日本ブラジル経済合同委員会と我が国の対伯経済関係の再構築


    桜 井 敏 浩


                                  

1.サンパウロ会合

「第9回日本ブラジル経済合同委員会」が、11月7日にサンパウロで開催された。会議は10月に経団連と全国工業連盟(CNI)が公表した「『21世紀に向けた日伯同盟』構築のための 共同報告書」に沿って進められた。この報告書は、日本側は経済団体連合会、ブラジル側はCNIそれぞれによる提言を基にまとめられたものである。(「共同報告書」は、経団連のホームページに、全文が紹介されている。)
  
 討議では、日伯経済関係強化のための戦略として、相互の情報欠如を改め、互いの理解を深めることの重要性,ブラジル・コスト削減の必要性等率直な指摘があり、日本とメルコスールとの自由貿易協定の締結等踏み込んだ意見表明もみられた。今後の関係強化の有望分野として、日本側が石油関連,電力等インフラ部門や情報通信サービスへの投融資、事業参加に関心を示したのに対し、ブラジル側は農産品や工業製品、天然資源の対日輸出拡大への強い期待を表明した。さらに日本企業のメルコスールでの新たな機会創設に際してのブラジルの役割、ブラジルとメルコスールがアジアへの輸出を拡大する際の日本の役割に留意し、地域の視点から新たな経済戦略を構築する必要があることの一致をみた。また日本からの投資や、ブラジルからの輸出に対し、金融面での制度的支援が必要であることが強調された。
     
 閉会にあたって、ブラジルにおける輸出拡大を目的としたワーキング・グループの設置、年1回の合同委員会の中間時点における少人数の双方代表による運営委員会開催を検討することなどを盛り込んだ共同コミュニケを採択した。翌8日、日本側の主要メンバーはブラジリアへ行き、カルドーゾ大統領、タヴァーレス企画予算管理相、トゥリニョ鉱山エネルギー相を表敬した。大統領は、今後は両国政府支援の下、民間主導で経済関係強化が図られるべきことを強調し、「多年度計画(アバンサ・ブラジル)」に代表されるインフラ整備
やIT分野への日本からの投資と人材受け入れを歓迎すると述べた。

    

2.期待されていない? 日本
    
 参加者は日本側約100名、ブラジル側約160名の多数を数えたが、双方に日本の進出企業や日系企業等関係者の現地参加が多く含まれ、日本から出かけた参加者は35名、ラジル側も大手企業の参加者は多くなく、予定されていた主要閣僚のスピーチもタピアス開発・商工相だけに留った。室伏稔日本ブラジル経済合同委員会委員長(伊藤忠商事会長)や経団連の事務局、CNIの関係者の尽力にもかかわらず、日本の対伯投資の減少や両国互いに貿易相手国としてのシェア低下が示すように、双方の関心が高いといえるものではなかった。
  
 その一端は、「共同報告書」の基になった経団連のまとめた提言と、CNIのまとめた提言において、両者の関心がかみ合わなかったことから、ある程度予想されていた。日本側提言は、ブラジル経済界や政府への問題の指摘や提案もさることながら、ここ数年来のブラジル経済、産業の劇的な変容に対する認識が不十分な日本企業のトップへの啓蒙も意図され、ブラジル経済がレアル・プラン導入によりインフレを克服し、経済開放を徹底し、通貨調整後短時日のうちに市場の信任を回復し、世界で最も魅力ある投資対象国に転身したこと、先進国の対ブラジル投資収益率が高いことが示しているように、日本企業の儲からないという認識は誤りであることなどを指摘し、何とかブラジルでの投資シェアの低下傾向をくい止めようとする危機感が根底にあった。しかしCNIから出された提言は、欧米諸国より順調に入ってくる投資を日本にも期待するというよりは、日本への輸出拡大の期待はあるがその対応方法が判らず、日本市場の閉鎖性を強調するのみで、その打開のために日本商社や進出企業にひたすらに頼ろうとしていることが目立ったのである。
  
 日本の対ブラジル直接投資は、1995年までの残高で26.6億米ドル、国別では4位で6.3%を占めていたが、99年の日本からの投資(伯中銀届け出ベース)では2.7億ドルで、国別では14位、わずか 1%にすぎず、日本はもはや上位には入らない「その他」の国になっていて、ブラジル経済界の大勢としてはかつての期待感はない。またブラジルとして、メルコスールとしてアジアとの貿易拡大を図っているが、かつてのように日本が主とは考えておらず、中国、韓国、台湾、シンガポールなどに期待と関心をもっている。これらを反映してか、会議についてのマスコミ報道は日経新聞に開催の事実を伝える短い記事が出ただけ、ブラジルの全国紙も1経済紙が、日伯主要講演者の指摘を紹介しているものの、伯アグリビジネス会社の会長からなされた、日本の食品輸入障壁がブラジルの対日輸出を妨げているとして、特に精糖に対する関税が不合理であるという一方的主張が印象に残る記事であった。

  

3.百聞は一見に如かず
     
 この会議の機会を利用して、日本側が伯産業の現状を正確に認識することが重要との見地から、工場等の見学が行われた。サンパウロ近郊の航空機メーカー、エンブラエール社の工場を見た一行は、ブラジルにこのような高度先端技術があり、川崎重工業を含む世界各国のメーカーに生産させたコンポーネントを、最新鋭のコミューター機に組み立てて、全世界にさかんに輸出していることに目をみはった。同社は1994年に民営化され、恒常的に赤字を出していた国営企業から、短期間に世界4位の航空機メーカー、伯最大の輸出額を誇る企業に成長し、現在なお極めて大きな受注残をかかえている。同社の目覚ましい経営改善の実績に、一同は強い感銘を受けた。

 またサンパウロの南隣り、パラナ州の州都クリチバ市訪問の機会も設けられたが、日系人の多いパラナ州の同市は、環境保全や市内バス網交通の整備等で世界的なモデル都市と評されている。日本企業もパラナ州全体では11社、同市にはグローバル・テレコム,古河電工等4社が進出し、近くルノー工場に隣接して日産自動車がピックアップ車の製造を開始する。伯ルノーのプレゼンテーションが、ブラジル一カ国の市場を狙ったものでなく、メルコスール市場の発展にともなって、その中で将来順次シェアーを高めていくことを意図して進出してきた点を強調し、日本企業にはなかなか見られないビジョンを展開していたのが印象に残った。州・市ともメルコスールへの地理的重要性を強調し、ブラジル国内では治安も相対的には良好で、投資環境の整っていることを熱心に説明し、日本からの企業進出を強く勧誘している。

     

4.これまでの「失敗の研究」を
        
これまで本会議に限らず、レアル・プラン後のブラジル経済の安定化にともない、“永遠なる未来の国”がいよいよ21世紀初頭にも実際に大きな発展を成し遂げようとする国に変わろうとしている。閉鎖的だった経済を開放し、公営企業の民営化を進め、憲法から内外資差別容認の規定を削除し、自由競争を保証して外資の参入を呼びかけている。メルコスールの拡大も予想されるとして、ビジネス・チャンス到来と見た欧米諸国が活発に投資を進めていることから、日本の対応の遅れを警告する声が両国関係者から声が上がっている。
  
 しかし、1980年代から90年代前半にかけて、累積債務問題やハイパーインフレのイメージを今もなお引きずり、進出企業が度重なるショック政策や為替の切り下げで大きく損をしたという印象が強い日本の経済界は、市場が自由化されたのでビジネス・チャンスがあるといわれただけでは出ていかない。アジアの一部の国々に比べれば、民族や宗教紛争、特定の政党・軍部の支配という不安定要因がなく、民主主義がはるかに浸透しているブラジルのカントリーリスクは、相対的に小さいとみてよいが、それでも日本の投資の大半は依然アジア諸国に向かっている。この方向を変えるには、ブラジル投資での成功例―儲かっているという実例を示すことが何より説得力をもつ。それにはこれまでの「失敗原因」を、ブラジル側のせいにするのではなく、その原因を冷静に分析し、今度は最大限失敗を避けた態勢、対応で臨むしかない。
  
 これについてはすでに日本企業の進出が、@社員による浅い調査だけで進出を決め、A「小さく生んで大きく育てる」発想から初期投資を必要最小限に抑え、B単体で自社製品の生産だけの進出を行い、C工場は新設することを好み、既存企業の買収はあまりしない、D現地要職は日本からの派遣員が占め、本社が直接管理し、Eカントリーリスクや為替差損には短期的な反応を示す割には、F事態の急変への対処はとかく遅い、などの特色があり、これらがしばしば失敗の原因になっていることが指摘されている。欧米の投資が、@専門コンサルタントや調査会社に、徹底的にマーケットの成長性とそれに合った進出方法を調べさせ、A一気にマーケットシェアを獲得するために、緒戦こそ大規模投資を行い、B物作りに加えて消費者金融会社も出すなど、どこかで常に収益を上げられる構成にする、C既存工場の買収やM&Aを果敢に行い、D現地法人に大幅な権限委譲をし、派遣者は要のポストに留め、しかも駐在年限を長くして経験・知識・人脈を積ませる、トップを含め優秀なブラジル人を要職に登用する、E格付け機関的な短期的カントーリスクに惑わされず、長期的視点で儲けようとするが、F危機管理への対応は迅速で、必要ならすぐに専門の一流弁護士を動員して対策を実施するなど徹底的、というのと対照的である。(伯デロイト・トーシュ・トーマツ鈴木孝憲氏に拠る。)
   

5.21世紀に向けての期待
  
 今回の「日本ブラジル経済合同委員会」は、これだけ日本企業が萎縮している逆境の中で、従来のこの種の会合になかった説得力をもつ提言が経団連から出され、会議も何とかお祭りに終わらせないよう、具体的な方向付けを打ち出すべく精一杯の議論をしようとしたことは評価出来よう。後はこれらが着実に実行され、目に見える成果を生み出すことである。
   
 日本企業は、早急に世界規模での生産、流通、販売拠点網の構築に取りかかり、その中でブラジルを位置付け、グローバルな事業展開戦略を実施していく必要がある。民営化事業への参加は、我が国の民営化が中南米諸国のそれに比べると不徹底で、公共事業運営の経験が民間に不足しているなどのハンディがあるので、手慣れた欧米企業や現地資本と組み、長期的視野をもって本腰を入れた資本と人材の投入が不可欠と思われる。例えば当初金融等資本に落札された民営化企業の転売が近々始まると予想される(いわゆる第2段階の民営化後の動き―注)ところから、この機会に事業参加を図ることも出遅れを挽回する有効な策である。国際協力銀行(JBIC)が、民営化関連のほか、ペトロブラス(ブラジル石油公社)の石油開発事業やブラジル経済社会開発銀行(BNDES)の社会インフラ融資、その他旺盛な資金需要に対応した対伯融資を、積極的に行おうとしているのは心強い。

 大企業がこれからブラジルで製造業や流通業、資源開発に取りかかるには、すでにグローバルな視点からブラジルへ布石を打っている欧米企業との激突は覚悟しなければならないが、ブラジルの市場は広く成長段階にあり、またブラジルを拠点にしたメルコスールや欧米市場へのアクセスの優位性が大きいので、ビジネスチャンスは欧米企業にすでに押さえられていると見るのは早計である。特に得意な技術や製品をもった中小企業には、まだまだ随所にニッチが多数あり、高収益を得られる事業を展開出来る余地が大きい。
  

 (注)拙論「ブラジル 民営化後一年リオ・ドセ社の動向」 『ラテン・アメリカ時報』
     1998年7月号 30〜31頁参照。

 



         (さくらい としひろ 日本アマゾンアルミニウム鰹務取締役)

【『ラテン・アメリカ時報』(社)ラテン・アメリカ協会 2000年12月号掲載】


    

 【桜井コーナー】【経済評論コーナー】【ホーム