エッセイ

ブラジルの開発と地方自治体  (注1)

         圭 一


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1 はじめに−開発の要は地域経済と地方自治体

 ブラジル経済について書く場合には、対外債務問題や連邦政府の財政赤字や失業率などのマクロ経済の話しから始めるのが一般的だと思うが、このたびは地方自治体に焦点を当てることにした。なぜ地域や地方自治体について論じるのか?この問いへの答えは2点に集約することができる。第1は「地域」が開発経済学にとって大きな意義を有するということである。簡単に言ってしまえば、発展している国には発展する地域(都市や農村)がたくさん存在するのだ。第2は「平均値」という発想に落とし穴があることである。ブラジルは貧富の格差が大きいので、「平均値」で論じると抜け落ちることがらが多くある。さて、この2点について、実は1ページ以上を費やしたいのであるが、多忙な読者を退屈な「そもそも論」につき合わせるわけには行かない。前置きは後の「補論」にまわすことにして、さっそく本題に入ろう。

2 ブラジル地方自治制度の特徴

ブラジルの地方制度の特徴をまず3点にまとめておきたい。第1は先進国や他の途上国の地方制度と比較して単純明快だということ、第2は地方自治体の政治的独立性が制度上高いこと、第3はこの2番目の特徴とは「ちぐはぐ」な関係に見えるが、実態としての独立性、とりわけ財政的な独立性・自立性がきわめて低いことである−−自立性が無きに等しいと言っても過言ではない。以下一つ一つ見ていくことにする。ダラダラと書いたけれども、要するに言いたいことは今述べた3点に尽きているので、さらっと読み流して、次の第3節にジャンプしていただいてもよい。そちらがこの小論の中心である。

2−1 単純な枠組み

第1にブラジルの地方制度は連邦−州−基礎自治体の3層構造を成している。現在26の州と1つの連邦特別区(ブラジリア)と5507の基礎自治体が存在する(厳密には、2000年4月の執筆時点で1〜2増えているかも知れないが、未確認)。基礎自治体はポルトガル語でmunicipioと表記する。5507という数は日本の市町村数(約3300)と比較して多いが、ブラジルの人口(約1億6600万)も日本の人口(約1億2700万)より多い。人口と自治体数だけを比べて見ると日本とブラジルはよく似ているといえる。むろん国土面積が全く異なるし(ブラジルは日本の22倍)、国と地方の関係も異なるし、そもそも歴史が異なるわけだから、数字による単純な比較にあまり意味はない。複雑な地方制度を有する米国を思い浮かべてみよう。米国は最上位に連邦政府があって、その下に51の州があり、各州の下にカウンティ(郡)、市(NY市やLA市など)、学校区などがときには地域的に重なりながら構成されている。最近では「シアトルMetro」のような広域自治体も生まれている。米国地方制度を専門に研究しているわけではない筆者は、この仕組みを理解することはできるのだが、なかなか腑に落ちない。

 リオ・デ・ジャネイロにIBAM(Instituto Brasileiro de Administracao Municipal)という自治体行政研究所がある。ある日リオのホテルで『VEJA』誌を読んでいたらそこのある研究者(所員)の論評が引用されていたので、さっそく研究所を訪ねていろいろ意見交換をした。そのときは私はふと、「米国の地方制度をどう思うか」と彼に尋ねた。彼は「複雑で、理解できる代物ではない」と冗談めかして即答した。現代の日本の地方制度の大枠もかなり明快であるが、東京都に23の特別区という例外が組み込まれている。この点を来日した海外の研究者に理解してもらうには丁寧な説明が必要だ。ブラジルはこうした例外もなく、単純明快なのである。

2−2 高い政治的独立性

第2に地方自治体の政治的独立性がきわめて高い。おそらく地方自治体にこのような高い政治的独立性を与えている国は、ラテンアメリカ世界のみならず途上国世界を見渡しても唯一であろう。この点は最終結論ではないが、ほぼ間違いない。筆者は大学において途上国(東欧含む)大蔵省の若手のキャリア幹部を対象とした大学院マスター・コースを本務の1部として担当しており、彼らと情報交換する機会があるので、これまでいろいろ聞いてみた。またJICA(国際協力事業団)の地方自治研修プログラムに参加するため東京に滞在中の、アジアの地方自治体の首長や若手幹部とも機会を見つけて交流したこともある。ブラジル以外にもアジアやアフリカの国々を訪ねたり、無論文献でも各国の地方制度の概略について情報を集めてきた。そうした作業を通じて得た印象として、ブラジルの地方自治体の政治的自立性の高さは顕著だと感じている。ショゴ・ロルデロ・デ・メロ先生(IBAM創設者の1人)のようなブラジルの研究者もそのように論じている。研究者はすべてを疑うべきだから、彼らの所論を鵜呑みにすべきではないが、この点については正しいと思う。

 すべての州とムニシピオは連邦制度のなかの独立した対等の構成体である。このことは次のことを意味する:@自治体の首長が、多くの途上国で見られるように中央政府によって任命されるのではなく、住民の直接選挙によって選ばれること;A地方議会議員も、住民の直接選挙によって選ばれること。しかも他の途上国によく見られる「部分選挙」(たとえばタイの多くの地方議会では議員の半数は任命制)ではなく、地方議員全員が公選される。この点で例外となるような州やムニシピオは一切ない;Bすべての地方自治体が独自の「憲法」を有し、また立法権を有すること。たとえば税制(課税対象や税率など)もムニシピオ独自の法(日本でいう条例)で細部を決めることができる(むろん連邦法の枠はある)。ISS(サービス税)はムニシピオ間で税率が数パーセントの範囲で異なっている。数パーセントの違いは大きい。

2−3 低い経済的自立性

第3は政治的には独立しているのだが、経済的には上位政府への依存性が大変高いことである。とりわけムニシピオの財政は弱い。州政府にはICMS(商品流通税)という独自財源があるが、多くのムニシピオの地方税収(主に不動産税とサービス税)は無きに等しい。ただし厳密には人口規模の大小で事情が異なるので、まず表1および表2で基本的構造と動向を確認しておこう。

 表1では全ムニシピオ数が5000弱となっているが、規模別の構成比は現在とあまり変化がない。約半分が1万人以下の小規模自治体であることがわかる。また9割が5万人以下のやはり小さな自治体である。したがってほとんどの自治体が、小さな村や町の役場なのである。ただし5万人以上の自治体には、ベレン市(パラ州都)やクリチバ市(パラナ州都)のような人口が100万人をこえる都市がはいるし、さらにはサンパウロ市のような1000万人を優に超える巨大都市(メガ・シティ)も含まれる。自治体の人口規模でローレンツ曲線(注2)を描いてジニ係数(注3)を算出すれば、かなり高くなるであろう。さて人口が1万人以下の小規模な自治体の地方税と分与税の比率をとると、5:100になる(財政収入全体を考える場合には、公債費や料金収入も含めた比較が必要であるが、ここでは考慮外)。5万人以上で35:100である。このように、地方税が皆無に近いと述べた理由がおわかりかと思うが、もう少し詳細に見ておきたい。表2は全ムニシピオを人口規模別に11階層にわけて、階層別の財政構造を比較したものである。

  表1 ムニシピオの規模別財源構造 1993年頃

人口規模  団体数 分与税と比較した地方税収の割合
1万人未満 2、273 5パーセント
1万人以上

5万人未満

2、241 11パーセント
5万人以上   460 35パーセント
合計  4、974 25パーセント

(出所)F.E.J de Bremaeker, O Processo de Criacao de Novos unicipios Frente a Emenda Constituicional No.15, Serie Estudos Especiais No.12 (IBAM), setembro 1996,p.11の叙述より。

財政収入は自主財源(地方税、料金収入、財産収入など)と依存財源(国など上位政府からの分与金や地方債など)から成る(無論「一般・特定財源」や「経常・資本収入」の分類もある)。簡単にいえば、自主財源は「集める」「売る」ことで確保し、依存財源は「もらう」「借りる」ことで確保する。ブラジルのムニシピオは全体として地方税(=「集める」分)が小さく、分与税(=「もらう」分)が多いのである。つまり「もらってばかりで、自分で集めていない」のだ。2000人以下のムニシピオの場合、財政収入を100として、1989年でわずか約1パーセントが地方税収入で、約71パーセントが分与金である。この状況は95年には若干改善し、地方税の構成比が約4パーセントへ上昇している。95年で見た場合、1万人〜2万人規模の自治体で、ようやく地方税収の構成比が約8パーセントに達するが、それでも「1割自治」に満たない。ただし規模が大きくなると地方税の割合も増えて4割近くになってくる。なお表2中の「その他」の中身は公債収入や借入金である。全ムニシピオの半数以上において、地方税の徴収額が不十分なため知事室とムニシピオ議会の行政費用すらまかなえない状態が認められるという。連邦税ですら、域内においてまったく徴収されていないムニシピオの数が1965団体に上る(注4)。統計数値だけでは読者は退屈されるであろうから、1つ具体例を紹介しておく。『VEJA誌』の署名記事によれば(注5)、トカンチンス州北部にブラジランジア市という人口1000人の小村がある。ここは新設の自治体の1つであるが、地方税歳入がわずか1000レアルしかないにもかかわらず、経費は人件費だけで33万レアル、水道事業費などで42万3000レアル、市議会運営費が10万3000レアルもかかる。日本円に置き換えれば、数千万円の経費が必要なのに地方税が数万円しか確保できない状況にあることになる。

 以上から、すべての規模の自治体に一般化することはできないが、小規模自治体に限れば−−しかもブラジルの大多数の自治体は小さいのであるが−−、地方税収はほとんどなくて上級の政府からの分与金で日々の運営費をまかなっていることが明白である。ムニシピオは事実上あるいは経済上、上位政府(州政府や連邦政府)の下請け行政機関に近い存在だ。彼らが享受している政治的自立性と経済的・財政的自立性の間のギャップが大きい。これは政治と経済のギャップであるが、「法と実態の乖離」でもある。そう考えれば、何も地方自治制に限ったことではなく、環境政策や司法行政など他分野でも「法と実態の乖離」が認められることを読者は想起されるであろう。これはブラジル政治社会の根本問題であると思うが、それが地方自治制にも反映してるのである。

表2 ブラジル全ムニシピオの規模別財政構造の変化 (単位:パーセント)

 住民数

(1000人)

1989年 1995年
地方税 分与税 その他 総収入 地方税 分与税 その他 総収入

(以上、未満)

 〜 2

  2- 5

 5- 10

10- 20

20- 50

50- 100

100- 200

200- 500

500-1000

1000-5000

5000 以上-

1.06

1.64

2.75

3.69

6.65

8.92

10.86

16.48

18.29

28.80

22.62

70.67

72.31

70.26

68.56

67.16

62.43

61.56

57.95

53.24

46.25

32.43

28.27

26.05

26.99

27.77

26.19

28.65

27.58

25.57

28.47

24.95

44.95

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

3.65

3.19

5.19

7.65

11.79

17.60

22.82

26.63

27.28

37.64

35.48

87.76

87.78

84.62

83.38

77.82

70.46

66.75

61.04

56.58

52.32

29.35

8.59

9.03

10.19

8.97

10.39

11.94

10.43

12.33

16.14

10.04

35.17

100.0 100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

100.0

全ムニシピオ 15.69 51.26 33.05 100.0 25.25 55.72 19.03 100.0

出所) F.E.J de Bremaeker, Evolucao das Financas dos Municipios no  Periodo 1989/1995, Serie Estudos Especiais No.13 (IBAM), novembro de 1997, p.25, Tabela 6 に若干補足.
原資料)Ministerio da Fazenda, Secretaria do Tesouro Nacional

 

3 危機にある連邦主義(Federalism)

こうした中ブラジル連邦制度は現在試練の時期を迎えていると筆者は考えている。「崩壊の危機にある」というようなセンセーショナルな形容句は控えたいが、1つの連邦国家としてのまとまりが薄まるような方向で事態が推移していると思う。そのように考える理由として3点挙げておきたい。第1に国と地方(州とムニシピオ)の関係がギクシャクしていること、第2に州と州の関係も悪化していること、第3にムニシピオが弱体化し、いわば足下から連邦主義が揺らいでいるように見えること、以上である。またしてもダラダラと論じるけれども、ポイントはこの3つだけなので、ご辛抱いただきたい。

3−1 ギクシャクする国と地方

第1に連邦政府と州政府の関係がギクシャクしている。背景説明をしておこう。1985年の民政への移行後88年に民主主義的な連邦憲法が成立したが、これが地方分権を促進した。とりわけ連邦および州政府からムニシピオ政府への分与金を大幅に増大させた(正確には連邦から州への分与金も増えた)。大量の資金が地方に流れたが、地方にはそれを効率的かつ公正に活用する「受け皿」がなく、無駄使いが蔓延した。なぜそうなったかについては2つの解釈が成り立つ。第1は「地方分権が行きすぎた(地方にカネを与えすぎた)」という解釈で、第2は「地方分権が資金面に傾き、税源や権限や人材面に及ばなかった」ためだという解釈である。つまり「地方分権が不十分だった」という理論だ。後者は筆者の解釈で、第1の解釈とは正反対である。ここでは詳論しないが、いずれにせよ連邦政府は地方分権が行きすぎたと考え、地方の統制・指導にとりかかった。とりわけ94年以降は「レアル」経済政策からくる財政緊縮の必要性も重なり、統制・指導に拍車がかかった。表3に示したように、3つの形態が重要である。

 

表3 連邦政府による州政府統制の主な形態

@緊急財政基金
 (EFE)の法制化
 (1994年2月)
    
のちに社会的緊急基金(ESE)へ発展的に解消。基金の原資には本来地方へ分与されるはずの連邦税収の一部を当てたので、地方から見れば歳入分与金が削減されたことを意味する。そのため州側に不満が残った。
     
Aカンジール法の
  制定
     
輸出振興を図るため、1996年9月にカンジール法(Lei Kandir)と呼ばれる法律によって輸出品を州の基幹税ICMS(商品流通税)の課税対象品目リストから削除した。「レアル」経済の要の固定相場制を堅持するためには十分な外貨準備の保有が不可欠なのと、「レアル」経済政策下での「レアル高」による輸出減退効果を相殺する必要性があることから、輸出刺激策として同法が、Antonio Kandir氏(税制に通じた政治家で、FHC政権閣僚経験者)の名前をとって制定された。当然州の税収は打撃を受けた。そこで連邦政府は補償金の交付を約束したが、連邦の一方的な政策は州側に不満の種を残した。
   
B連邦政府による
 州債務のリファイ
 ナンス
    
連邦政府は州銀行(州政府の債権者)の倒産を防ぐため債務を肩代わりした(リファイナンシング)。かわりに州に民営化や民間委託といった財政再建策を求めたが、州の協力が不十分な場合には、対州連邦歳入分与金の交付停止や州政府の税収を管理する銀行口座の差し押さえといった荒療治に出た。
    

出所)筆者作成

以上のように、連邦政府は様々な手法で財政赤字削減のために州財政を統制しようとしたが、一方州はそもそも財政赤字の原因が連邦政府の高金利政策にあると考えて、連邦の統制強化に反発している。つまり高金利政策が、@景気の低迷→税収の落ち込み、A変動金利部分の債務の増大→州財政赤字の増大 という2通りの経路で州財政を圧迫していると考えている。州による連邦政府への不満は法的措置に発展した。地方自治の理念をうたった88年憲法違反だとして、ミナス・ジェライス(MG)州のように連邦政府を相手取ってSTF(連邦最高憲法裁判所)で憲法訴訟を提起する州が現れたのである。ちなみに、99年1月のイタマル・フランコMG州知事のモラトリアム発言は、無論彼個人の感情も関係しているであろうが、以上のような財政フェデラリズムの変化の文脈の中で理解するとわかりやすい。

3−2 州間「財政戦争」の激化

第2の理由は、州と州が「財政戦争(guerra fiscal)」を始めてしまったことである。ブラジルではサンパウロ州のような先進地域から、近年工場が他地域へ分散し始めている。先進地域が過密による都市問題や賃金上昇などで産業立地上の魅力を喪失し、かわって低賃金労働力が豊富に存在するバイア州など後進地域が誘引力を高めたことが原因である。この状況の変化に応じて各州は、減免税など税制上のインセンティヴ供与合戦を演じた。これを「財政戦争」と呼ぶ。その効果をどう評価するかは難しい。たしかに企業誘致に成功して税収を伸ばしたと報じられる例もなくはない(例:MG州のBetim市)。しかし減免税措置の供与は課税ベースの喪失を意味し結果的には財政収入の減少を招く危険性が高い。

 昨年(99年)は、フォード社の新車工場(21世紀型モデルの生産拠点)の誘致をめぐって、リオ・グランデ・ド・スル州、サンタ・カタリナ州、パラナ州、リオ・デ・ジャネイロ州、バイア州、ペルナンブコ州およびサンパウロ州の7州が「戦争」をした。最終的には工場はバイア州に誘致されることに落ち着いたが、その決定過程で政界のドンACM(アントニオ・カルロス・マガリャンエス)上院議長(PFLの指導者)がBNDES資金を動かして影響力を行使したものだから、これがまた副次的なスキャンダルとなった。ACM氏はバイア州出身であることと、フォード社がインフラ整備や減免税だけでなく2億米ドルのキャッシュを要求したことと、バイア州に対してBNDES(経済社会開発銀行、ブラジル官僚のエリート・コースの1つ)がその資金を融通したことを思い出されたい。ACM議長が「貧困撲滅税」を提唱したのもちょうど同時期であったが、新税提案はスキャンダル逃れのパフォーマンスではないかと筆者は疑っている。

 2000年にはいってこの「戦争」は新たな局面にはいった。サンパウロ州知事Mario Covas氏が「財政戦争」批判を始めたことである。たしかに、「財政戦争」による他州の減税策で、企業を地方州に奪われて損をしているのが、先進州のサンパウロ州である。Covas知事が批判の武器として手に掲げたのは、「アンチ財政ダンピング税」とでも名付けられるような増税策である。つまり減税が供与された州で生産された財をサンパウロ州内へ移出する際には、サンパウロ州側が高率ICMS税を課するというものである。むろん、反批判も出されている。つまり「減税」という痛みをともなって生産した財の売り上げの1部を、なぜサンパウロ州が自分の懐に入れる−−すなわち横取りする−−というのか、という疑問である。この問題はまだ継続中で、推移を見守りたい。基本的には、連邦政府が音頭をとって「財政戦争」をやめるべきである。さもなくば、いずれ全州が税収減で自滅する

3−3 ムニシピオの「細胞分裂」

連邦主義が危機にあると筆者が考える第3の理由は、ムニシピオが無秩序に「細胞分裂」をしていて、零細なムニシピオは機能不全に陥っていることである。表4にみるように、ブラジルは昔から「親ムニシピオ」から「子ムニシピオ」が分かれるという現象を経験してきている。とりわけ80年代以降は平均で年間100団体ずつ増えているが、その過程は無計画というべきである。明治以来数次の町村合併で数万あった町村(郡)が約3300にまで減ってしまった日本とは対照的である。筆者は町村合併がベストとは考えておらず、基本的に自治体数の増大は、草の根自治の充実という観点から、良いことだという考え方を支持している(IBAMの主張)。しかし、現在進行中の分裂過程の評価は否定的である。

 

表4 ムニシピオの「分裂」過程

 年   団体数  年  団体数  年  団体数
1940

1950

1960

1,574

1,889

2,766

1970

1980

1991

3,952

3,991

4,491

1993

1997

1999

4,974

5,498

5,507

出所)F.E.J de Bremaeker, O Processo de Criacao de Novos Municipios Frente a Emenda Constituicional No.15, Serie Estudos Especiais No.12 (IBAM), setembro 1996, p.7, Tabela 1. 1999年の数値を山崎が補足。
原資料
: IBGE

 

新設されたムニシピオのほとんどは、1万人以下の小さな自治体で、地方税歳入が2万レアル(100万円〜200万円)に達しない町村が多い。多くは歳出の97%を分与金に依存している。設立後の自治体経営の展望がないまま、新設しているのだ。たとえば、リオ・デ・ジャネイロ州にあるクアチス市は、90年代初頭にムニシピオに昇格した人口1万1900人の町であるが、歳出350万レアルのうち3分の2が職員の人件費に費やされている。産業がなく雇用はフォルクスワーゲンのトラック組立工場のある隣町プロト・ヘアル市に依存している。

 母体となる「親ムニシピオ」から分離・独立すると、新しい議会と市役所が必要でそれだけ必要経費が増える。個別ムニシピオとしては収入を増やすべく、歳入分与金の増額を上位政府に対して切望する。税務の改善を通じた地方税(都市不動産税やサービス税)の増収はもとより諦めているのだ。連邦や州の歳入分与金の交付基準・配分は複雑であるが、概括的に言えば人口と付加価値生産額に比重が置かれている(詳しくは拙稿「ブラジルの歳入分与制度」を参照されたい)。とくにFPM(「ムニシピオ向け参加基金」と呼ばれる連邦歳入分与金)は人口基準のみで配分されるので、ムニシピオはより多くの住民の転入を促進する政策を採択する(引越用トラックを提供する自治体すらある)。住民数の増加率が他市のそれを凌ぎ、そのことが人口センサスに反映されれば、確かに当該ムニシピオの受け取る分与金(依存財源)は増える。しかしそれ以上に病院や小学校や市営住宅などの行政需要が転入者の増加に伴って増えて、ムニシピオ財政がますます圧迫されるという悪循環が生じている。

 最近新しい法ができて(憲法修正第15号)、新設に一定のブレーキがかかりつつある。しかし「新設すれば経費は分与金で何とかなる」という発想−−そしてそれを可能にする分与金制度−−から脱しない限り、無計画な分裂へのインセンティブを減じることはできない。「新設自治体の主要経費は地方税でまかなう」という原則をつくり、税源の地方への委譲を通じてこの考えを徹底することが、肝要である。連邦議会で論議中のIVA(連邦税・州税・ムニシピオ税の統合税)案は集権化を進めるもので、地方の中央への依存症の解消には役立たないどころか、かえって「おんぶにだっこ」の状況を進めてしまうかも知れない。したがって筆者はこれに懸念を抱いている。

4 内容の要約と執筆後の雑感

短く軽くまとめるつもりが、長いエッセイ−−まるで論文−−になってしまった。インターネットのウエッブ・サイトへの掲載だから紙数制限は緩いだろうという、勝手な甘えがどうやら災いしたようだ。弁解が許されれば、ネット掲載の書き物としては私の処女作なので、ついつい書き込んでしまったのである。ここまでおつきあい頂いた読者に深謝したい。

 小論はまずはじめに、開発経済学にとって地域や地方自治体がたいへん重要だという話しから始めた。次にブラジルの地方制度を概観したわけであるが、3つの特徴を指摘した。第1に単純明快さ、第2に基礎自治体と州の政治的独立性の高さ、第3に経済的自立性の低さであった。概観について基礎的知識を得た上で、われわれはブラジル財政連邦主義(財政フェデラリズム)の近年の変化について検討した。そこでは次のことを明らかにした。第1に連邦政府と州政府の関係が良好ではないこと、第2に州政府間も「財政戦争」状態になっていること、第3に新しいムニシピオが無計画につくられ、まさに足下からフェデラリズムの基盤がを堀崩されているように見えること、この3点である。ブラジルの連邦主義を下から(ムニシピオ・レベルから)強化していくことが、やがてはブラジルの公的部門の、しいてはブラジルの経済社会の国際競争力強化とブラジル国民の福祉の向上につながると信じている。このことは、技術移転、産業立地、マクロ金融政策、都市化、労働移動、環境保全など開発論の他の分野に並んで、重要なのである。

 終わりに感じることは、机上で「地方自治体論は開発論の要だ」と書くことは簡単であるが、実態としての自治体の行財政能力は未熟だということだ。この領域の研究を始めたのはよいが、筆者は一市民として途方に暮れている。研究者としては、脆弱な状況をそのように叙述し、あるいは分析すれば、一応論文を生産することはできるから、その意味では絶望することはないだろう。むしろ、著者の能力を考慮の外に置けば、問題が山積しているほど論文執筆の生産性は高まるかも知れない。しかし実際のブラジル社会をどのようによくするか、とりわけムニシピオや州の行政能力や住民と協同する力をどのように高めるのかという問題に向き合うとき、歩むべき道のりの長さに愕然とする。

 近年「政府の失敗」(官僚制の弊害)を市民参加や住民参加やNGOの力で克服しようという論調がマスコミや政府内にも強くなってきている。IT革命やエコ・ビジネスなどと並んで明るい話題の1つである。その傾向はよいことで、筆者もいくつかの市民団体の名簿に名を連ねている。しかし、そのことは、行政(地方行政)の責任を免じることを意味するものではない。政府は「失敗」したからといって、消滅させるわけにはいかない。「失敗」した政府は作り直さねばならない。ブラジルの公的部門を下からどう作り直していくかという課題は、情報産業論や国際金融論のような華々しさがない、地味な仕事である。その研究も地味であるが、実際に現場で取り組むことはさらに地道な努力を要する。MITのJ.Tendler教授の研究ではセアラ州の公務員の仕事熱心さが強調されているが、他の州やムニシピオでも現場で努力している真面目な公務員がたくさんいると思う。そこに、「市場の失敗」(例:公正・平等の欠落/環境破壊)と「政府の失敗」(例:効率性の欠落/環境破壊)を乗り越える将来に向けた第三の道が横たわっている。

 地方自治論はますます重要視されつつある。日本でも地方分権推委員会(諸井虔委員長)がつくられ、平成8年(96年)3月に「中間報告」を出して以来、6次にわたって勧告を発表してきている。平成11年(99年)7月16日には、「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(通称「地方分権一括法」)が公布された(評価は紙数を要するので控える)。地方自治論は「21世紀論」であり、今後開発経済学の中心の位置まで押し上げられてくるだろうと、筆者は信じている。

5 補論

この補論はかなり退屈で、冗談っぽくいえば「学術的」なので、読者は無視していただいて結構である。

 さて、「1 はじめに」で書いた第1のポイントである、「開発」の目的や定義にはいろいろあるが、「効率と公正の両立」こそ誰しも関心を寄せる課題であろう。「効率」は「経済成長」や「産業振興」に、「公正」は「再分配」や「貧困撲滅」に置き換えてもよい(この二分法は経済理論としては不適切だが、ここでは問わない)。2つの両立は簡単なことではないが、両立のためには地方自治体が重要な鍵を握っている。地方自治体は、一方で、産業振興の重要な促進体で、他方では貧困対策の担い手である。産業振興といっても結局は優秀な企業がどれだけその国に育っているかがポイントである。そうした企業は「国」という大きな空間に存在するというよりも、@市場(顧客)へのアクセス、A原材料の調達、B産業基盤(鉄道や港湾)の整備状況、C自治体の供与する税制上の優遇策といった、具体的な地域的条件に制約されつつ、特定の地域空間の中に存在する。競争力のある企業が集積した「地域」(都市)がその国にどれだけ存在するかが、一国の経済力を左右する。この点は古くはジェーン・ジェイコブスが『都市の経済学−−発展と衰退のダイナミクス』(中村達也訳、TBSブリタニカより1986年刊)で力説したことであるが、近年は「クラスタリング(clustering)論」や「産業集積論」として注目されており、従来互いに疎遠であった経済地理学と開発経済学が交わりつつある。たとえばエコノミストであるポール・クルグマンの『脱「国境」の経済学 : 産業立地と貿易の新理論』( 北村行伸・高橋亘・妹尾美起訳、東洋経済新報社、1994年)を参照されたい。

 他方で地方自治体は貧困対策の重要な主体である。ブラジルでは低所得者向け公共住宅の提供者として連邦政府や州政府よりもムニシピオと称される市町村が重要であることは、周知の事実である(これは1988年連邦憲法に規定された事務配分の基準に基づいている)。あるいはストリート・チルドレンの問題を考えてみよう。ブラジル「南部」のパラナ州には5年前から「Da Rua para a Escola(街路から学校へ)」というプログラムがある(注6)。それは同州の399のムニシピオのうち392団体において実施され、7万人の子供たちや青少年を救った。筆者が直接調査したわけではないので専門的な評価はここでは留保するが、このプログラムがユニセフ(国連児童基金)の「Children and Peace賞」を受けたことを記しておこう。住宅や初等教育に限らず貧困問題や再分配の問題は、人々の生活に直接関わる問題である。人々にできるだけ近いレベルの政府すなわち地方政府のほうが、より正確に住民のニーズを把握して問題に迅速に対応しうると考えられる。

 ある国を地域の視点から論じる第2の理由は次の通りである。経済学に限らず「平均値」を扱う際に注意せねばならないことは、「平均値」はあくまで計算上存在するのであって、実存するとは限らないことである。ある小学校の40人学級の平均身長にぴたりと当てはまる身長の生徒が、その40人の中にいるとは限らない。ブラジルのように所得のジニ係数(注7)が高く(1995年で60.1)、地域間所得格差も大きい国では、とりわけ「平均値」に警戒せねばならない。国全体の一人あたりGNP(1998年で4,570米ドル)よりも、具体的な地域(町や村)の具体的状況が問題なのである。「平均値」としての4,570米ドルという数値の向上は、望ましいことであるにしても、あくまで結果を表す数値にすぎない。その結果を生み出すために遂行せねばならないことは、具体的な町や村において具体的に存在する地域経済を、いや個々の具体的企業を、具体的な方法で振興するという、そういう努力を積み重ねることである。この点からしても、地域経済の構造や地方自治体の機能を知り評価することは重要である。

≪注≫

1 本稿の1部分は以下の論文@とAを下敷きにした。重複する部分があることをお断りしておきたい。また執筆に利用した資料には、Aとも関係するが、大蔵省財政金融研究所「平成11年度開発経済学研究派遣制度」による渡伯(1999年9月22日〜10月17日)中に収集した文献が含まれている。地方分与金制度のより詳しいことがらに関心を持たれる方は、B〜Eも参照されたい。

@「開発と地方自治」(土生長穂編著『開発とグローバリゼーション』柏書房、2000年4月所収)


A「ブラジルの1988年以降の財政危機・地方財政危機の原因と打開策について」(『開発経済学研究派遣制度 研究報告書』
大蔵省財政金融研究所、平成11年度所収)

B「ブラジルの歳入分与制度」(日本地方財政学会編『地方財政改革の国際動向』日本地方財政学会研究叢書第6号、勁草書房、1999年)。

C「『レアル』経済下におけるブラジル財政フェデラリズムの変容」『ラテンアメリカ論集』第33号、日本ラテンアメリカ政経学会年報誌、1999年11月

D「開発経済学と地方自治」(『エコノミア』第48巻第4号、1998年2月)

E「発展途上国における地方分権化――ブラジルの1988年地方財政改革の問題点」(日本地方自治学会編『都市計画と地方自治』敬文堂、1994年)。

2 ローレンツ曲線(Lorenz curve)とは次のことを意味する。仮にある国には地方自治体が10しか存在しないとしよう。それぞれの自治体の名称はA,B,C,D,E,F,G,H,I,Jとし、それぞれの人口はa人,b人,c人,d人,e人,f人,g人,h人,i人,j人(すべて正の整数)とする。この順番は人口が小さい順に並べられたものだと理解しよう。すなわちa < b < c < d < e < f < g < h < i < jである(≦もOKだが、数学の時間ではないので厳密な話しはやめにしよう)。10の人口数の総和はすなわちこの国の人口Pだと考える。つまりa + b + c ...+ i + j = Pとなる。グラフの縦軸に累積人口数、横軸に自治体数の累積をとる。この10の自治体の人口を順に足していって得られる数をグラフ上に記していく。すると原点にもっとも近い最初の点は、横軸の1に対して縦軸のaが対応した(1,a)となる。次が(2,a+b)、次が(3, a+b+c)、次が(4, a+b+c+d)となる。9番目の点は(9,P-j)、10番目の点は(10,P)となることは明白である。この10番目の点をQと呼ぼう。こうしてグラフ上にプロット・アウトされた10の点をつないでできる曲線(一般に下方に凸)をローレンツ曲線という。

 さて原点とQを結んだ直線OQ(均等分布線という)と、このローレンツ曲線との間に三日月(というか、弦を張った弓のような形−−直線OQが弦)が形成される。一方Qと原点と横軸上の10の点(10,0)をつなぐと、三角形(直角三角形)ができる。この三角形の面積を分母にし、この三日月(または弓)の面積を分母にして得られる分数を、少数で表現した値(またはそれをパーセント表示した値)が、ジニ係数(Gini coefficient)である。aからjまでの値の間の格差が大きいほど、この三日月(または弓)の面積は大きくなるので、ジニ係数も大きくなる。もっとも極端な不平等は、次のケースである。つまりAからI市までの人口がゼロで、J市に全人口が集中している場合だ(つまりa = b = c = d = e = f = g = h = i = 0, j = P)。このときのローレンツ・カーブはO(原点)と(10,0)の点とQを結んだ線となり、ジニ係数は1.0(または100)となる。

 所得に関するジニ係数を算出した場合、先進国は30から40だから、ブラジルの所得のジニ係数60.1は高い。しかし、どのような値であればその国が平等な社会といえるのかについては、解釈は難しい。ジニ係数30の社会が、本当に所得の面で平等な社会かどうかは、住んで実感して、さらに他国での経験と比較してみないとわからないと思う。

3  注2を見よ。

4 Selcher, Wayne A. [1998] "The Politics of Decentralized Federalism, ational Diversification, and Regionalism in Brazil", Journal of Interamerican Studies and World Affairs, Volume 40, Number 4 (Winter)

5 Diguez, Consuelo, "Pequenos e Falidos", VEJA, 7 de julho de 1999

6 『VEJA誌』2000年2月2日号の29ページの「レター欄(Cartas)」に掲載されたパラナ州児童家族問題局Fani Lerner氏の投稿文より。

7  注2を見よ。

 


<著者紹介>

山崎圭一(やまざき・けいいち)
横浜国立大学経済学部助教授(途上国経済)
Eメール:yamazaki@ynu.ac.jp
ホームページ:http://www.econ.ynu.ac.jp/zemi/yamazazj.htm
    
   

      

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