟の四分の三が日本の正規の教育からドロップアウトしている。この子どもたちの将来はどうなるのであろうか。日本におけるにせよブラジルにおけるにせよ、上級の教育を受ける道が開け、教養と技術を身につけて、立派な市民として国民として生きる力を培って行けるのであろうか。

          
さらに憂慮すべき状況がある。ブラジル人青少年の犯罪の増加である。学校に行かず日本社会から疎外された青少年の中には、毎日を無為に過ごしているうちに同じ境遇のブラジル人の友人とゲームセンターや盛り場にたむろするようになり、非行グループとの関係が出来て、ついには万引きやひったくり、車上狙い等の窃盗からはては強盗へとエスカレートして凶悪な犯罪を犯すものが出てくるようになった。最近は麻薬の使用や売買の常習で補導されるケースが増加し、暴力団との関係も出来てきているとのことである。今、日本における少年犯罪のなかでブラジル人青少年の犯罪は、外国籍少年の全保護事件の20%を越えて増加の一途をたどっている。厳しい教育補導を必要とする少年を収容している横須賀の少年院では、実に9割がブラジル人少年であると聞く。

         
このような犯罪の話や身辺の小さなトラブルの頻発から、日系ブラジル人を受け入れている日本の地域社会にも共存に冷淡な反応を示すケースが出てきている。日本人の閉鎖的な性格もあって、一部の都市ではブラジル人社会と日本人社会との交流が乏しくなり、友好的な関係が希薄になってきている。このままでは日本とブラジル両国の国としての友好関係にまで悪影響がおよぶおそれさえある。

            
かつて日本からブラジルへ移住した人々は、自身の果たせなかった夢を子どもたちに託し、苦しい生活の中でも子女の教育には最大限の力を注いだ。日系人の子弟は厳格な家庭教育と優れた学校教育とを受けて、正しい倫理観を身につけ能力を発揮してあらゆる分野で活躍するようになった。これら努力や資質はブラジル社会も認めるところとなり、日系人は今日の信頼される地位を確立したのである。私自身、多くの優れた日系人がブラジルのあらゆる分野で活躍し、ブラジルのため日伯関係のために多大の貢献をしているのを目の当たりにしている。それを思うと今日日本における日系ブラジル青少年の現状は非常に残念で、このまま放置しておいてはならないとの思いが強まるのである。

             
この問題の解決には、地味ではあるがより徹底した教育しかない。その教育には「ブラジルの教育」と「日本の教育」の二つがある。「ブラジルの教育」は在日日系人の子弟がブラジル人としての国民性を持ち続け、あるいはブラジルに帰国して学業を続けブラジル社会の一員として働くとすれば必須である。しかし、これはブラジル政府をはじめとするブラジル官民が国の教育方針にそって行うのが筋である。すでにブラジルの学校で日本に進出して在日ブラジル人子弟に「ブラジルの教育」を行っている何校かがある。最近これらのうちの一部の高校を卒業した生徒に日本の大学受験資格が与えられたこともあり、ブラジル人学校卒業者の日本での上級学校進学の道が開け、日本における「ブラジルの教育」の一層の充実も期待できる。一方、日本が在日ブラジル人子弟の教育をするのは、彼らが日本に在住する限り、日本人とコミュニケートし友好関係を保ち、日本の伝統や風俗習慣といった文化を理解して日本の社会にとけ込み、善良な日本の市民として生活し向上して欲しいからで、この教育は「日本の教育」でしかありえない。

             
ただ日本語や風習がまったく分からないブラジル人の父兄や子どもがすぐ環境に慣れ、学齢期の子どもたちが日本の学校に入り、「日本の教育」が受けられるかといえばそれは無理な話である。日本の先生の授業が分かり、友達も出来て、スムースに日本の教育に入ってゆけるように、例えば子どもたちにはポルトガル語を使って日本語の手ほどきをしたり、ついてゆけない授業の補完等の手助けがどうしても必要になる。また子どもたちばかりではなく、その両親等保護者にたいする日本の教育や学校事情についてのオリエンテーションも不可欠であろう。

                    
すでに関係各官庁や地方自治体、学校等でこの問題に真剣に取り組んでいるほか、実に多くの団体や個人がそれぞれ献身的に支援活動をおこなっている。日本としてこれからやるべきことはばらばらの活動ではなく、「日本の教育」をするとの基本方針のもと、日系ブラジル人子弟が公立学校を主とした学校教育にスムースに入ってゆけるような、効率的なソフト・ランデイング支援のシステムを普及することであろう。関係諸官庁、地方自治体、経済団体や企業、学校、多くの団体や個人、それとブラジル人居住者を多数抱える地域社会が一致協力して当たるときがきているのではないだろうか。   (2004年2月)
         


【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2004年3月号 掲載

                             



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