【研究ノート】   


急展開するブラジルの産業再編とポスト民営化

  ― 民営化されたリオ・ドセ社と製鉄統合の動き ―


      
桜 井 敏 浩


       
はじめに

 ブラジルは1990年代に入って開放経済体制に移行したが、現在なお様々な懸案が積み残されている。その中で、1985年の民政移管まで21年間にわたる軍政時代に発展してきた経済システムを再構築するという課題が、ブラジル経済の様々な分野に残存している。

 軍政下では経済発展を急いだため、国家主導の開発政策を採り、国営企業主導の産業構造になった。特に経済インフラストラクチャーや基幹産業の多くは、国営・州営企業や公社公団などの公営が大きな割合を占め、産業部門への融資の多くも、公営金融機関に大きく依存していた。しかしながら、これら公営企業の多くは、経営効率が低く、財政資金による赤字の垂れ流しに対する補填が、ハイパーインフレ大きな原因の一つになっていた。

 同様な問題を抱えるラテンアメリカ諸国においては、1980年代後半からチリ、アルゼンチン、メキシコ等をはじめとして、公営企業の民営化の動きが顕著になってきたが、ブラジルにおいてはやや遅れて、コーロル政権で始動し、カルドーゾ政権になってから、本格的な民営化の進展がみられるようになってきた。国営製鉄にはじまり、鉱山、鉄道、通信、電力と行われてきた民営化は、地域電力と州立銀行等が今年にも予定され、いずれは踏み込むであろうブラジル石油公社(Petrobras)を残して、めぼしいものの多くは完了することになる。

 しかしながら、単に公営企業を民間に売却しただけでは、民営化の完成を意味しない。ポスト民営化の課題として、公共的なサービスについては、社会福祉や産業育成等の政策目的との調整や、新たな独占体制によるサービスの低下や料金引き上げ等をどう防ぐかなどの問題がある。また基幹産業等においては、一応は民営化されたものの、資本や経営体制・経営戦略の方向付けが確たるものになっておらず、いわば過渡期にあるがゆえの課題が残されているからである。

ブラジルはラテンアメリカでは、メキシコとならんで広い分野にわたる産業群を持っている。軍政時代の積極的な産業振興によって、ほとんどすべての分野を揃えるに至ったが、それは輸入代替産業育成策や外資の参入や輸入制限による国内産業の保護に守られてのものだった。国際競争力を身につけることなく安住してきた企業群は、長く続いた閉鎖経済によって存続し得たが、経済自由政策への移行による輸入自由化と関税引き下げによる輸入品急増と、1995年の憲法改定による内外資の差別撤廃で一層進出に勢いがついた外資系企業との競争にさらされることになった。国際的にはあまりに規模が小さく、効率性を欠き、技術に後れをとった企業は次々に倒産し、あるいは外資やより大きな資本に買収されていった。いまブラジルでは、企業の存続を賭けての競争と企業統合、産業再編の動きが活発になっている。

これら民営化の進展と産業再編の急速な進展は、1990年代前半までのブラジルのイメージと大きく変わってきている。本稿はこの2つの観点から、鉱業コングロマリットのリオ・ドセ社の民営化と、そのリオ・ドセ社との株式持ち合い関係も絡んだ製鉄産業の再編を例に、最近のブラジルの産業にみられる大きな転換の動きの一端を紹介したい。

民営化の進展

 1991年の国営製鉄所から始まったブラジルの民営化は、97年5月のリオ・ドセ社の売却を契機に、本格的展開をみせた。リオ・ドセ社(CVRD)は、鉄鉱石輸出を主業務に、鉄鉱石からペレット、ボーキサイトからアルミナを経てアルミ地金製造など、各種の鉱物採掘とその半加工品の製造、イタビラ(ミナス・ジェライス州)とカラジャス(パラ州)の2大鉄鉱山から専用港までの社有鉄道と海上輸送のロジスティックス、沿線での植林事業やその利用を目的とした紙パルプ製造など、多岐にわたる事業を展開する一大コングロマリットである。

 国営企業の中では経営状態もよく、国際的なビジネス展開も進んでいた CVRD をあえて民営化対象にもってきたのは、ブラジル最大の鉱山会社とはいえ、世界の大手鉱山会社に比べれば未だ競争力は弱い CVRD に、民間の効率経営を導入することを期待してのことだったが、本音は財政再建策の一つとして、これを高値で売却し、その後の民営化に弾みをつけよういうのがカルドーゾ政権の戦略であった。それと前後して連邦鉄道が分割競売にかけられ、今後のブラジルの内陸ロジスティックス網構築戦争のきっかけとなった。また携帯電話を含む通信の地域別入札には、スペイン、イタリア、米国、日本など、世界各国から応札者が殺到し、ラテンアメリカの通信市場争奪の一環としての熾烈な競争となった。現在なお進行中の電力の民営化もまた同様の展開となろう。

リオ・ドセ社の民営化

 CVRD の民営化は、国庫が保有する株のうち、経営審議会メンバーの選出権のある普通株の42%を一括して落札者に売却し、経営権を握らせようとするもので、応札したのは、2つのコンソーシアムであった。一つはブラジル有数の民間企業グループである Votorantim が主導し、南アフリカの大手鉱業会社 Anglo American と日本グループ(CVRD 鉄鉱石の約20%を長期契約で輸入している新日鉄等の製鉄会社、および日商岩井等の関係商社で構成)等で組成したコンソーシアム、対するは民営化時に自身が Vicunha をはじめとするグループに落札されて民間企業化していたナショナル製鉄(CSN)をリーダーとし、いくつかの金融機関や投資ファンドが参加したコンソーシアムの一騎打ちとなった。結果は後者の Valepar グループが、1株32レアル(当時の交換率で30.1米ドル)、総額33.3億レアル(31.4億ドル)という高値で落札した。Valepar にはブラジル銀行年金基金(Previ)等の4大年金基金、背後にはブラジル民間銀行第一位の Bradesco や米国の Nations Bank(その後 Bank of America と合併)等の銀行、その他国際的な大投機家ジョージ・ソロス氏が関与する投資ファンドも加わっていた。

この Valepar グループを率いているのは、繊維関係で財を成した Vicunha という企業グループのオーナー一族の一人、ベンジャミン・スタインブルック氏、当時43歳である。この一大買収劇までは、そう知られた存在ではなかったが、製鉄民営化の際に CSNを買収して、Vicunha の投資多角化に乗り出していた。今度は一気に CVRD という巨大企業の経営権を手に入れたのだが、 CSN も CVRD も自己資金は大きなシェアを占めることなく、内外の金融資本や投資ファンドの資金を集めて買収したのである。このような手法で事業を買収するという投資家は、1990年代前半までのブラジルにはみられなかったので、新たなタイプの経営者として一気に脚光をあびた。海外の金融・投資資本をも引き入れ、米国流の企業買収手法を感じさせるやり方は、ブラジル経済がグローバル化に踏み出したことを思わせるものだった。CSNの経営審議会議長を務めるスタインブルック氏は、Valepar と CVRD の経営審議会議長をも兼任した。しかも、その下にはしばらくは専任社長を置かず、広く人材を外部からも雇い入れて、部門担当責任者に当て、彼らを直接指揮して経営にあたり、短期間に効率性を上げるという姿勢は、従来の国営企業経営からの大きな転換となった。

CVRD の経営指標は、実質半年の関与にすぎない1997年度から早くも好転し始め、98年度、99年度も引き続き史上空前の好決算を実現した。鉄鉱石の国際市場での価格の上昇や、99年1月のレアルの大幅切り下げといった外部要因もあったが、国営時代のしがらみから脱却して、大幅な人員削減や下請け契約の見直しなどによるところが大きかったのである。

「2段階の民営化」

 この金融資本や投資ファンドを主体にした Valepar グループが、民営化買収の後 CVRDの事業経営を効率化して、大幅な利益を上げる実績を示したことは、一見民営化したがゆえの成功例と見られるが、ここで想起すべきは、国営製鉄所8社の民営化後の推移である。1991年のウジミナス製鉄に始まった一連の民営化で、落札者の中では Bozano Simonsen 等の金融資本が大きな割合を占めた。それらは直ちに外部から有能な経営者を入れて、人員削減等合理化策を推進し、それまでの赤字体質から短期間に脱却して、数年で黒字基調の経営に転換させた。それを好感して株価が上昇したところで、これら金融資本は株式を売却し、大きなキャピタル・ゲインを獲得して身を退くという経緯が見られた。製鉄各社は、その後新たな株主の下で中長期的視点に立った設備投資や、さらなる地道な合理化などを行い、経営基盤を固めてきたというのが実態である。

 この次なるステップを「第2の民営化」と名付ければ、CVRD の買収者もこれを踏襲するものである可能性は極めて高い(注)。ただし、いくつかの予想外の要因を含む“障碍”によって、本稿執筆時現在では、未だValeparグループの一部にせよ(すべての構成メンバーが、かかる動機で参加したのではない)、売却に成功した者はいない。それは、第1にブラジル政府が製鉄民営化後のかかる事態を教訓に、 CVRD 民営化条件の中で最初の2年間は落札コンソーシアム(Valepar)メンバー相互以外の株式売却禁止を、5年間はコンソーシアムとしての全株保有を義務づけるといる防止策を採ったこと、第2に Valeparグループの CVRD 経営戦略の方向が、一向に見えてこないことから株価が低迷し、買価を上回る上昇を示したことはこれまでないこと、第3にアジアやロシアに関わる通貨危機があり、ついに1999年1月にはブラジル自身の通貨危機で大幅切り下げに追い込まれたため、ドルで見た株価はさらに低迷していることが挙げられる。Valepar 構成者の購入資金の少なからざる部分は、外貨建て借り入れないし外国からの投資資金と見られるところ、とても落札価格の30.1ドルに届かない(これまでの最高価格は26.7ドル)状況では、売るに売れないとみられるからである。

 しかもスタインブルック体制は、出身母体の Vicunha グループの積極的な多角化投資が期待した利益を上げられず、CSN買収等にかかった資金の債務が重圧になってきたこと、CSN の経営も最近は必ずしも順調でないことから、少なくとも CVRD においては遠からず終焉が予想されている。Valeparグループの株主の中で Bradesco が表に出てきて、Previ とともに発言力を強め、CVRD の経営審議会の主導権に変化が起きている。CVRD においても、いよいよ「第2段階の民営化」に向けての蠢動が始まったと見てよいだろう。

産業再編の加速化

ブラジルの一連の民営化への参加に加えて、世界戦略の一環として、ブラジルの将来性に賭ける外国からの直接投資の増大は、ブラジルの産業構造を大きく変化させている。開放経済体制以降後、急増する輸入品との競争にさらされるようになった産業分野だけに留まらず、内外資差別撤廃の憲法改定もあって急激に増えた外資の直接投資も関わって、1990年代後半以降、産業の各分野で企業統廃合が凄まじい勢いで進展している。顕著な例としては自動車部品産業があげられる。大幅な拡大が予想されるブラジルおよびメルコスール市場を狙って、13社もの世界各国の有力自動車メーカーが進出してきた自動車産業界では、従来の閉鎖市場で生きてこられた地場メーカーのほとんどは、いまや外資に買収され、あるいは競争に敗れて廃業に追い込まれてしまった。

 製鉄産業も厳しい展望下にある。原料の鉄鉱石が無尽蔵にあり、そのコストも安く、成長著しいブラジルの製鉄産業も、最大の CSN 以下ブラジルの粗鋼生産の70%を占める上位5社を合わせても、韓国や日本のトップメーカー1社に及ばないほど、世界の格差は大きい。しかし年産300万台にのぼる自動車生産能力をもつ有望鋼材市場に、欧州や日本の製鉄メーカーが目をつけ、合弁事業の設立や既存企業の買収に取りかかっている。規模の拡大を狙った企業統合やグループ化の動きも活発である。新日鉄ほかの日本ウジミナスが18.5%の株式を保有するウジミナス、川崎製鉄が20.5%参加するツバロン製鉄(CST)、フランスの大手製鉄会社 Usinor が支配権を手に入れた特殊鋼メーカーで、CST最大株主でもある Acesita など、すでにいくつかの企業には外資が入っている。今後各社が規模の拡大を図って国際的に生き残れる競争力をつけていこうとすれば、企業統合は急がなくてはならない。親会社にあたる Vicunha の債務問題から、同社が保有する CSN 株を手放す可能性が大きいとして、ドイツのTyssen やルクセンブルグの Arbed という、国際的にも有数の製鉄企業が買収に名乗りをあげ、それに対抗して数少ない内資メーカー Gerdau が買うかという報道が飛び交った。この CSN をはじめとするブラジルの製鉄再編は、今後様々な内外の登場者が駆け引きを競うことによって紆余曲折を見せながら進展していこう。
    

製鉄再編に関わる問題

もとより製鉄会社の国際競争力は、企業統合で設備規模を大きくすれば強くなるというものではない。規模の小さな旧式の高炉を何本も保有しても、大規模な新技術による高炉1本の方が遙かに効率がよいことから、簡単に企業同士を付けても合併効果はしれているが、そういった業界本来の課題以外に、これら製鉄再編を難しくしている問題がある。

 一つは、CVRD を軸にした製鉄企業株の相互持ち合い関係の解消である。製鉄所民営化の過程で、ブラジルでは恒常的に中長期投資資金が不足していることから、当時国営であった CVRD がブラジル鉄鋼公社(Siderbras。その後廃止)に対する不良債権処理もかねていくつかの製鉄株を購入し、現在に至るもそれら企業の株主であり続けていることが、事態を複雑にしている。最大最強の原料供給者が、そのユーザーである製鉄所の株主であること自体、好ましいとはいえないが、さらに CVRD は CSNの10.3%の株主であると同時に、CSN は CVRD の経営権を持つ Valepar の31%の株主であり、両社の経営審議会議長はスタインブルック氏が務めているというので、健全な競争を妨げるとの批判が絶えない。

 このほか CVRD はウジミナスの株主でもあり、CST の子会社 California Steel では川崎製鉄と折半出資している状況にありながら、その親会社ともいえる CSNが、ウジミナスや CST と製鉄産業の覇権を争う関係にあるといった具合に、錯綜している。ブラジル政府と国家経済社会開発銀行(BNDES)は、まずは CVRD の製鉄持ち株の整理、なかんずくCSN の CVRD 支配体制を解消させるべく、圧力を加えたり政策融資等をちらつかせたりしているが、スタインブルック氏の CSN および CVRD の経営トップとしての去就が絡んで、展開が注目されている。
         

結局はリオ・ドセ問題に

 二つには、問題というには明白な形では表面化しておらず、政府・BNDESは建前としても明言を避けているが、外資の参入をどこまで認めるかという、ナショナリズムに関わる意向である。Vicunha の保有する CSN 株を手に入れるべく、水面下で欧州2社との交渉が進んでいた時も、内資で有力視された Gerdau は他の投資との関係で資金負担能力が足りないと目されていたにもかかわらず、内資であるがゆえに BNDES の融資が付与されて買うことになろうとの記事が、根強く繰り返された。製鉄業ではすでに多くの企業に外資が入っており、今さら CSN だけを阻止する状況にはないので、これはむしろ地下資源採掘というナショナリズムに触れやすい、CVRD という企業への外資の経営権保有を警戒しての議論であることは明らかである。むしろ CSN が CVRD の経営権を保有していることを解消し、同時に CVRD の製鉄株保持もやめさせて製鉄再編を促進し、あわせ CVRD 経営を内資主導で維持するというのが真意とみられ、事実その実現のため、ブラジル政府・BNDESやPrevi、Bradesco等関係者による模索が行われていると見られる。
     

産業再編の行方

 これまでブラジル産業界に起きつつある事象を、民営化されたリオ・ドセ社と、現在進行中の製鉄分野での産業再編の具体的な動きを例に説明してきた。これらの状況をみて強く印象づけられるは、ブラジルの産業が想像以上に、世界経済のいわゆるグローバル化の動きの影響を受けていることである。資本は有利な投資対象を求めて、国境を越えて自由に出入りし、多国籍企業は地球規模での拠点づくりの一環として、南米市場の将来性を見据え、その要であるブラジルを組み込みつつある。これらの動きの対象は、CVRD や製鉄産業だけに留まらず、ブラジルの産業の多くの分野で大なり小なり見られる現象である。
        
 翻って日本とブラジルとの経済関係を振り返ると、1970年代の「ブラジルの奇跡」時代に、我も我もと進出した投資ブームの後、対外債務問題と高インフレに象徴されるブラジルの1980年代の「失われた10年」があって失望してしまい、その後はバブル経済の破綻と軟着陸策の失敗で、今度は自身が「失われた10年」を無為に過ごすことになって、日本企業は長くブラジルの産業への関心を失っていた。その間、特にこの5年ほどの短い期間に、ブラジルは急速に変わろうとしていることに、日本の多くの人は気がついていないように思われる。ブラジルの民営化は日本のそれより徹底して、国際的な参入者を交えて行われており、多くの産業分野で行われつつある再編は、はるかに世界経済の変容に直結していて、ブラジルの産業界は、すべてとはいわないまでも、いわゆるグローバル化という意味では、日本より相当先行しているように思えてならない。

   

注: 『ラテン・アメリカ時報』(ラテン・アメリカ協会発行)掲載 「ブラジル民営化後一年リオ・ドセ社の動向」 1998年7月号 30頁、ならびに「ブラジル 民営化と産業再編 ―リオ・ドセ社の動向を中心に」 1999年10月号 14頁 の拙論参照。 

    

〔さくらい としひろ 日本アマゾンアルミニウム鰹務 5月26日記〕

【“Encontros Lusófonos”第2号 2000年6月 上智大学
  ポルトガル・ブラジル研究センター発行研究誌】



back.gif (883 バイト) 【桜井コーナー】【経済評論コーナー】【ホーム