交渉の妙 ブラジルの投資優遇策

     
桜 井 敏 浩



                 
果敢な欧米のブラジル投資

ブラジルはいま1994年 7月に実施されたレアル・プランによる通貨切り替え
以来、過去10年間に実施された8つの経済調整策のどれよりも、物価の安定
が継続している。経済開放政策を続けながら、94年12月にメキシコに端を発し
た通貨危機も乗り越え、いよいよインフレの根源である行政・財政改革のため
の憲法改正に取り組み始めたカルドーゾ政権のこれまでの成果は、十分とい
えないまでもこれまで3代の文民政権のどれもがなし得なかったものである。 1995年8月には、外国投資の制限撤廃や電気通信・石油天然ガスの参入自
由化などの改憲案が成立し、経済開放の一層の進展を示した。コーロル政権
から始められた公営企業の民営化方針は、再び推進意欲がみられるようにな
り、いよいよその象徴ともいうべき鉱業コングロマリットであるリオ・ドセ社の民
営化が、実施に向けて手続きが進められている。
           
こうしたブラジルの状況をみて、これまで低迷していた外国からの投資が活
発になってきている。なかんずく94年には生産台数がイタリアを抜いて年産
158万台の規模に達した自動車産業には、既存工場の拡張ばかりでなく、欧
州や日本、韓国まで新規メーカーの進出計画の憶測が、毎日のように新聞紙
上を賑わしている。
         
また一時期撤退していた欧米企業の南米統括機能が、ブラジルに戻ってくる
動きが顕著になっており、単にブラジルの経済の安定化と今後の成長性を買
って進出するにとどまらず、欧米多国籍企業の中南米への投資は、このところ
のメルコスール(南米南部共同市場)やアンデス共同市場の進展、さらにはそ
れらと NAFTA(北米自由貿易協定)との連携の可能性まで、見据えているよう
である。これまで特定国の特定の事業に対する投資であったのが、この地域
に展開したグループ企業を相互に結びつけて、地域内分業はもとより、欧米
やアジアの生産販売拠点との国際分業・連携のネットワークを構築するものに
進化しつつある。いわばいくつもの点をつないで面を構築しようとする意図が
感じられる。

 

なぜ出ない? 日本のブラジル投資

日本のブラジルへの投資は、1960年後半から70年代前半にかけての「ブラ
ジルの奇跡」時代に一大ブームを迎え、ウジミナス製鉄,セニブラ・パルプ,ア
マゾン・アルミニウム,ツバロン製鉄を含む大小多くの企業の投資が行われ
た。しかし石油危機の影響で経済が悪化し、インフレの高進と対外債務の累
積、国内産業保護策や外資規制の強化で、75年以降新規投資は停滞した。
それに追い打ちをかけた80年代の債務不履行の記憶は、いまだに日本企業
の側には強烈に残っており、一度失った信用はなかなか取り返せない。
               
この数年、ブラジル全般に構造改革に真剣に取り組もうという姿勢が出てき
て、ついには妥当な政策を掲げて国民の多くに支持されたカルドーゾ大統領
が登場し、「ブラジルは変わった」と欧米企業はみているというのに、日本企業
の姿勢には「あつものに懲りてなますを吹く」的なところがあるのは否めない。
ブラジルにおける外国投資受入額(残高)では、日本は米国,ドイツに次いで3
位を占めてきたが、92年以降日本勢の停滞に対し、欧米は果敢に金融や民
営化絡みの投資を増やした結果、94年には英国に追い抜かれてしまった。
        
では、なぜ日本企業が今ブラジルに投資しないか? それはより近くに成長
性の点で実績のあるアジアがあって、そこに目がいっていることもあるが、より
大きな理由は、これまでの対ブラジル投資の大半が、所期の効果を上げてい
ない、すなわち儲かっていないからである。欧米企業に比べ日本企業は10 な
いし 20年遅れて出ていったせいもあるが、全般に規模は小さく、94年のブラジ
ル企業上位 500社に入った外資系 143社中、日系はわずか 5社のみである。
またブラジルにある多国籍企業の収益率を93年まで過去10年間を比較して、日本企業は87年までは8カ国の平均以上であったのが、88年以降は平均以下となり、しかもその格差が年々拡大している。
         
ではなぜ儲からないか? といえば、近年については、日本のこれまでの進
出企業の分野が、繊維や造船等どちらかといえばブラジル自身国際競争力が
弱まっている低成長の分野に多く、自動車,化学品,家電,紙パルプ等現在ブ
ラジルで成長著しい有望分野への投資は少ないことが挙げられる。そしてブラ
ジルが、長い自国産業保護の時代から開放経済体制下に入り、民間企業の
大半が合理化・効率化に努めるとともに積極的な設備の更新・拡張によって
国際競争力を高める努力をするようになってきているにもかかわらず、進出企
業の日本の本社の多くは、ブラジル投資先への設備改善や増設、あるいは新
規分野への進出などの新規投資に意欲を持たなかったことの付けが出てきて
いるといっても、あながち誤りではあるまい。
                 
 もちろん、これをもって日本側のブラジルへの認識不足や決断力のなさに、
すべての原因があるのは正しくない。日本の経営者が80年代以降、ブラジル
への投資を避けてきたのは、ひとえにブラジルの経済と政策が予想を超えて
振れていたからである。それはまっとうな経営計画の立案と実行を不可能に
し、投資回収の可否を見通せなくする。高インフレ下での価値修正制度によっ
て、経済活動の隅々までシステム化された独特のインフレ会計は、日本にい
る経理担当者の想像力をもってしては、とうてい理解出来ないものである。
ブラジルの経営者でも判断に苦しむといわれるが、投資会社が儲かっている
のか、あるいは損をしているのかが判らない時に、新規の送金を求められて、日本本社の中では通るものではない。
      
経済調整策という名の、性懲りなく繰り返される経済理論の一大実験的ショ
ック策は、コストや販売価格の計画を一朝にして覆してしまい、あまつさえ経済
活動を無視した一律資産凍結まで試みられると、もはやブラジルでの新たな
事業展開は検討の余地さえないということになる。こういった変化への即応と
いう点では、日本型の総意一致の経営方式はもともと動きが鈍い。現地から
の要請があって、本社が時間をかけて検討し、承認したころにはタイミングを
失しており、状況は次の展開をしていることがしばしばあったのである。



政策変更 ―彼我のいい分とその背景

これまでの抜き打ち,強権的な経済調整政策と異なり、レアル・プラン実施に
際しては、インフレ指数や通貨、為替の段階的変更をあらかじめ公表し、その
スケジュールに沿って実施してきたカルドーゾ政権の下でも、政策の急激な変
更と一貫性のなさという点に関しては、改まっていないといわれる事例があっ
た。メキシコの通貨危機の余波を受け、輸入増大の大きな要因の一つになっ
ていた自動車の輸入関税を、95年 2月と 3月に大幅に引き上げたのであ
る。90年 7月に85%であった自動車関税を、段階的に 4年間かけて94年10月
にはついに20%までに下げたばかりであったのを、95年 2月に32%に上げ、
それでも輸入の勢いが止まらないとみるや、3月に一気に70%まで再び引き
上げを断行した。市場開放の進展を誇ってきたブラジルにとって大きなマイナ
スではあったが、貿易赤字の急激な拡大に危機感を抱き、インフレ抑制のた
め輸入価格を上げぬよう意識的に行ってきたレアル高政策の見直しとともに、
あえて踏み切ったものである。

当然のことながら、この措置を指して、為替や貿易政策の短期間の変更は、
「ブラジルはやはり信用できないという印象を与え、好ましくない。政策の一貫
性は極めて重要である。」との批判が多くあった。しかしこれについては、商工
相は、この自動車輸入税の頻繁な上げ下げを例に、政策が安易に変更され
るようでは投資できないという日本からの進出企業首脳の指摘に答えて、「ま
ず物価安定、次に貿易収支の均衡が優先事項であり、その目的が脅かされ
るならば、いつでも政策を変更するし、不満を引き起こすような厳しい施策の
採用も辞さない。」と言い切り、「ブラジル経済は過渡期にあり、物価安定を確
立するまで長い道程が残されている、という認識に立って経済を運営する。事
態が悪化する前に、予防的な施策を採用する。過渡期である以上は、投資誘
致の観点では望ましいことではないが、国内外の情勢と必要に応じて政策を
変更することも辞さない。」と明言している。

この自動車輸入関税の変更は、物価安定を産業政策より優先させたという
だけの単純な問題ではない。ブラジリアにいてマクロ経済を見ているだけの官
僚に、産業界の考え方や国際ビジネス界の反応は分からないからだと、突き
放した意見もあるが、国際社会での信用より国内事情を優先させる癖がなお
っていない、あるいは本音ベースではいまだに過去の内国産業保護政策の残
像が消えていない証拠とみる方が正確かもしれない。

政治的要素を重視するなら、現政府部内で、マラン蔵相を中心とする大蔵
省,中銀グループは、物価安定を最優先し、そのため輸入自由化と関税引き
下げとともに自国通貨高に誘導しており、他方セーラ企画相を代表としサンパ
ウロ産業界をバックとするグループは、輸入自由化や関税引き下げは、国内
産業の体力を考えテンポを落とすべきで、為替も輸出競争力を維持するよう
切り下げていくことを主張し、対立があることは周知の事実なので、今回は企
画相グループがメキシコ通貨危機を契機に押し切ったとみえる。

さらに穿った分析をすると、この措置で利益を受けたのは国内自動車メーカ
ーで、損をしたのは自由化で急速に取り扱い量を伸ばしてきた輸入車販売業
者と、大衆車の組み立て・輸入でこのところ急激にシェアを拡大してきたアウト
サイダー的動きの目立つフィアット社であるところから、先発既存企業のロビ
ー活動の成果とみる向きもある。そうだとすれば、今回もまた欧米系企業は議
会・政府内の勢力や動向などの情報を把握してロビー活動を行い、自己に有
利な政策を採らせた訳であり、この点日本企業は、投資先の経済界や政界へ
の食い込みに欠け、影響力の行使どころか、情報把握が後手後手になる弱
点をもっていることをあらためて認識させた例となる。



コース料理か、アルカルトか? アジア投資との違い

日本企業が、過去の経験による先入観を排し、単に設備,部品,半製品を
輸出し、資源あるいは製品を輸入するというこれまでのパターンではなく、現地
での事業を拡大し、それを基地として世界の他地域、ことにメルコスールなど
の共同市場化の動きを活用して、中南米諸国との取り引きを拡大するという
戦略をもてば、ブラジルへの投資は今が好機である。

しかしかかる意図をもったとしても、投資先の選択肢としてはアジアがあり、
欧米や大洋州もあって、それぞれ熱心に誘致している。ブラジルとて例外では
なく、昨今少なからぬ州が日本に投資勧誘ミッションを送り込んできている。だ
がこの投資の“お見合い”には、まだ双方の考え方に大きなギャップがある。
ブラジルは、近年内外資の差別を撤廃し、進出すれば自由に競争ができるよ
うになった。これをもってブラジル政府は外資のインセンティブと考えている。
それ以上の、例えば税制優遇などのインセンティブは、投資計画の概要と投
資規模を示し、立地候補の州政府等と交渉し獲得することになる。

しかし、アジアや欧米などであらかじめインセンティブ・メニューの提示を受け
ることに慣れた日本企業の担当者にとっては、投資計画のアウトラインを先に
出してからネゴによってインセンティブを獲得する方法では、日本のボトムアッ
プと、彼らのトップダウンの思考プロセスの違いも絡み、社内の説得に苦労
し、話しは一向に進展しない。こういった差異について、まず互いに理解しなけ
ればならないが、日本企業がためらっている間も、欧米資本は巧みなネゴに
よって、着々と有利な条件を獲得し、果敢に進出していっているのである。



【原掲載誌】
月刊国際ビジネス情報誌『ジェトロセンサー』 日本貿易振興会(JETRO)
発行 1996年2月号

【執筆者プロフィール】
さくらい としひろ
海外経済協力基金(OECF)のラテンアメリカ事務所(在リマ)首席駐在員
等を経て、ブラジルで植林とパルプ製造合弁事業を経営する日伯紙パルプ
鰍ノ出向、現在同社の取締役・企画調査部長。
主要論文「レアル・プランをめぐるブラジルの政治経済」『開発援助研究』
1995年3月 OECF ほか、ブラジル経済やリオ・ドセ社民営化等に関する評論
多数。




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