≪環境問題セミナー≫ 

熱帯地域の環境政策入門

山 崎 圭 一

※以下は、『環境と公害』(岩波書店発行、第30巻第1号、2000年夏号)に掲載された小論「≪環境問題セミナー≫ 熱帯地域の環境政策入門」を、出版社の許可を得て転載したものである。


本稿の目的は、南米のアマゾン熱帯林の大部分を抱えるブラジル連邦共和国の環境政策を論じることである。環境政策の一端を大きく自然の保全、産業公害の撲滅、アメニティの創造の3分野にわけて紹介することにするが、その前にまず、ブラジルの環境政策の形成過程を概観しておこう1)。以下に記す理由から、主に20世紀が対象になる。

1 軍事政権下で始まった環境政策

 この国がポルトガルから独立したのは1822年であった。これは市民革命ではなく、ここからブラジル帝政(立憲君主制)が奴隷制を温存させたまま始まった。奴隷解放は19世紀終わり頃に進み、1889年に無血革命で共和制へ移行した。したがって民主国家の環境政策を論じる際に19世紀はさしあたり除外できる。いわゆる「政府の介入」は1929年恐慌以降、ジェツリオ・ヴァルガスという軍人大統領の下でのポピュリズム体制で始まった。一定の労働者保護政策がブラジル経済史上初めてつくられたが、産業資本の要請を受けて工業化が優先されたので、環境保全への配慮はあまりなかった。

 ブラジルにとって転換点になったのは、1972年の国連「ストックホルム会議」であった。このときこの国はインドやスリランカなどとともに「環境保全よりも経済成長を」という主張を行ったということで、悪名高い。しかし現実にはブラジルは決して会議の進行を妨害していたわけでなく、むしろ途上国側の要求をまとめるための重要な役割を果たして、モーリス・ストロング事務局長を舞台裏で支えた。同時に重要なのは、国内では産業拠点の汚染問題がピークに達して、市民や行政官の間で環境意識が既に高じていたことである。こうして会議後の73年に「環境特別庁(SEMA)」が設立された。これが連邦レベルでの環境保全政策の始まりであった。その後81年に環境基本法ができたが、施行細目は2年遅れの83年にようやく整備された。81年にはブラジルの環境政策の最重要機関である「国家環境審議会(CONAMA)」も設置されたが、初会合は3年遅れて開かれた。経済成長優先主義の圧力が強かったためである。

 いずれせよ、環境法体系と環境行政システムの整備状況だけを見れば、先進国にそれほど大きく遅れてスタートしたわけではない。しかし問題は、この動きが進んだのが軍事政権(1964〜85年)下だったということである。軍事体制は開発を優先させたので、環境政策は実質的には進展しなかった。SEMAには他省の開発主義を抑える力はなかったし、市民にもこれに抵抗する力はなかった。軍政下では労働運動や社会運動が抑圧されていたし、また環境問題が集約的に現象した大都市に限って、首長が公選から任命制に変わるという形で地方自治制度が停止されていたからである(地方の小都市では地方自治は継続した)。軍政には結局終止符が打たれたが、21世紀を目前に控えた今日でも、環境保全は遅れており、これから本格化する段階にあると言わざるを得ない。

2 自然破壊について

 ブラジルの環境を論じるのにアマゾン(Amazonia)の熱帯林を避けて通るわけにはいかない、「アマゾン地域」の生態学的範囲と行政法上の地域と地理的エリアはそれぞれ異なる2)。その面積についても数説あるが、さしあたり約650万kuから700万kuの間だと考えておこう(日本の国土の約18倍)。ブラジルを念頭においた場合、森林破壊の原因は大きく4つある3)。第1は開発計画の失敗である。政府は「国家統合計画(PIN)」にアマゾン横断道路建設を盛り込み、開拓を促進しようとした。道路は完成したが、入植地での農業が失敗し森林破壊に結果して、入植計画は中止された。第2は「第2次国家統合計画(PINU)」での農鉱業開発(カラジャス鉄鉱山開発が一例)で、これも結局環境の質の悪化を招いた。第3は不適切な管理による牧畜である。熱帯林だけではなく熱帯季節林も伐採されて牧場がつくられたが、多くの牧場が荒廃した。これを助長したのが連邦政府の補助金・減免税政策であった。投機的目的で保有される見せかけの牧場にさえ減免税措置が与えられた。第4はツクルイ発電所のような巨大水力発電所建設による森林消失である。樹木が生きたままダム湖に沈められた。水底で「窒息」した木々がメタンガスを含む温暖化効果ガスを発生させて、2重の環境悪化を招いている。このように見てくると、ブラジルでは、先住民による焼き畑農業が森林消失の主要な原因ではないことがわかる。

 その先住民はむしろ開発の犠牲者である4)。5カ国以上にまたがるアマゾンの森には、379種族93万人のインディオが暮らしている(250万人との説あり)。彼らの居住区は金や銅やチタンなど鉱物資源が豊富である。その開発が彼らの生活環境の荒廃を招いた。たとえばブラジルのヤノマミ族(ianomamis)について見よう。1万1000人の住民が面積でポルトガルに匹敵する広大な保留区に住んでいる(人口密度は9kuあたり1人で、サハラ砂漠の人口密度よりも低い)。1988年連邦憲法(軍政終焉後につくられた民主的憲法)の発効後、国内に561ある保留区での鉱物資源開発を認める法律が下院を通過したが、施行細目が詰められなかったので、合法的開発は停止となった。ところが実際には、資源が豊富な保留地での不法な開発行為が横行したのである。金の場合ブラジルは古くからガリンペイロ(garimpeiro)と呼ばれる金掘職人が手仕事で採鉱してきたが5)、近年機械化されて生産性が増し、近代的事業者の生産量に匹敵する量の金を生産するに及んでいる6)。このガリンペイロの1部が保留区にて不法な採鉱を始めた。ガリンペイロとインディオ間の紛争が頻発し、93年にはガリンペイロが3回にわたってヤノマミの村を襲撃して70人を殺害するという悲劇が発生した。先住民の静穏な生活が脅かされている。

 1999年にようやく保留区での不法開発問題が連邦議会で審議され、ロメロ・ジュカ上院議員の主導で新法が上院で可決された。こうして、保留区開発の合法化が図られつつある。ではこの新法で先住民の村は闇業者から解放され、平和を取り戻すのだろうか。実は平穏は簡単には戻らない。すでにヤノマミ保留地の712件を筆頭に、メンクラグノチレに517件、バウに502件などと、業者からの開発申請が政府に殺到している。闇のガリンペイロは減るかも知れないが、今後は合法的なガリンペイロとモッホ・ベリョ・グループといった近代的大企業がインディオの村々にやってくるであろう。先住民の「開発との闘い」はこれからが本番である。ブラジル国内の先住民35万人のうち、「白人」と接触した経験がないのはわずか2,000人とも言われている。インディオの保護が弱い88年憲法下では、多くは文明の波に飲み込まれてしまうかも知れない。

3 産業公害について

 大気汚染を中心に紹介しておこう。まず工場排煙による汚染としては、サンパウロ市の南方約40kmにあるクバトン市の公害が世界的に有名である。石油精製や製鉄などの部門の大企業(当時は国営、近年民営化)が林立し大量の煤煙や二酸化硫黄が環境中に排出された7)。このために酸性雨が発生して森林が破壊されて地滑りが発生したり、住民に呼吸器系疾患を含む健康被害がもたらされたりしたこうして「死の谷」として知られるようになった。被害者は「命を守る会」を結成し環境保全運動を始めた。1992年の「地球サミット」の際には、彼らは日本の公害患者と家族の会との被害者同士の交流会を開催した。日本側からは森脇君雄全国患者会代表(現あおぞら財団理事長)らが出席した。 一方で自動車排ガスによる大気汚染も深刻である。この国ではアルコールとガソリンの2種類の燃料が利用されており、クルマもアルコール車とガソリン車の両タイプが製造・販売されている。80年代末頃よりは改善されてきたが、アルコールとガソリンの排ガスが混じった独特の臭いが街に充満している−−現代ブラジルの臭いである。アルコールはこの国で大量に生産されるサトウキビから精製される。この精製過程で水質汚染が発生するが、消費過程はクリーンだと導入当初は信じられていた。しかし実際には窒素酸化物やアルデヒドなどの有害物質が排ガス中に含まれ、ガソリン車の排ガスとともに健康被害の原因ではないかと疑われている。

 医師や専門家による被害調査は全国的には本格化していないが、たとえばサンパウロ州立大学医学部大気汚染実験室が、子供と老人の呼吸器系疾患による死亡数と汚染指数の変化との相関関係を調査した。すると子供のケースの30%,老人の11%において正の相関が認められた。同じくサンパウロ市内の代表的医療施設であるクリニカ病院の小児科も、汚染濃度の高い日には呼吸器系疾患の患者数が12%、喘息患者数が30%増大すると報告している8)。このような排ガス汚染の主因は、単体規制の不十分性(触媒による排ガス制御が長い間実施されていなかったこと)と、地下鉄といった軌道系大量輸送システムが未整備であるために自動車依存型の交通体系になってしまっていることにある。

 排出濃度基準が策定されて単体規制が始まったのが、たとえば一酸化炭素については1988年であった(新車のみを対象)。その後徐々にCO規制は強化され、先進国並の排出基準に達したのが97年1月である。この最新の規制をクリアした、汚染物質除去装置のついた新車が市場に出回り、街を走るクルマの大多数になるまでには、10年はかかると見込まれる。むろん自動車交通量そのものを減らすという根本問題は未解決のまま残されている。当面ブラジルの大都市は排ガスに悩まされ続けることになる。

4 アメニティ問題について

 アメニティと言えば、先進国では図書館、運動施設、保育所、街灯、街路樹といった都市施設整備、歴史的建造物や都市景観の保全、身近なバイオトープ(小川や池)の再生などを意味する。ブラジルでも中上流地区においては同様の課題があるが、ファヴェーラ(ブラジルの貧民窟)ではそれ以前に基本的な住居そのものを人々に提供することが最優先課題である。現在全国で600万戸以上の住宅が不足していると推計されている。これは緊急に再建されねばならない建物のみを数えた値で、改築需要を含めると1000万戸を数える。1964年に設立された国立住宅銀行(住宅金融制度の中核的機関)が高率のインフレ(年数百%)という混乱と不適切な経営のために崩壊し、現在全国的金融制度は存在しない(新システムを準備中)。「金融」が機能しないなら「財政」に供給能力があるかというと、その場合「地方財政」に着目せねばならない。なぜなら住宅供給と都市計画は「ムニシピオ」と呼ばれる基礎自治体(日本の市町村にあたる)の事務だと憲法で規定されているからである。ところが多くのムニシピオの自主財源が皆無に近く、住宅供給公社を設立・運営する余裕など全くない。「金融」と「財政・地方財政」に期待できない中で、貧民街の人々は互助組織をつくって、「セルフ・ヘルプ方式」で住宅建設に取り組んでいる。

 ミナス・ジェライス州の州都ベロ・ホリゾンテ市の政策をみてみよう。同市にはURBELという名前の住宅建設支援公社があり、「セルフ・ヘルプ」の建設運動を営む住民組織に、@建築技術者を派遣する。A安全で廉価な建築材料を提供できる業者を斡旋する。B材料費など自助建設費を融資する。などの財政に負担をかけない方式での支援を与えている。筆者は1999年の10月に、同公社の担当者(社会学者)の紹介で建設現場の1つを訪ねる機会があった。そこはASCAという名の住民組織が活動しているサイトである。

 ここには202世帯約700人が集まり、執行委員会をつくって建設作業を管理していた。公社(市役所)の技術援助と住民の自力で202戸分の住宅(2階建て、床面積60u、建設費用約70万円、モデルは2種類)を建設していた。建設段階では、誰が誰の住宅を建てているかは未決定である。約2年半ほどをかけて全戸を完成させたのちに、一定のルール9)に従って住宅の割当て作業(所有権の確定)を行う。ルールがあるとはいえ、住宅の分配をめぐって住民間で紛争が生じないか、執拗に質問した。インタビューした執行委員会代表のR.F.デソウザ女史の答えは「トラブルはない」であった。たしかに上物はほぼ同一だが、土地(立地場所)はバス停に近いか遠いかなど微妙にそれぞれ条件が異なる。なのになぜ平和に所有対象の決定ができるのか。筆者は1人で次のように合点した。第1に、ブラジルでは不動産鑑定制度が未整備で(鑑定士も少ない)、固定資産評価が不規則なので、少しの場所の違いで将来の売却時に評価額の差が生じない。だから土地・家屋の奪いあいにならない。第2に、多くの住民はファヴェーラからようやく抜け出して来た人たちである。60uの水も電気もある合法的な居住は「夢」であり、満足感が人々の心を支配しているからである。

5 今後の課題

 本稿では熱帯林破壊を先住民インディオの問題と関わらせて紹介し、またアメニティ問題として住宅問題を「セルフ・ヘルプ」を中心に取り上げた。先住民問題は環境問題とイコールではないし、住宅問題も都市問題であって環境問題ではない。しかし家がない人々が数百万人いるブラジルのような貧富の格差の大きな社会では、「快適性」の優先問題として、まず「家を与える」という基本的課題に取り組まねばならない。今回はブラジルの特徴を強調するために、このように先進国論とは異なる整理をした。政策実施上の問題として本来行政・地方行政の「能力」の問題(財政力や市職員の識字率など)を分析したかったが、紙数が尽きたので別の機会を待ちたい。     (やまざき・けいいち)

 

(注) 

1  ブラジルの環境政策を,この国の政治経済構造全体の発達史の中に位置づけ、構造全体の「グリーン化」という視点から評価しようした試みに、Roberto P.Guimaraes、 Ecopolitics of Development in the Third World -- Politics and Environment in Brazil, Boulder & London: Lynne Rienner Publishers, 1991がある。以下環境政策の概観については同書を参照した。

2 アマゾンの開発については堀坂浩太郎「アマゾン」(水野一・西沢利栄編著『ラテンアメリカの環境と開発』新評論、1997年所収)を参照した。

3 アマゾンにおける森林伐採については、西沢利栄「自然環境に対する開発のインパクト−−森林伐採を中心として」(水野・西沢前掲書所収)を参照した。

4 先住民問題については,Alexandre Oltramari, "O Cobiçado Tesouro dos Índios" (Veja, 20 de outubro, 1999)およびAlexandre Mansur, "No Papel de Mocinho"(Veja, 12 de abril, 2000)を参照した。

5 近年この精錬過程で発生した水銀による環境汚染が懸念されている。この点については、たとえば原田正純医師ら11人のグループによる共同論文「金採掘労働と水銀による環境汚染」(『環境と公害』第27巻第3号、1998年冬号)を参照されたい。

6 1994年で近代的企業が約40トン、個人ガリンペイロが約40トンで、合計約80tが生産された。なお、ブラジルの金生産量は、世界的には南ア共和国(1995年の世界シェア23%)、米国(同14%),豪国(同11%)などに比べて小さい(Mathis, Arimin, Daniel Chaves de Brito e Franz Josef Brüseke, Riqueza Volátil -- A Mineração de Ouro na Amazônia,Belém:: Editora CEJUP, 1997を参照)。

7 サンパウロ市の公害について詳しくは、拙稿「大都市の環境問題」(国本伊代・乗浩子編著『ラテンアメリカ 都市と社会』新評論、1991年所収)および「大都市の環境悪化の実態とエコ・シティへの模索」(水野・西沢前掲書所収)を参照されたい。

8 健康被害の医学的調査については、『Veja São Paulo』誌1994年9月14日号のIracy Paulina記者署名の大気汚染特集による。同記者は都市問題・都市政策関連記事の専門的担当者である。

9 ASCA地区では月曜日から金曜日までの建設労働には市当局から手当が至急され、土曜日と日曜日の労働のみが無償の寄与と見なされる。この無償労働の提供が多い住民から順に優先的に完成した住宅を選ぶ権利が与えられる。

 


山崎圭一
横浜国立大学経済学部助教授(途上国経済)
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