ルーラ政権と雇用問題

  小池洋一 (拓殖大学 教授)


人々に雇用機会を与えることは各国政府が直面する政策課題の一つである。ブラジルもまた例外ではない。カルドーゾ政権は、社会的包摂(social inclusion)、つまり社会から排除されてきたさまざまな人々(貧困層、低開発地域住民、女性、子供、先住民などなど)、を社会に参加させることを目的とし、国家改革、教育改革など試みた。民主主義と社会倫理はカルドーゾ政権によってその道筋がつけられたといってよい。教育はカルドーゾ政権が最も重視した政策であった。初等教育の就学率(純就学率。学齢者に対する就学者の割合)は100%に近づき、中等教育の就学率も30%を超えた。高等教育も20%を超えた。低所得層に対しては児童が就学した場合に奨学金(ボルサ・エスコーラ)を給付した。教育はカルドーゾ政権が目指す社会的包摂の最も重要な手段であった。
   
こうした社会政策における比較的高い成果の一方で、経済的な成果は不十分なものであった。レアル・プランによって経済が安定化したことは大きな成果ではあるが、為替のドル・ペッグと高金利政策は、対外的な不均衡を招いた。貿易赤字は膨大な資本流入によってファイナンスされたが、海外貯蓄に依存した経済は脆弱性を強めた。為替の過大評価と高金利は国内の経済活動を停滞させた。物価の安定が確実なものとなった段階で、為替を現実化し金利を引き下げるべきであったが、アジア危機、ロシア危機でそうした機会を失ってしまった。1999年1月に為替は引き下げられたが、通貨防衛のため金利はさらに引き上げられた。景気は冷え込み、雇用は悪化した。景気の後退、失業率の上昇は、カルドーゾ政権の路線継続を否定し、ルーラ政権誕生の最も重要な要因となった。

失業率は1990年代はじめに4%台であったが、90年代半ばには5%台になり、90年代末には7%台に上昇した(ともに2001年以前の旧指標)。景気変動の影響、通貨危機による不確実性の増大が理由の一つだが、失業率が傾向的に上昇しているのは、それだけでは説明できない。女性の労働力化率上昇など供給側の要因もある。経済自由化によって、競争優位のないセクターで雇用が減少したこと、競争力を引き上げるため企業が組織改革をおこなったことも理由である。他方で、比較優位をもつセクターの労働力吸収が十分でなかったこともあろう。レアル・プランにともなう為替の過大評価と高金利が、比較優位をもつセクターの成長を抑制したことも、労働力の吸収を抑制したかもしれない。

失業率の傾向的な上昇は、厳しい競争環境のなかで、企業が労働コスト削減のため雇用の抑制を図っているからである。多能工化、アウトソーシングなど工場、事務部門での組織改革は、その現れである。失業率を年齢別にみると若年者が高い。企業が、職業能力が形成されていない若年者を敬遠しているからである。次に、失業率を教育年数別にみると、低学歴者と高学歴者が比較的低いのに対して、中等学歴者の失業率が高い。低学歴者については、労働集約的な産業の発展によって労働力需要が高まっているからだと想像される。労働集約的な産業とは、製造業もあるが、それ以上にサービス業が重要であった。高等学歴者については、経済自由化以後生産管理、マーケティングなどの職種への需要が高まっていることが理由として考えられる。他方で、中等学歴者については組織改革で「中抜き」が進んでいるからかもしれない。こうした失業率の状況は、初職者がきびしい雇用環境に直面していること、労働市場が高い能力をもった労働者群と単純労働者群に二極分化していることを示している。労働需要は賃金に反映されている。高等教育者の賃金は1990年代に上昇した。他方で、中等学歴者の賃金は大幅に下落した。これに対して未就学者、初等学歴者の賃金は安定的であった。これら低学歴者については、労働需要の大きさにもかかわらず、供給もまた大きいからである。 

ブラジルの労働市場で1990年代に生じたもう一つの変化は、雇用のインフォーマル化の進展である。雇用のインフォーマリティはブラジルの労働市場の特徴であるが、1990年代にさらに高まった。企業者側および自由主義論者は、、インフォーマリティの原因が労使関係への過度な政府介入、労働者保護にあるとした。賃金に上乗せされる社会的負担(encargos sociais)は、企業者側の計算では賃金の100%を超え、そのことが労働コストを引き上げ、雇用の抑制とインフォーマルな雇用選好をもたらすとされた。雇用負担の高さは、産業の国際競争力を減殺する「ブラジル・コスト」として批判された。社会的負担のなかには、社会保障など企業が当然負担すべきものがあるが、本来であれば税金として徴収すべきものも含まれている。解雇のコストの高さ、煩雑な労使交渉、頻発する労働裁判などもまた、企業がインフォーマルな雇用を選好する理由として挙げられた。

カルドーゾ政権は1990年代末に限定つきながら期限付きの労働契約、裁量労働制、レイオフ制度の導入を認めた。これら雇用の柔軟化(フレキシブル化)は、フォーマルな雇用の増加を図ろうとするものであった。同時に、法によって保護されたフォーマルな労働者と保護の対象とならない労働者が存在する状況が、カルドーゾが重視する公平という基準に反するとの認識もあった。ブラジルの労使関係は現在でも、バルガスによって1943年に労働関係法を集成して制定された、統合労働法によって規制されているが、カルドーゾによって慎重に、企業者側から見れば臆病に、その改定が着手されたのである。

ブラジルでは自由主義改革が進められた1990年代に、インフォーマルな雇用が増加した。ブラジルでは労働契約は、使用者が労働手帳に署名し労働当局への届出によって正式なものとなり、これらフォーマルな労働者は公的保護の対象となる。公的保護の対象とならないインフォーマルな労働者には、署名された労働手帳をもたない賃金労働者のほか個人企業など自営業者が存在する。賃金労働者だけみると、インフォーマルな雇用は1990年代におおよそ30%から40%へと10ポイント上昇した。1980年代には景気に応じてインフォーマルな雇用は変動し、景気変動のバッファーとして機能したが、90年代には景気が回復してもインフォーマルな雇用は減少せず、一貫して上昇した。インフォーマルな雇用の増加とともに、フォーマルな雇用とインフォーマルな雇用の賃金格差は大幅に縮小した。高い失業率、インフォーマリティがフォーマルな労働者の賃金を引き下げるように働いた。

こうした雇用のインフォーマル化については、制度改革の遅れがその原因であるとの批判がありえよう。しかし、企業は社会的負担を織り込んで賃金を決定してきた。加えて制度改革に関係なく、雇用の柔軟化は現実に進行してきた。雇用のインフォーマル化のより重要な理由は、サービス産業の比重が高まったことと、企業が競争圧力のもとで、生産性向上、そのための労働力の質向上よりも、労働コスト削減によって競争力を高めようとする安易な途を選択していることである。

これまで述べたようなブラジルの労働市場の変化は、実は日本で起こっている変化でもある。雇用の停滞、高止まりする失業率、若年者の失業、3分の1を超えた非正規雇用、賃金の低下、賃金格差の拡大などである。企業による安易な解雇が横行し、雇用の量的柔軟化(短期雇用契約の増加)、価格的柔軟化(能力給、実績給、退職金制度廃止)が急速に進んでいる。非正規雇用の増加は年金会計に暗雲を投げかけている。雇用の不確実性が増し労働組合が脆弱化したこともあって、労働者は労働強化にもサービス残業にも発言もせず、リスク回避行動を強めている。雇用の不安定性、所得格差の拡大は、奢侈的な消費と質的に悪化した消費を生み出し、人々の間で嫉妬、対立を醸成しようとしている。こうしたなかで、ブラジルでは社会的公正を標榜するルーラ政権が、日本では活力ある社会を創造するという理由から自由主義改革を進めようとする小泉政権が政治を担っている。ブラジルと日本のいずれかが雇用の拡大と社会の発展を実現するかは、どちらの政権がより優れた処方箋を書けるかにかかっている。


【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』2004年9月号 掲載】


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