経済グローバル化の下でのブラジルの鉄鋼業再編


桜井 敏浩


ブラジル鉄鋼業の概況
   
1990年にコロル政権が策定した「国家民営化プログラム」の一環として、1991〜93年にウジミナスをはじめとする国営の製鉄所が民営化された。その後当初落札した銀行資本の株式売却、外資による買収、国内鉄鋼業間での資本参加により、現在ブラジルの鉄鋼業は、4グループに収斂している。しかしながら、その年産粗鋼生産量は全体で3,300万トン(2004年)、現時点でもっとも大きい CSN(ナショナル製鉄)でも550万トン強に過ぎず、鉄鉱石という原料の立地に恵まれているとはいえ、個々の企業の規模は小さい。そのため、これまでもウジミナスが業界4位のコジッパを93年の民営化時に落札し、CST(ツバロン製鉄)が特殊鋼大手で CST の最大株主であるアセジタを買収した欧州のアルセロールの傘下に組み込まれ、民族資本であるゲルダウが条鋼大手のアソミナスを完全子会社化したように、規模の拡大を目指す動きが出ている。(表1)
  

鉄鋼再編とリオドセ社

このようなブラジル国内の鉄鋼再編事情を複雑にしているのが、いまや世界最大の鉄鉱石輸出企業に成長したリオドセ(CVRD)社の動きである。鉄鋼民営化の過程で、当時のブラジルでは長期資本供給者が少なかったため、ボサノ・シモンセンやウニバンコ等の銀行とともに、CVRD も一部出資した(国営製鉄各社に販売した鉄鉱石代金が鉄鋼公社シデルブラスの債券で支払われ、これを大量に保有していたため、民営化応札代金をかかる公債で支払うことが出来るという制度を利用したという事情もあった)。これは鉄鉱石の販売に有益という一面もあるが、カルドーゾ政権時の1997年に同社自身も民営化されて、民間企業として自由な商取引が出来るようになるにしたがい、原料供給者とそのユーザーの株主が同一ということに批判が出てきた。しかも、民営化後に国内鉄鉱山の買収を進めて寡占体制となり、またミナスジェライス州のイタビラ鉄鉱山とヴィトリア港を結ぶミナス〜ヴィトリア鉄道、パラー州のカラジャス鉄鉱山とマラニョン州都サンルイスを結ぶカラジャス鉄道に加え、連邦鉄道の民営化時に他の路線を買い取って、鉄鉱石とともにロジスティックス分野も中核事業と位置づけて、運輸面でも支配力を拡げてきた CVRD の存在はいよいよ大きくなってきた。

CVRD は、政府、鉄鋼業界から鉄鋼各社に持つ株式の売却を求められてきた。うちCSNについては、CVRD が10.3%のシェアを保有すると同時に、CVRD の民営化時に同社の経営権を握った持株会社 Valepar の31%を CSN が掌握したことから、CVRD と CSN の株式持ち合い解消問題が浮上した。とくに、両社の経営審議会議長をCSNのスタインブルック氏が兼務したことから、健全な競争を妨げるとの批判を強く受け、2001年に両者間の株式持ち合い解消が合意され、CSN に替わって民間最大手のブラデスコ銀行が CVRD の経営権を主導することになり、CVRD 社長にも同行出身のアニェリ氏が就任した。その後、CVRD の保有する鉄鋼持ち株の整理は、CSTについてはアルセロールに2004年に売却、残る鉄鋼株はウジミナス・グループの株式のみとなった。(付図参照)

しかも、CVRD は近年、カラジャス鉄鉱石の積出港であるサンルイスに近接するポンタ・ダ・マデイラ港に 700〜800万トン級のスラブ(鉄鋼半製品)製鉄所を3つも建設し、一大半製品輸出拠点とする"マラニョン州鉄鋼基地"や、セアラ州、リオデジャネイロ州で製鉄合弁事業構想を打ち出した。CVRD の狙いは、鉄鉱石として輸出するだけでなく、付加価値を高めた半製品を生産し、合弁パートナーに製品を恒久的に購入してもらうことにあり(そのため、CVRD はあくまで少数株主参加に留まるとしている)、一方、合弁に参加する海外の鉄鋼企業の思惑は、高騰する鉄原料の安定確保とともに、自国では環境対策でコストが上昇する鉄鋼生産の上工程を原料産出国に移転し、自身は付加価値の高い鉄鋼製品の生産に集中しようということにある。

これら CVRD の製鉄合弁構想には、欧州やアジアの鉄鋼業が興味を示し、ドイツのティッセン・クルップ(TKS)との間では、リオデジャネイロ州に440万トンの高炉を含む粗鋼製鉄所を2008年に完成させるべく計画を進めている(その製品の米国での加工拠点作りに、TKS は JFE の参加を打診している:日経新聞10月20日付記事)。セアラ州での製鉄プロジェクトは、ペトロブラスが敷設するパイプラインから供給される天然ガスによる直接還元という新しいプロセスによるもので、必ずしも鉄鋼生産に熟知しているとはいい難いイタリアのダニエリ(機械メーカー)と韓国の厚板メーカー東国が名乗りを挙げている。燃料供給プロジェクトの遅延などからこれまでは進展は遅れ気味であったが、10月に関係者間でガス供給についての覚書が交わされた。他方、マラニョン州のプロジェクトには、中国の上海宝鋼(Boa Steel)、韓国の POSCO(浦項総合製鉄)などが進出するとされてきたが、これまでのところ自国の鉄鋼生産抑制への政策転換や採算予想の食い違い(上海宝鋼)、他地域(インド)優先(POSCO)などの事情から当面は頓挫しているようにみえる。このような半製品とはいえ外資と提携する鉄鋼合弁構想が、ブラジルの鉄鋼再編に何らかの影響を及ぼすことは十分考えられよう。
   

世界の産業グローバル化の中での鉄鋼再編とブラジル

世界の鉄鋼業は、近年ますます巨大化へ向かっている。日本においても、2002年に川崎製鉄とNKK(日本鋼管)が経営統合してJFEが発足し、新日本製鉄も同年に神戸製鋼、住友金属工業と包括提携し、事実上2大グループ体制となった。

欧州においても、同じ年にフランスのウジノール、ルクセンブルグのアルベッド、スペインのアセラリアが統合して世界最大のアルセロールが誕生し、米国では USスチールがナショナル・スチールを吸収するなど統合の動きがみられる。しかも、このアルセロールを追って、インドで鉄鋼業を興したミタル氏のLNMグループ(本社オランダ)が、インドネシアやトリニダード・トバゴ、カナダ、東欧等の中小製鉄を次々に買収して巨大化し、昨秋発表した米国の ISG グループの買収によって単純合計で4,880万トンの粗鋼生産規模となり、一気に世界最大の鉄鋼グループになるなど、欧米日、アジアの鉄鋼グループの規模拡大はすさまじい速さで進んでいる。金属専門誌『メタル・ブリテン』(英国)によれば、2004年の粗鋼生産量は、LNMグループが1位(5,895万トン)、アルセロールが2位(4,690万トン)、新日鉄が3位(3,141万トン)、JFE が4位(3,113万トン)、POSCOが5位(3,105万トン)、上海宝鋼グループが第6位(2,141万トン)となっている。(表2)

このように世界の主要鉄鋼業が1社・グループの年産3,000〜4,000万トンが主流になりつつあり、遠からず5,000万トンを超えようとしているのに比べると、規模の利益差が大きい装置産業として、ブラジルの鉄鋼業が国際競争で生き残れるかが困難視されるのは当然である。
     

ブラジル政府の産業政策と鉄鋼業

かつて日本が行ってきた重点産業の育成と一定期間の保護などの一連の政策を思い起こすと、ブラジル政府の産業政策はこのところ必ずしも明確ではない。2003年1月にルーラ政権になって発表された産業政策を示すガイドラインである「工業・技術・外国貿易政策」(2003年11月)は、インフラストラクチャーの建設・運営規制の改善、輸出の税減免、破産法改定、輸出振興措置等を行いつつ、半導体、ソフトウェア、薬品、資本財の戦略4部門を中心に育成しようというものだが、これには鉄鋼業は入っていない。しかし、実体上ブラジルの産業政策の具現化を担う政府金融機関である BNDES (国家経済社会開発銀行)の投融資優先分野には、造船、航空機とともに含まれていて、BNDESが、前カルドーゾ政権2期目の時から、国内鉄鋼業再編の過程で、国際的に遜色のない競争力をもつ民族資本主導の鉄鋼企業の実現を意図していたことは、BNDES幹部の発言などから窺うことが出来る。ルーラ政権下では、政府は2010年までに鉄鋼生産5,000万トン体制の設備能力構築を目指しているといわれ、すでにCSTの第3高炉、アソミナスの第2高炉の具体化や、それに続くウジミナス、CSNの設備拡張計画があるが、それらの規模はそう大きなものではなく、まだ世界の鉄鋼業と伍していけるというのにはほど遠い。

また、この目標値には含まれていない CVRD の鉄鋼基地構想においては、鉄鉱石で世界の price setter の地位を手に入れた CVRD が、今度は鉄鋼半製品で世界を席捲しようとしていて、コストセンター化しようと狙う欧州・アジア鉄鋼業とせめぎ合っているのである。例えば、中国の宝鋼グループ社長がこの合弁計画を「自社の分工場」と位置づける発言をしていたように、経営主導権の行方とともに、進出側はブラジルでの半製品工場をコストセンターとしようという意識が強く出てくることが予想される。これに対しては、ブラジル政府側には当然のことながら、ブラジル国内に利益をもたらすべきプロフィットセンターであるべきとの意識がある。これも絡んで、ブラジルの鉄鋼再編については、BNDESのレッサ総裁が「鉄鋼はブラジルの輸出にとって重要な戦略産業ゆえ、国内主導権を貫かねばならない。必要なら BNDES が鉄鋼業に資本参加することも辞さない」といったように、ブラジル政府には「多国籍企業のコストセンター化することなしに国内鉄鋼業を確立する」という願望が根強いように思われる。

ブラジルは、1995年の憲法改定で「外資差別」を撤廃しているが、政府・議会に根強いナショナリズムの底流は、強弱の差はあってもどの政権でも変わりなく続いている。特に、地下資源や基幹産業については、外資を導入して大規模かつ効率的な事業にして、国際競争力をつけようという考え方がある一方で、国民の資産である石油等の地下資源や産業の根幹については、できるだけ外資支配を排除したいという願望を、なかんずくBNDESなどは常に底流に持っているように思われる。すでにCST、アセジタ、ベルゴ・ミネイラは欧州のアルセロールの傘下にあり、ウジミナスも、日本ウジミナスが経営権グループでは筆頭株主である。CSNもスタインブルック氏のこれまでの行動様式から推測すれば、いつ外資に売却するか判らないとみられるところから、もし民族資本主導の鉄鋼企業を育成するなら、その中核はゲルダウがまず候補になる。ゲルダウは、条鋼を主にしていたドイツ系移民の企業だが、これまで規制の強いブラジル国内生産よりも、逆に米国、アルゼンチンへ進出するという独自路線を採ってきた。近年いわば塔uラジル回帰箔Iな行動も取るようになって、ルーラ政権が任命したレッサBNDES総裁(2004年11月に更迭)などから意中の民族資本として、その主導による鉄鋼業統合への支援を約されていた節があるが、はたして欧州等の巨大鉄鋼資本に対抗して中核になるか、かなり困難がともなうことになろう。
     

グローバル展開の中で後れを取るか 日本の鉄鋼業

こうしたブラジルでの、世界の鉄鋼再編と資源の原料高などを背景にした、大きな再編と業界地図の変容の中で、これまで少なからず CVRD の鉄鉱石開発とブラジル鉄鋼業の発展に関わってきた日本の鉄鋼業は、どのような戦略をもって対処していくであろうか。日本は1960年代より、CVRDから当時としては未曾有の鉄鉱石の大量買付長期契約を結び、継続的に輸入してきている。現在の CVRD の世界への飛躍の契機は、この長期契約締結にあったといっても過言ではない。さらに、新日本製鉄など日本の鉄鋼業は、石川島播磨重工、三菱重工などのプラントメーカー、商社等と日本政府(海外経済協力基金−現 国際協力銀行)の出資を得て設立した日本ウジミナスからの投資と、日本輸出入銀行(現 国際協力銀行)の政策融資を投入してウジミナス製鉄を、また川崎製鉄(現JFE)は、イタリア、ブラジルと3国合弁で CSTの建設に深く関わってきたが、今これらの製鉄所を通じてブラジルで育てた優れた日本の製鉄技術が花を開き始めた時に、欧州資本に果実を収穫される可能性が大となっている。

CSTは、川崎製鉄が当時描いた世界に類を見ない半製品輸出専用の一貫製鉄所建設という先見性は、直接的には活かされないまま、すでに上記でみたようにアルセロールの傘下に組み込まれてしまった。日本ウジミナスが経営権グループの筆頭株主として、いま唯一影響力を維持しているウジミナスにしても、日本がせっかく築いたブラジルの橋頭堡を活用してしかるべきと思われるが、世界の鉄鋼産業が鉄鋼資源と生産拠点の確保に向けて、グローバルな規模で先手を打とうとしている中で、未だにブラジルを活かした戦略が見えてこないと感じるのは、筆者だけではあるまい。今やウジミナスはCSNとともに、"魅力ある、残り少ない花嫁候補"といわれ、ミタルグループもウジミナスに関心をもっているという記事がブラジルで報じられている。欧州と中国がブラジルに、韓国はインドに注力しようと具体的な手を打ち出している時に、日本の鉄鋼業はどこに原料・半製品の戦略的な供給源の拠点を求めようとしているのであろうか。
             

   
登場企業の概略

リオドセ社(CVRD)−1942年にミナス州の鉄鉱石採掘のために設立された国策鉱山企業。その後アマゾンのカラジャスの大鉄鉱の開発も行い、それぞれの搬出のための鉄道、港湾等のインフラも有し、ボーキサイトや銅などの採掘、金属製錬なども行う鉱業コングロマリットに成長した。日本とは鉄鉱石輸出のほか、ペレットやアルミ製錬、紙パルプ製造等の合弁事業で関係が深い。1997年に民営化され、その経営権を握る持ち株会社 Valepar に三井物産が資本参加している。

ウジミナス製鉄−1962年に操業を開始した日本との合弁事業で、1991年に民営化。日本ウジミナスが普通株の18.4%を握り経営権グループの筆頭にある(CVRDは23%を保有しているが、経営権グループからは外されている)。現在も新日鉄と技術提携関係をもつ。

ツバロン製鉄(CST)−ブラジル鉄鋼公社シデルブラス、川崎製鉄(現JFE)、イタリアのフィンシデルの合弁で1983年操業開始。スラブの生産・輸出に特化している。1998年にフランスの Usinor(現Arcelor)が資本参加し、その後も関係会社を含めシェアを拡大して傘下におさめた。

CSN−名称のとおり「国立製鉄所」であったが民営化し、現在は繊維大手の Vicunha グループが40.5%の株式を有する。CVRD民営化の際にヴィクーニャのオーナー一族で、CSNの経営審議会議長であったスタインブルック氏がリーダーとなった持ち株会社 Valepar が落札し、CVRDの経営審議会議長を兼務していたが、その後 CVRDとヴィクーニャグループとの間でそれぞれの持ち株の交換が行われ、 CVRD 経営からは退いた。

    
    
主要参考文献:

1.「第4章 変貌する産業と企業活動」 桜井敏浩、『ブラジル新時代 ―変革の軌跡と労働  者党政権の挑戦』 堀坂浩太郎編 勁草書房 2005年9月(第2刷)

2.「ルーラ政権の産業政策と伯鉄鉱石・鉄鋼業界」吉原多美江、双日鞄S鉱石・合金鉄部鉄鉱石課 2004年4月 ほか同課取りまとめ情報

3.「ブラジル鉄鋼業の昨今 −影うすい日本鉄鋼資本の存在」 菅藤和彦 KBP代表、『ブラジル特報』2005年3月号掲載 (社)日本ブラジル中央協会発行(http://www.bizpoint.com.br 「経済評論コーナー」収録)ほか同氏作成レポート

4.『現代ブラジル事典』ブラジル日本商工会議所編 小池洋一・桜井敏浩他監修 新評論2005年7月 第3、4、8章

   

本稿は、ラテン・アメリカ政経学会(JSLA) 全国大会での報告に加筆したものである。

(さくらい としひろ 拓殖大学・同大学院講師、徳倉建設鞄チ別顧問)

【『ラテン・アメリカ時報』 2005年12月号掲載 (社)ラテン・アメリカ協会発行】

 

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