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     大きく変容したブラジルの投資環境

                  桜井 敏浩


1994年のレアル・プラン開始により、ハイパーインフレが劇的に収束し、物価と為替が安定して以来、さらには2003年の左派PT(労働者党)ルーラ政権が発足しても堅実な経済政策を堅持して成長路線に入り、特に2008年の米国発世界金融危機をいち早く乗り切ったブラジルに対しては、世界の評価は高い。

かつて1980年代の債務危機以降ブラジルの政治経済は不安定であり、その経済政策に一貫性がなく、経済・市場情勢変化の予測が極めて難しい国であった。70年代からブームの如くブラジルに進出した日本企業の多くは、90年前後から相次いで撤退したのだが、ブラジルは分からないことが多い国という先入観がその後長くトラウマになり、その後の自らの失われた10年を経てブラジルへの投資には極端に慎重であった。

過去のブラジル進出が失敗したのは、ブラジル市場の特異性に問題があったからではなく、実は当時の日本企業の本社にも出先にもブラジルという環境への適応力が足りなかったからだとの指摘もあるのだが、少なからぬ日本企業は長く「羮に懲りて膾を吹く」が抜け切れていなかった。近年になってようやくBRICS、新興国の雄として世界的に評価が高まったブラジルへの投資観も変化し、あらためて進出を考える企業も増えてきている。  (注)例えば、ニッケイ新聞201036日付「日伯論談」の拙論「失敗の研究と基本戦略の練りなおしを

いずれにせよ、ここ5年ほどのブラジルの変貌は著しい。いち早くその成長性に着目して欧米はもとより韓国や中国も積極的に進出していたのに比べ、日本勢の出遅れは否めない。ここで慌てて進出を考え始めても、ブラジルを単に開発途上国と見る、あるいはアジアへの企業進出と同じようなものといった単純な見方では上手く行かず、過去の失敗を繰り返すことになる。ブラジルへの投資は、今の状況変化を勘案して一工夫した出方が必要である。

ブラジルは中国や東南アジアとは異なり、はるかに物理的な距離があるので、アジア型の工場進出で日本と二国関係で部品・材料・半製品を供給して加工・組み立てを、というやり取りするのは向いていない。1億9千万人の人口を持つとはいえ国内市場狙いだけでなく、グローバル化が伸展したブラジルを世界的な生産・販売拠点の一環として、ブラジル立地の優位性を活用した拠点とする発想も必要である。

また、ブラジルは大きな成長性をもち開発途上国の枠を超えつつあるが、それ故に腰を据えた投資戦略をもって望まなければ、十分その果実を回収出来ない。これは単に不退転の決意で何が何でも持続させよというのではなく、短期変動に動揺せず、目前の状況変化に対してはそのリスクヘッジ策は取るものの、目標達成のためには長期的視点でこの国の市場に対応することが肝要ということである。ブラジルはBRICSの中では格段に政治リスクが小さい国であり、民主化も定着している。今後とも、どの政党から次期大統領が出ても、事業環境の変化は予測可能範囲に収まることは確かであり、長期的に事業を育てることが出来る国である。
 

これからのブラジル進出の新たな視点

投資対象として、ブラジルを普通の開発途上国と同一視するのは大きな間違いである。分野によっては、世界トップクラスの技術・ノウハウを持っている。ペトロブラスの5,000m超の深海油田掘削、世界3位のジェット旅客機メーカーであるエンブラエール、ガソリンとバイオエタノールの給油自在のフレックス車の普及、広大な国土をインターネット回線で結んだ銀行ITシステムや電子投票網、熱帯の気候や土壌に適合した大規模農林業の技術などなど、様々な分野で目を見張る技術をもつ。

他方で、人口2億人弱の間での貧富の差が著しく、地域格差も大きいが、ルーラ政権下での経済安定と資源景気などによる経済成長、最貧困層への支援策(最低賃金引き上げ、家族手当支給等)などが功を奏して、中間層への嵩上げが着実に広がっている。また、この10余年、ブラジルの外交、通商関係は格段に伸展し、市場化と経済開放促進により経済のグローバル化が進み、事実上盟主であるメルコスール(南米南部共同市場)も拡大している。これらの大きな状況変化を踏まえると、ブラジルへの進出はこれまでの資源確保、輸入代替、国内市場を狙ったものとはひと味違った発想で取り組む必要がある。
 

「良い品質の物を作れば高くても売れる」か?

現地での売れ筋は、例えば中間層の拡大といったそのニーズと市場規模の細分化に対応したものでなければならない。日本製品の品質評価は高いが、高くても良い物なら、という購買者は全階層でみれば少数派であり、ブラジルの消費者の多くが望むスペック・品質を満たしかつ安い物が多く売れる。貧困層の嵩上げでこれまで手が届かなかった物への購入意欲が旺盛な家電品は韓国勢が席捲、自動車も装備はそれなりに充実していて低価格の韓国車や中国車の販売が伸び、高級車である日本車はシェア獲得に苦戦を強いられている。

とはいえ、すでに欧米韓に大幅に出遅れているが、彼らにない技術、ノウハウを持ち込むことで、先行勢のシェアの切り崩し、新たな市場開拓は可能である。例えば、深海油田用シームレス鋼管、高品質自動車鋼板から、高品質部品など先端技術や日本的なきめ細かいサービスでの創意工夫次第でまだまだ勝負の余地はある。
 

ブラジルの優位性を活用した分野へ

進出するなら、ブラジルの得意とするところの国際的優位性を活かすことも狙い目である。大きな農牧林業生産力を背景にしたアグロインダストリーは、豊富でコストの安い農産品(大豆、砂糖キビからのエタノール製造、果実・果汁など)、牧畜や豊富な飼料供給力を背景にした養鶏、養豚の加工産業や周辺ビジネス、ユーカリや高価値熱帯木材を植林で行う林業など、まだ成長余力は大きい。昨今世界的に叫ばれている自然環境保護の視点に立って、アマゾン流域の森林保全と両立するアグロフォレストリーも有望である。例えば、熱帯果実のアセロラ、ガラナ、アサイ等のジュース、熱帯雨林での混栽で育てるカカオなど、自然環境との共存を前面に出した商品が増えている。

ブラジルでは早くからコンピュータによる選挙投票が行われ、広大な国土に点在するATMを24時間稼働させる金融システムにみられるように、インドに次いで優れたIT技術者が多いといわれている。これらを、時差を利用して有効に使うという手もある。また、ファッションや美術などにみせる優れたデザイン感覚は、世界で注目されるようになってきたブラジルモードや高級ビーチサンダル「ハワイアーナス」の評価をみても明かである。
 

増大する中間層市場に着目

拡大しつつある中間所得層向け市場も着目すべきで、富裕層はもとよりもっと上のランクの物が欲しいという層の需要が拡大している。化粧品や高品質TV、携帯電話などから、生活水準の向上にともなう調理関連品(例:味の素の仕上げ調味料サゾン)や日本的きめ細やかさを売りにしたサービス産業(例:サンパウロで展開する蒼鳳(そうほう)美容室チェーン店)、教育投資が増えているところから算数等のトレーニングなどもビジネス機会がありそうである(公文(くもん)は学童だけでなく、工場労働者に歩留まり率等を理解させるためにも導入されている)。経済の向上にともない、ワンランク上のニーズが高まっているのは、個人消費者ばかりではない。自動車エアバッグ装着義務化や自動車部品の高規格化への対応、これまで品質が悪かった輸送用ダンボールや高級消費財向け梱包用品といった関連産業についても同様である。
 

新たなニーズが出て来たところを狙う

他方で数が多い低所得者層を狙ったいわゆるBOP(経済ピラミッドの底辺。人口が多く購買力の増大が見込める)関連ビジネスでは、例えば労働者党政権が力を入れているマイホーム・マイライフ計画に合わせて、現地の低価格住宅生産技術は未だ稚拙なだけに、日本の優れたプレハブ生産が売り込めるかもしれない。

「状況が変わって新たなニーズが出て来たところを狙う」という意味では、開発途上国だからといって労働コストが必ずしも安い訳ではないブラジルの人件費高騰対策としての工場自動化(生産ロボットや工場操業のコンピュータ管理など)といった需要が増えつつあることも注目していい。また、ブラジルでも環境問題が重視されるようになり、自然環境保全のためにバイオマス技術を活用した肥料・農薬などの農業資材市場は極めて大きいし、都市問題の中で遅れているゴミ処理・ゴミ再利用や水処理プラント等、公害防止技術の潜在需要は旺盛である。
 

メルコスールも視野に

ブラジルは、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ベネズエラが加盟し、ボリビア、チリ、ペルー、コロンビア、エクアドルが準加盟しているメルコス-ルの事実上のリーダーであり、ブラジル投資の市場はブラジル一カ国に留まらず、これら2億6千万人の市場が近くにあることを計算に入れてよい。加盟国相互間での域内関税撤廃、対外共通関税が進行中であるが、道路整備、輸送態勢、通関手続き簡素化・迅速化も進展しつつあり、相互間のロジスティックスは年々改善されている。

ブラジルの特に東南部の人件費コストは高いので、東北ブラジルに工場を展開する動きが顕著だが、さらに進めて労働集約産業は相対的にコストの安い周辺国への工場立地も視野に入れ、メルコスールの仕組みを使って製品・半製品のやり取りをするという発想があってよい。すでにトヨタがアルゼンチンでハイラックス(四輪駆動車)を製造し、ブラジル製カローラと相互輸出販売し、ホンダ等他の自動車メーカーも同様の生産態勢を構築しているが、矢崎総業が自動車ワイヤーハーネス、タカタがシートベルト、エアバッグ等をウルグアイへ、フジクラがワイヤーハーネスをパラグアイに工場立地させた如く、コスト上昇を避けるため周辺メルコスール諸国へ進出が始まっている。

鉱物、農牧産品等の資源供給力があり、広大で多くの人口を擁して成長を続けるブラジル市場進出に日本企業は後れを取ったが、ブラジルの変容をよく知った上で新たなニーズを探り出し、腰を据えた進出計画を練ればまだまだ可能性は十分あるのである。

             (さくらい としひろ 徳倉建設特別顧問、ラテン・アメリカ協会常任理事)

 


〔ブラジル・ビジネス日本語参考情報〕
 

(1) 日本貿易振興機構(JETRO) 国別情報

  『通商弘報』(日刊)
  『ジェトロセンサー』(月刊)
  「サンパウロスタイル」


(2) アジア経済研究所地域研究

(3) 外務省各国情勢ブラジル

(4) (社)日本ブラジル中央協会
   『ブラジル特報』(隔月刊)

(5) (社)ラテンアメリカ協会
   『ラテンアメリカ時報』(季刊)

(6) 日本語ビジネス支援サイト・自動車産業ニュースレター(月刊)

(7) ブラジル日本商工会議所
     リオ・デ・ジャネイロ日本商工会議所
     アマゾナス日系商工会議所

 

(8) サンパウロで出ている定期発行情報紙・誌

   ニッケイ新聞     うち、特に「日伯論談」→「日伯経済交流」
   サンパウロ新聞
   『週刊ブラジルレポート』Japan Desk
   『Faxnews』   (週刊、ファックスニュース 情報センター)  
   『Sol Nascente経済速報』(日刊、主要新聞等記事要約)

(9) ブラジルへの投資実務参考図書

   『ブラジル経済の基礎知識 第2版』(二宮康史、JETRO 2011年)
   『2020年のブラジル経済』(鈴木孝憲、日本経済新聞出版社 2010年)

   現代ブラジル事典』(ブラジル日本商工会議所編、小池洋一・堀坂浩太郎・
       桜井敏浩他監修、新評論 2005年)

   『海外派遣者ハンドブック:ブラジル編』(日本在外企業協会 2008年)
 

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上記サイトは公開されているが、(1)(4)(5)の会報入手やサイトの一部は会員制なので要入会、(6)(8)の資料・レポートは定期購読が必要。
 

 

(社)ラテン・アメリカ協会報『ラテンアメリカ時報』2012年春号
「特集:ブラジル」掲載
 


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