新たなパートナーシップ構築への模索 

- 第10回日本ブラジル経済合同委員会 -

     桜 井 敏 浩


サンパウロにおいて3月17日に、日本経団連とブラジル全国工業連盟(CNI)との日本ブラジル経済合同委員会が開催され、フルナン開発商工相はじめ政府、産業界の関係者など両国から約260名の参加があった。終日、両国の政治経済情勢の分析、通商戦略と二国間経済関係の展望、ブラジルにおける投資機会とその環境整備、二国間貿易の拡大策についてのスピーチと質疑が行われ、共同コミュニケが採択された。引き続いて日本経団連ミッションはブラジリアへ赴き、ルーラ大統領をはじめ、グシケン大統領府広報長官、農務大臣、予算企画省と鉱山エネルギー省の次官、中銀理事などの要人を訪問し、さらにまた現在ブラジルで輸出拡大の目覚ましい産業の一例として、ミナス・ジェライス州にあるサジア社の大規模な食肉加工工場を見学した。
 

ルーラ新政権の評価

まず背景となる新政権発足直後のブラジル経済の見とおしについて、会議冒頭に大蔵省アピー次官から説明があったが、これに筆者が会合前後に各地で多くの識者と意見交換した結果と総括すると、以下のようにいえよう。

  1. ルーラ政権は、カルドーゾ政権からスムーズに引き継ぎ、経済閣僚等に適切な人材を配するなど予想以上に順調なスタートを切った。このことは、ブラジルの民主政治の定着を示すものとして、高く評価してよい。
  2. 飢餓の撲滅、所得格差是正などの社会政策に重点をおくとしつつも、マクロ経済の改善と輸出の拡大、対外公約の履行を明確に打ち出していることは、国内産業界のみならず、広く国際的にも評価されている。 
     
  3. しかし前政権からの負の引き継ぎというべき、インフレ懸念、高金利や低成長、高い失業率、治安悪化等の問題が山積している。新政権発足後間もないのに、高まるインフレ率への対策として、2度も基本金利引き上げを余儀なくされ、財政政策もIMF寄り過ぎると批判していたカルドーゾ政権のマラン蔵相以上に緊縮を行わざるを得なくなっている。高金利から決別して経済成長を高め、雇用機会を増やし、社会政策を採り上げ実施したいとする大統領選挙中の基本目標とは逆行する事態になっている。しかしそれらはルーラ・PT(労働者党)が政権を取ったからではなく、誰が大統領になっても直面している現在のブラジルの構造的な問題である。
          
     
  4. 現在のルーラ大統領への高い支持率の続いている間に、飢餓撲滅、年金・税制改革等の実績を示し、変革を望んで票を投じた多くの国民の期待に応えなければならない。 
  5. 少数与党の議会での多数確保に苦労しているが、年金・労働法改革といったカルドーゾ政権が試みた施策については、与野党攻守ところを換えたので、かえって現在のルーラ人気が高いうちなら採決の可能性があるとみられるが、むしろこれらの改革によって既得権を削減されるグループの抵抗とともに、従前のPTの支持基盤であった労組連合、MST(土地無し民運動)などの党外の過激派と、依然変革を潔しとしない党内左派からの“身内”の揺さぶりが、当面の懸念材料といえる。 
      
  6. ルーラ政権は前政権以上に、基本的には米国から実現へ向けての日程を突きつけられているFTAAの交渉より前に、EUとのFTA、メルコスール(南米南部共同市場)の強化、輸出競争力の強化を進めたいとしている。
  7. ただ発足後2ヶ月しか経過していない現在、具体的政策はほとんど詰まっていない。PTの人材供給に限界あり、政府・政府機関のトップから下のクラスの実務能力に不安がある(例:電力,石油,開発金融等)。今後の具体的な政策実現に懸念があり、すでに新政権の当面の目玉である飢餓撲滅プログラムの実行段階で露呈している。  

  
低下し続ける日本の対ブラジル投資・貿易

  
今回ブラジル側の論調は、毎年輸出額が増大し、総額では2002年についに対日輸出額を上回った中国の存在感の拡大や、着実にブラジルへの投資を続け拡大している欧州との比較を数字をあげて、この10年余の日本経済低迷によるブラジルからの輸入と対ブラジル投資のシェアの低下を指摘し、奮起を促す点で共通していた。その大きな一因として、投資については欧米がブラジルを有望市場と位置づけているのに対し、日本は資源の供給源とするものが多いこと、ブラジルからの輸入も同様に欧米が附加価値をつけた工業製品を増やしているのに、日本は依然として原料・資源が大きな部分を占めていることが指摘された。
   
これに対してはJETROの柳田サンパウロ・センター所長が、日本の投資であっても米国その他第3国経由であるものが少なからずあり、また日本商社等による欧米等第3国への輸出の貢献、日本企業の中国・アジアへの生産拠点移動にともなうそれらの国々からの輸入増加など、日本の投資や貿易が統計には現れていない部分があるので、過小評価されているとの反論を行った。
  
経済関係緊密化のためには、両国それぞれに障害を乗り越える努力が必要である。ブラジル側に対しいつも真っ先に指摘されるのは、@複雑かつ頻繁に改訂される税制、A硬直化した労働法と割高な労働コスト、雇用・賃金面で残る内外資差別、B輸送等産業基盤の未整備から生じるロジスティックスのコスト高、C治安環境の悪さなど、いわゆる「ブラジル・コスト」の解消であり、これらについては、伊藤忠ブラジル会社の金岡社長が具体的な例をあげて指摘した。一方日本側が改めるべき点としては、農産物等に顕著な非関税障壁の是正や、ブラジルからの輸入品構造が依然として資源・一次産品に偏っているため、低成長をそのまま反映して輸入量が低迷してしまうことなどが挙げられた。
 
これらをどう打開するか、双方のスピーカーから種々提案があったが、その多くは前回2000年11月にサンパウロで開催された第10回合同委員会での『「21世紀に向けた日伯同盟」構築のための共同報告書』に盛り込まれている事項と、概ね軌を一にしている(注1)。

  
早いブラジルの変化

 
しかしながらブラジル経済の変化のスピードは目覚ましく、わずか2年半前にまとめられた『21世紀に向けた報告書』が示した改善案の実践を積み重ねていくというシナリオよりも、実態の方が先に進んでしまった部分が出てきている。例えばブラジルのアジア ― なかんずく中国への輸出の急速な拡大、伝統的な輸出産品である鉄鉱石、紙パルプ、アルミ地金やコーヒー等の農産物以外のアグロインダストリー製品を含む非伝統輸出品の競争力の改善がある。また予想以上に構造改革が手こずり、活力の回復が遅れている日本経済は、経済のグローバル化の中で、欧米や中国等との経済関係を進展させているブラジルからは、何とも歯がゆく見えているに違いない。とはいえ、このことは『21世紀に向けた報告書』の提言が過去のものになったということではなく、それらを推し進めつつ、世界経済の変化の中からいち早く新たなビジネス機会の展開をとらえていくことが、両国経済関係の再活性化を意味するのである。今回17日に採択された「共同コミュニケ」においても、あらためてその継続的な実行取り組みの必要性が認識された。
 

共通の関心 ― FTAとアルコール

この会議で双方の関心が一致したトピックスが2つあった。一つはFTAへの関心である。ブラジルはじめ中米、南米諸国は、米国が主唱するFTAAについて2005年末までに交渉を終了することを迫られている。ブラジルとしては米国ペースで事を進められたくないため、それまでにできるだけメルコスールの強化と拡大を進め、またEUとのFTA交渉を進展させることで、交渉力を強めたいと考えている。特にもともとFTAAに反発してきたPTが政権を取った以上、なおさらである。これに加えてアジアとの通商関係の緊密化も、従来以上に重視してきている。日本と直ちにFTA交渉に入ろうというまで気運が盛り上がっていないにしても、日本がASEAN、韓国、メキシコとのFTA交渉について具体的なスケジュールを描き出してきたことに、ブラジル側も注視していることが明らかになった。
  
オブザーバーとして参加した経済産業省の小林通商政策審議官から、「相互のメリットを総合的に考えて交渉の順を決めており、中南米ではメキシコと今年中の合意をめざして交渉中だが、ブラジルとの関係も重要と認識している。FTAのメリットとデメリットを徹底的に検証する必要がある」との説明があり、また池田駐ブラジル大使からは「日本がブラジルと結ぶか、メルコスールと行うのかで話が違ってくるが、個人としては(農業問題を考慮すれば)二国間の方が克服できるように思う」との指摘があった。また会場のブラジル・トヨタの高坂取締役から「日本とブラジルのFTAが遅れると、日本企業は競争力を失う。具体化を切に希望する」との危機感が表明され、これらを踏まえて共同コミュニケでも、両国の間での FTA 検討のためのスタディ・グループ設置を検討し、両国のビジネス環境の改善、機会の拡大、経済関係の再活性化を目指すことになった。
   
もう一つは自動車燃料へのバイオマス資源の活用である。昨年末に日本政府が「バイオマス・ニッポン総合計画」を閣議決定し、温暖化対策の有力手段として生物資源燃料の利用を促進する方針を打ち出した(2月20日付日経新聞)ことが、従来よりサトウキビからアルコールを作り、自動車燃料として使ってきたブラジルでも大きく伝えられている。中には日本政府がガソリンに 5〜10%のエタノール(無水アルコール)を混合することになったとして、ブラジルがこれを供給すれば10%の場合で年間60億リットルにもなり、ブラジル側の入超が続いている貿易不均衡は解消されるとの、気の早い新聞報道もなされ、ブラジル官民に多大な期待感が強まっていた。多くのブラジル側スピーカーがこの輸出可能性について言及し、共同声明でも「双方は環境問題が新たなビジネス機会として有望であり、具体的な協力の可能性の高い分野として、エタノールが示された」と特記され、翌日会議の模様を報じたブラジルの経済紙2紙は、いずれもこれを主題とし、対日輸出に期待を寄せた。
  

ルーラ大統領の対日観

合同委員会に参加した日本経団連ミッションは、翌18日から19日にかけてブラジリアに政府要人を訪問した。
 
ルーラ大統領からは「政権継承したところで、今は国内の整理期。まず輸出増とインフレ再燃防止、為替の公正なレート維持、国際社会での競争力強化のための改革に注力している」との説明があり、対外経済政策については「FTAAの前にメルコスールを重視している。日本にはアジアと南米・メルコスール関係を深める役割を期待している」として、「これまでの長い日本との関係を活かし、低迷している貿易・投資関係の再活性化を図りたい。エタノールや果実、それに狂牛病汚染と無縁な牛肉の対日輸出を期待している」との具体的な注文も出た。

そのほか、ロドリゲス農務大臣、グシケン大統領府広報長官、ファシャード中銀理事、マシャード予算企画省次官、鉱山エネルギー省トルマスキン次官等、新政府要人への表敬訪問が行われた。
 

早過ぎた開催時期?

ルーラ新政権が発足してわずか2ヶ月半の時期での開催は、その陣容の整備や基本政策立案の状況から見て、時期尚早との危惧があった。また本年2月から7月頃の幅での開催日程案で紆余曲折があった中で、この時期の開催が急に設定されたため、準備期間が著しく短かい会議となった。今回同様サンパウロで前回開催された第9回会議では、事前に双方事務レベルである程度のすり合わせを行い、日本側も経団連のブラジル経済委員会内に企画部会を設け(筆者も参加)、幾度となく検討会を重ねて「21世紀に向けての日本ブラジル関係の構築」提言案をまとめて臨んだ。これに比べると今回は、個別議題のスピーカーが3月に入っても決まらない部分があり、日本側の主張要点の調整、優先順位付けなどの事前調整会合が行われないまま、ほとんどぶっつけで会議に臨むなど、一般参加者レベルからみて会合への準備は不十分であったとしか見えない部分があったことは否めない。

しかしながら17日の会合が十分な質疑・時間を割く余裕がない押せ押せスケジュールであった割には、双方の議論が比較的かみ合い収斂することが出来たといってよいだろう。それはまず双方にある障害除去の必要性をそれぞれが認識し、これからどういう行動を起こすべきかについては、前回合同委員会でまとめられた『「21世紀へ向けた日伯同盟」構築のための共同報告書』が明確に示しており、これが今回会議での双方のコンセンサスとして存在したことが、議論を収斂させる上で大きな役割を果たしたことは確かである。

そしてルーラ新政権に替わって間もない時期で、ブラジル側に日本との関係に期待する風潮があらためて出てきたこと、ブラジル側に米国から迫られているFTAA交渉に対抗するため、メルコスールの結束強化とともに、EU等とのFTA締結への熱意が高まっており、その延長として日本・アジアとの関係緊密化への関心が高まってきていることなどの背景があったためと考えられる。

しかし何といっても今回会議の両国の議論を共通の土俵に上げたのは、FTAへの双方の関心の高まりとともに、折からの報道で大きなビジネス機会として、エタノールの対日輸出の話題が盛り上がったことが、少なからざる役割を果たしたことは間違いない。やはり具体的な両国相互にメリットのあるプロジェクトの存在が、かかる二国間経済委員会の活性化にとって、何よりの特効薬だといえるかもしれない。

  
合同会議の意義

「すべての卵を同じ篭に入れてはならない」、すなわち特定地域にすべての国家運営資金を集中すべきではないという、カナブラーバ駐日大使の指摘は正鵠を得ている。アジア―なかんずく中国一辺倒の投資は、国家のみならず企業にとってもリスクが大きい。政経情勢の変化に翻弄されることもあるとはいえ、民主主義体制の定着したブラジルの政治リスクは常に予測可能範囲にある。また日本経済が回復し、あらためてグローバリゼーションの中で市場対応や生産拠点展開を再考した暁には、アジア・北米・欧州とならぶラテンアメリカでの拠点は、何といってもブラジルが最有力候補となる。 

この合同委員会は久しく途絶えていた後、1999年9月には東京で、2000年11月にはサンパウロで開催されている(注2)。原則として毎年、交互にそれぞれの国で開催しようという了解であったが、今回は引き続いてサンパウロでの開催となった。しかしこの会議の重点が、やはり日本のブラジルへの投資とブラジルからの輸入拡大に重点が置かれている傾向がある以上、日本の経済界の人々が変わりつつあるブラジルの実態を目の当たりして認識を新たにする、“百聞は一見にしかず”効果がきわめて多いことから、連続してのブラジルでの開催は十分意義があると考える。“食わず嫌い”ならぬ、古いイメージでのブラジル敬遠の風潮が、未だに日本の経済界には根強いからである。

これらは筆者が受け止めたポイントをまとめたものであり、すべて個人の見解であって、日本側参加者の意見を集約したものではない。

 

  1. 日本経団連のホームページ中「政策提言/調査報告」2000年分のところに収録 されている。 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2000/053.html

  2. 第9回の模様は、拙稿「日本ブラジル経済合同委員会と我が国の対伯経済関係の再構築」『ラテン・アメリカ時報』 2000年12月号参照。(以下にも収録されている。 http://www.bizpoint.com.br/jp/reports/sakurai/sakurai_index.htm )

  

さくらい としひろ
日本アマゾンアルミニウム

常勤監査役

【『ラテン・アメリカ時報』2003年4月号掲載 (社)ラテン・アメリカ協会発行】


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