世界の鉄鋼業再編とブラジルにおける攻防

桜 井 敏 浩



1.ブラジルの鉄鋼産業

ブラジルはオーストラリアとならんで世界最大の鉄鉱石産出・輸出国であるが、原料立地ということで、1917年に一貫製鉄Belgo Mineiraが創設されるなど早くから鉄鋼業が興され、第二次大戦後に輸入代替工業化の基幹として、公営や外資との合弁で今日のブラジル鉄鋼業を担う企業群が設立された。それらは1991〜93年の間に民営化された(表1)。

ブラジルの2006年の粗鋼生産量3,090万トンは、一国でラテンアメリカ(6,200万トン)の二分の一を占める規模だが、世界全体(12億3,950万トン)から見れば2.5%を占めるにすぎない(表2)。ここ10年の間にM&Aを駆使してグループとして世界10位(粗鋼1,840万トン/年)にランクされる鉄鋼企業に成長したゲルダウ(Gerdau)グループ(ブラジル国内生産は同グループ全体生産量の35%弱)を除けば、個々の企業は他の先進国に比べるとまだ小さい。特に昨今の世界的な鉄鋼再編により巨大鉄鋼企業が誕生する中で、1社・グループの年産が3,000〜4,000万トン間もなく5,000万トン規模になるといわれている中で、ウジミナスでも900万トンに届かず世界30位前後にある。

規模の大小は競争力に大きく影響することから、ブラジルにおいてもこれまで統合が進み、また外国の鉄鋼業が資本参加し主導権を取ることが行われてきた。例えば、ウジミナスによるコジッパ買収(1993年民営化時)、ゲルダウのアソミナス子会社化など国内での統合や、川崎製鉄が創設株主のひとりであるツバロン(CST)の大株主となったアセジタの資本の大半をフランスのユジノール(後にアルセロール)が取得するなど、海外企業による買収を含め統合の途上にある(表3)。

 

2.急激に進む世界の鉄鋼再編の流れ

装置産業である鉄鋼業は、規模の大小が製造コストに直結する度合いが大きいため、近年経営規模の拡大を目指して企業統合が盛んに行われ、世界の名だたる鉄鋼メーカーの顔ぶれはこの10年間で大きく変わっている(表4)。

2002年にユジノール(フランス)、アルベッド(ルクセンブルグ)、アセラリア(スペイン)が合併して世界最大のアルセロールが誕生した。この年、日本でも川崎製鉄とNKK(日本鋼管)が経営統合してJFEスチールが発足、新日鉄も住友金属工業と神戸製鋼と包括提携して2大グループに分けられた。

一方、LNMグループ(本社はオランダ)は、インド人ラクシュミ・ミタル氏がインドネシア、トリニダード・トバゴを皮切りに、東欧での不振鉄鋼メーカーを次々に安値で買収、リストラにより経営を立て直す手法で急速に拡大して2005年には世界第2位の規模にまでになった。ミタルのかかる世界規模での買収は、建築資材等向け汎用鋼は輸送コストを減らすため、需要地に近い所に小規模でよいから立地した方が得という発想に基づくものである。このLNMが、2006年に何と世界一となっているアルセロールに敵対的買収を仕掛けたのである。アルセロール経営陣やフランス、ルクセンブルグ政府の抵抗・反対にもかかわらず、「汎用鋼中心に世界規模で展開しているLNMと、自動車向けなど高級鋼中心のアルセロールの統合は相乗効果があり、株式価値を上昇させる」という約束により、投資ファンドやアルセロールの特に個人株主を味方に引き込み、買収に成功した。ここに1億1,800万トンと、世界の粗鋼生産量の約10%を占め、一気に世界2位の新日鉄の3.5倍の規模になる巨大グループ アルセロール・ミタルが出現した。
 

3.アルセロール・ミタル出現による日本鉄鋼業の危機感

アルセロール・ミタル(AM)グループの総帥ラクシュミ・ミタル氏は、突出した世界一の鉄鋼メーカー・グループを実現しても、引き続き企業買収や既買収製鉄所の拡張によってさらに規模を拡大するとしており、「世界の鉄鋼業はいずれ1、2の企業グループに集約されるだろう」との見通しを公言している。同氏の次の狙いは、@未だ拠点を持たない日本、韓国といった東アジアでの鉄鋼メーカー買収、A自動車用鋼板などの高級鋼の生産技術を持つメーカーの支配、B世界規模での生産・供給態勢の構築;にあるとみられる。

Aについては、現在先端を行く鉄鋼企業にとって、世界各地に生産工場を拡大している日本、欧州、米国の自動車メーカーに、高級鋼材(優れた表面性状、曲げ加工性、軽量化を測りながら高強度維持)を、品質納期とも安定して供給することが大きな使命になっている。新日鉄がフランス等欧州に進出した日本の自動車メーカーへの供給のために、ユジノールから継承したアルセロールに自動車用特殊鋼材の技術供与を行っていることから、それを他のAM工場に広く開示・使用することをAMは執拗に求めてきたが、新日鉄はこの高級鋼板製造技術こそが生き残りの鍵として、従来の契約維持には同意したものの技術拡散は拒否し、一方で米国では現行の合弁の枠内での強化による提携拡大を合意するという苦渋の決断を行っている(2007年7月14日付各紙)。

これまでの世界の鉄鋼業は、@高付加価値製品と汎用製品、A世界相手と一定地域向けの供給先の違いによって棲み分けてきたといえるが、AMの出現は必ずしもそれだけで現在の企業グループが地位を保てるかを疑問視させることになった。最近でも世界約50位のインドのタタ製鉄が、8位の英国コーラスを買収しており、新日鉄は韓国Posco、中国の宝山鋼鉄集団との提携、株式持ち合いの協議を進めるなど、日本企業も強い危機感を持つに至っている。
   

4.新日鉄のウジミナスへの直接参画

先の表3で見たとおり、ブラジルの鉄鋼業はすでに4大グループに集約されている。ツバロン(CST)は資本のほぼ100%をAMが所有し、アセジタも資本の95%以上をAMが保有する形となっており、両者ともにAMグループに組み込まれてしまった。

ゲルダウは、規制や税等負担の厳しい国内生産よりも米国,アルゼンチンに進出するという独自路線を採ってきた延長線上で、米国におけるM&Aに加え最近ではインド鉄鋼企業へのM&A も開始するなど、一層のグループ規模の拡大を図っている。また近年はブラジル国内でも生産拠点の拡大に努めている。

CSNは、繊維大手のビクーニャ・グループが主導権を取り、リオ・ドセ社民営化時にはその落札者となったが、コーラスとの統合を試みて失敗するなど、その去就が定かでなく、次に”狙われる”可能性が強い。

ウジミナスは、日本の資金と技術に依存してきた歴史があるが、これまで日本ウジミナス(新日鉄と国際協力銀行が主要株主)の方針が定まらず、あわやCSTの二の舞との懸念もあったが(桜井2005)、ここへきて、新日鉄はグループ生産規模の拡大、ブラジルを含むラテンアメリカ・米国・欧州での日本の自動車メーカー等への高級鋼材の供給拠点として、日本ウジミナスの子会社化とウジミナスへの直接出資1.7%(2006年12月21日公表)、日本ウジミナスのウジミナスへの出資比率引き上げ(19.4%から21.6%へ)を行うことにより、ウジミナスをその持分法適用会社とした。これによりウジミナスは日本グループが最大株主になり、ブラジルを代表する民族資本であるボトランチン・グループとの協調により安定した経営を行える体制となった。さらに、新日鉄はウジミナスに最大1兆円を投じて既存製鉄所の能力拡大220万トン/年および新規一貫製鉄所300万トン/年の建設を行わせ、2010年には生産設備をこれまでの1.5倍に拡張することにしたが、その際にこれまで秘中の秘として外部に出さなかった技術を供与することにより、ウジミナスを北米等の市場に高級鋼板を供給する拠点に育成するとの方針に転換した。

しかし、ブラジルから欧米市場向けに高級鋼を出そうというのは、アルセロール・ミタルもCSTを拠点に同じく意図している。規模拡大と得意の高級鋼生産拡充により生き残りを賭ける世界の鉄鋼業が、その世界戦略の一環として今ブラジルをはじめ各国での生産拠点構築の本格参入に乗り出そうとしている。すなわち、現代のグローバリゼイションは、遠い欧米での企業統合が日本企業にも重大な影響を及ぼし、それがまたブラジル等ラテンアメリカの産業再編を促すことになってきた。もはや先進国、開発途上国を問わず、地球規模での経営(生産、販売)を考えないと、企業存続が難しい時代になってきているのである。

 

(さくらい・としひろ 徳倉建設鞄チ別顧問、拓殖大学講師、
(社)ラテン・アメリカ協会理事)


参考文献(一般公開資料のみ)

ブラジル日本商工会議所編. 2005. 『現代ブラジル事典』 (小池洋一、桜井敏浩ほか監修)新評論.

桜井敏浩. 2004. 「変貌する産業と企業活動」(堀坂浩太郎編『ブラジル新時代 ―変革の軌跡と労働者党政権の挑戦』)勁草書房。

桜井敏浩. 2005. 「経済グローバル化の下でのブラジル鉄鋼業再編」(『ラテン・アメリカ時報』2005年12月号) http://www.bizpoint.com.br「桜井ブラジル評論コーナー」に収録

.内多 允. 2007. 「中南米の鉄鋼産業再編成動向」(『季刊 国際貿易と投資』2007年春号) (財)国際貿易投資研究所http://www.iti.or.jp/kikan67/67uchida.pdf に収録.



表1: ブラジルの主要鉄鋼業の創設と民営化

所在州

操 業

民営化

 設立の背景等

国立製鉄所(CSN) RJ 1946年 1993年 国営,米国からの融資
ウジミナス(Usiminas) MG 1962 1991 日本との合弁
パウリスタ(Cosipa) SP 1963 1993 一部民間資本
ツバロン(CST) ES 1983 1992 日本,ブラジル、イタリア合弁
アソミナス(Acominas) MG 1985 1992 ヨーロッパからの融資

                                               出典:『現代ブラジル事典』P.153を基に作成

  

 

 表2: 主要国の粗鋼生産量(2006年)

1,000トン

1,000トン

中 国

422,660

CIS

119,766

EU

206,825

  うちロシア

70,830

   うちドイツ

47,224

米国

98,557

   イタリア

31,600

韓 国

48,455

   フランス

19,852

インド

44,001

   スペイン

18,391

ブラジル

30,901

   英国

3,871

(メキシコ)

16,313

日 本

116,226

(アルゼンチン)

5,533

出典:日本鉄鋼連盟資料より作成
http://www.jisf.or.jp/data/jikeiretsu/syuyoukoku.html

                
   

表3: 現在のブラジル主要鉄鋼グループ
(年間生産量・売上高は2006年) 

 

粗鋼生産量
(千トン)

売上げ高
(百万レアル)

主 要 株 主 等

Arcelor Brasil
(Belgo Mineira)
同 (CST)
Acesita


3,569.3
5,136.1
809.5


14,058.6

3,442.4

Arcelor本体は2006年にLNM (ミタル−オランダ)に買収された。
CSTは川崎製鉄(JFE)が創設3株主の一つだった
Arcelor傘下,CSTを支配
Usiminas,Cosipa

8,770.3

12,415.0

日本ウジミナス,新日鉄,VotorantimCVRD
Usiminas
95%保有
Gerdau,Açominas

6,994.0

23,617.0

条鋼中心のドイツ移民系民族資本、アルゼンチン,米国にも進出
CSN

3,499.3

9,040.0

スタインブルック氏率いるVicunha財閥が支配
そ の 他

2,122.4

   

30,900.9

   

出典:「鉄鋼業界レポート」2007年第一四半期号 双日鞄S鉱石課 2007年4月より作成

 

   

表4: 世界の主要鉄鋼メーカーの再編(粗鋼生産量:万トン)

sakurai2.jpg (107812 バイト)



【『ラテンアメリカ時報』 2007年秋号掲載 (社)ラテン・ アメリカ協会発行】

   

〔本稿は、2007年7月6日に上智大学外国語学部の小池洋一講師 (立命館大学教授)の講座で行った筆者の特別講義を基に書き下ろし、その後の動きを加筆したものである。〕

 


     
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