日本におけるブラジル人社会
     
  村永義男    (潟Aイピーシー・ワールド 代表取締役


        
日系ブラジル人の、いわゆる「出稼ぎ」現象が始まって
15年ほどの年月が経つ。法務省の外国人登録者統計によれば、現在約28万人のブラジル人が日本に住んでいる。日系人の場合、多重国籍で日本国籍を有している者もあり、彼らはこの統計にはカウントされていないから、恐らく約30万人のブラジル出身者が日本で暮らしていることになるであろう。1990年の出入国管理法の一部改正で、日系ブラジル人が大挙して「出稼ぎ」にやって来るようになり、統計上の数字は、過去に一度だけ前年を若干下回った年があっただけで、近年は微増傾向を続けている。爆発的な伸びではないが、日本のブラジル国籍者人口は着実に増えているのである。
        
かつてはブラジル人が多い県といえば、愛知、静岡、群馬の順だった。数年前には、愛知、静岡、長野、三重の順になって群馬県は5位に下がり、ついに昨年、岐阜県が群馬を抜いてしまった。群馬県最大のブラジル人集住地区である大泉町にあった大手家電メーカーの工場が撤退したために、外国人労働者の需要が減ったということもあるが、長引いた経済不況により、外国人労働者を必要とする産業が変わってきたため、日本国内でブラジル人の人口移動が生じたのではないだろうか。その辺の動きについては、専門に調査・研究されている方もいることだろうから、ここでは数字上の事実に触れるだけにする。
         
日本に住むブラジル人の傾向として、もうひとつ顕著なことがある。それは、滞在年数の長期化である。今や、在日5年以上は普通のことで、10年以上というのも稀なことではなくなっている。その滞在期間の長期化に連動して、小学校の学齢児やそれ以下の幼児の数が増えている。家族を伴って来日したり、日本で結婚して出産するケースが増えているのである。「出稼ぎ=単身者または一家の稼ぎ頭が地球の反対側まで行って、とにかくわき目も振らずに働いてお金を貯める」という図式ではなく、「家族ぐるみで外国に移住する=移民」の形態になっている。
       
現在、約30万人の在日ブラジル人をマーケットとして、様々なビジネスが展開されている。当初は、加工食品などを中心に、ブラジルの物産を輸入して販売する事業が盛況だった。国際電話の会社が、ブラジル人に電話回線をレンタルするという事業も誕生した。そんな中、当社の前身となった新聞社が、日本で初めてのポルトガル語新聞を発行した。1991年のことである。96年には、その新聞社が母体となって日本の大企業からの出資を募り、当社が日本初のポルトガル語衛星テレビ放送を開始するに至った。もはや、ブラジル人は、日本に居ながらにしてブラジルのGloboの番組をリアルタイムで見ることができるようになったのである。
         
食品などのモノに始まって、国際電話などのサービス、新聞・雑誌・テレビといったメディア。さらに、ディスコやブラジルで人気のミュージシャンのコンサートといったエンターテインメントまで、今や日本で手に入れられないブラジルのものは何もないといった感じである。裏を返せば、在日ブラジル人マーケットを土俵にしている企業は、彼らが何に欠乏を感じ、何を欲し、何に困難を感じているのかを常に掌握し、それをビジネス・チャンスとしてとらえているのである。そして、以前は在日ブラジル人消費者のニーズは、比較的わかりやすかった。何もないところに何かを投入すれば、大体は当たったのである。
       
古い意味での「出稼ぎ」から、ほとんど定住者となった「移民」に状態が変化し、彼らのニーズも自ずと変わってきている。ブラジルの食材をただ輸入して売ればいくらでも売れる時代ではなくなった。テレビも然りである。ただブラジルの人気番組をそのまま流していれば済むほど簡単ではなくなった。彼らのニーズは多様化し、在日ブラジル人消費者という言葉で要約できるほど単純な集団ではない。企業は、多様化した個々のニーズに対応できるようなモノやサービスを提供しなければ生き残れなくなった。新たなビジネス・チャンスでもあると同時に、見極めが非常に難しくなった。
       
滞在の長期化、移民化によって、社会的な問題も大きくなってきた。人種差別や日本人との文化摩擦は以前からあった問題であるが、近年、ブラジル人若年層の増加に伴って、教育の問題や青少年の非行の問題も深刻になっている。親は、ブラジル人であるという確固としたアイデンティティを持っているのだが、日本で育った子供たちには、ブラジルが母国だと親は言うかも知れないけれど、現実に目の前にある社会は日本しかない。ところが、その日本の社会は、ブラジル人=出稼ぎの子としてしか見ていない。ブラジル人でもない、日本人でもない。つまり、子供たちには親が持っている帰属意識が希薄になって、中途半端な状態になっているのだ。
        
当社のことで恐縮だが、自社制作のテレビ番組で、この教育の問題に取り組もうという試みを始めている。今年5月に名古屋のブラジル総領事館が入居しているビルにスタジオを開設し、そこで「Escola × Escola」という生番組を制作している。これは、毎週ブラジル人学校2校の児童に参加してもらい、学校対抗でクイズやゲームを競う番組である。勝者の学校へは賞金や教材を贈呈し、敗者にもそれ相応の賞金を贈呈する。ブラジル人学校は、日本法上の学校ではないため、厳しい経営環境にある。番組を通して、それらの学校を支援しようというのである。さらに、子供たちに対しては、学校で学ぶことの動機付けや知的向上心を持ってもらうことに寄与できればと思っている。まだ始まったばかりで、番組として定着するのはまだ先のことになりそうだが、この小さな試みがブラジル人社会に少しでも貢献できればと願っている。
   
日本側からも、経団連が多文化共生社会に向けた対応を政府に提言するような動きも出てきた。移民社会の到来という、日本が過去に経験したことのないことが起きている。歴史的な観点からも、これからどうなって行くのか、ある意味楽しみでもある。

IPC制作TV番組「Escola x Escola」

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【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』2004年9月号 掲載】

     


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