ブラジル 1990年代以降の靴・繊維産地の変容

    山崎圭一(横浜国立大学経済学部教授)


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近年経済発展と産地の関係が注目されているので、ブラジルの産地について靴と繊維産業を中心に考察しよう。世界の靴市場は、大まかに述べれば、最高級品市場をイタリアが制覇し、低廉な靴の市場を中国製品が占めていて、中間部分をブラジルが押さえている。以下、古くからの産地を擁する南部(スル)・南東部(スデステ)と、最近発展してきた北東部(ノルデステ)にわけて、検討したい(以下ミルトン・サントスと
M.L.シルヴェイラの共編著O Brasilや、その他経済地理分野のブラジルや欧州の研究者の論文を参照した)。

南部および南東部の産地の動向

周知のように、リオ・グランデ・ド・スル(RS)州のヴァレ・ドス・シノス地域が、靴産業の中心地である。ここは地理的範囲が広く、12の市町村(ムニシピオ)を包含している(表参照)。同州の靴生産の半分を大手20社が、残りの半分を中小零細規模の800社が担っている。12の市町村の1つであるノヴァ・アンブルゴ市には技術開発センターがあり、靴企業への技術支援を実施している。

        表: 南東部・南部の靴の産地

RS

[Vale dos Sinos地域 ] Campo BomDoisIrmãosEstância VelhaGramadoIgrejinhaIvotiNova HartzNovo HamburgoParobéSão LeopoldoSapirangaSapucaia do Sul

SP BirigüiFrancaJaú
MG

Nova SerranaJuiz de ForaUberlândiaUberaba

SC São João Batista

           注:地名は市(ムニシピオ)名。近年成長してきた北東部の産地は含めていない。
  

 サンパウロ(SP)州の産地も大きく、RS州についで全国で2番目の靴の生産量を誇っている。たとえばビリグイ市は、子供向けの靴の南米最大の産地であろう(生産物の9割が子ども用)。Popi, Kiuti, Ypo, Bical, Klin(写真参照), Kolli's, Pampilliなどの企業が立地している。繊維産地としては、アメリカーナ市、ノヴァ・オデッサ市、サンタ・バルバラ・ドエステ市、スマレ市がある。この地域では、アジアの低価格製品の輸入が急増した。1989年で2200トンだったのが、95年には約7万トンが輸入された。同時期にアメリカーナ市の産業パークは、事業所数も雇用数も減少した。

サンタ・カタリナ(SC)州については、サン・ジョアン・バチスタ市に120社の靴企業が立地している(主に国内市場向け)。靴以外では、ヴァレ・ド・イタジャイ地域(州北部)に繊維産業の産地があり、とくにニットウエアを生産している。そこの代表的な町がブルメナウ市である(1850年にドイツ人移民が設立した町)。同市では、繊維産業が雇用の5割近くを生み出している。代表的企業として、Sulfabril社、Teka社およびHering Têxtile S.A.ある。金属加工業・電子機械の産地がジョイヴィレ市、陶磁器タイルの産地がクリシウマとツバロンという町(いずれも州南部)、家具の産地がサン・ベント・ド・スルである。

繊維では、このほかリオ・デ・ジャネイロ州にランジェリーの産地がある。全国生産の半分を同州が占めている。

shoes.jpg (15509 バイト)
写真 
Klin社製乳児用靴の例
(筆者撮影)

SC州の繊維、金属加工・電子機械および陶磁器タイルの3産地について調べたJörg Meyer-Stamerは、同州での産地には、水平的ネットワークを特徴とするクラスタリングが、従来形成されて来なかったと結論づけている。クラスタリングとは、企業が業務の一部をアウトソーシングして、他企業と生産ネットワークを形成していくことである。SC州では、企業は下請け企業を使わず、基本的に必要な部品を内製した。クラスタリングがもたらす(と一般的に考えられている)競争優位性が、ここでは拒否されてきた。その理由は5つ指摘されている。2点だけ紹介すると、第1に、ハイパー・インフレのようにマクロ経済環境の変動が激しかったので、企業は外部との取引をできるだけ避け垂直統合を選択する傾向にあったこと。第2に、行政に対する信頼性が低いことから、企業は法的に複雑な手法をいろいろな局面で活用した(租税回避が一例)。秘密保持の点から、企業間ネットワークの形成が敬遠されたのだという。

この、クラスタリングを歓迎しない企業行動が、インフレが止まりグローバル化が進んだ1990年代半ば以降に変化したかどうかというと、産業によりいろいろである。たとえば繊維産業では、93年に関税が下がったことがきっかけで、海外との競争圧力が高まった。そこで、ブルメナウ市の繊維企業は、アウトソーシングを含め、競争力強化に努め始めたようである。ただしこれは大手企業に限定され、中小企業は従来通りの垂直統合型(非クラスタリング型)の企業行動を継続している。陶磁器タイル企業は、80年代の「失われた10年」で建設需要が低迷するなどして、すでに辛酸をなめていた。したがって、繊維産業よりも、クラスタリングを含めた競争力強化に熱心である。このように、産地、産業、企業規模によって、クラスタリング戦略への温度差がある。
  

北東部の産地の動向

北東部は、近年いろいろな産業部門で重要性を増してきている。たとえばセアラ州が靴の産地として成長してきており、とくにフォーマルないしセミ・フォーマルな靴一般(ポルトガル語でサパートス[sapatos])に優位性を有している。賃金面で他州と比較して競争力を持っているので、ブラジル全体の輸出に占めるセアラの割合が高まっている。同州の靴産業については、セアラ連邦大学大学院経済学研究科のジャイル・ド・アマラウ・フィリョ教授が研究している。同教授は、靴に限らずセアラ州の産業には「内発性(a natureza endógena)」が認められると従来から主張している(国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会のある報告書でも同見解を呈している)。「内発性」とは、地域が地場産業のイノベーションで発展してきたという意味で、外資や他州の企業の貢献は副次的だとする見解だと、さしあたり理解されたい。
   
同じ北東部地方でも、パライバ州、ペルナンブコ州およびバイア州は、
1960年代以後南東部企業が移転してきて発展した。これを「外来型」と呼んでおこう。たとえばバイア州では、靴企業が30社立地している。同州はこの靴産業でも、「外来型」開発政策で積極的な誘致策を展開した(近年自動車工場の誘致合戦でも全国的に着目された)。たとえば、Azaléia社やCalçados Ramarim do Nordeste S.A.が、工場用地の提供、インフラの整備、ICMS(商品流通税、州の基幹税)の90%減税(2012年まで)といった優遇措置を得て、バイアへの立地を決めた例である。

  

まとめ

主に靴と繊維を中心にみてきたが、同じ産業でも、州によって歴史的経緯がまったく異なっている。最近は、一般的に(特定の産業に限らず)、南東部の州の製造業が相対的に衰退し、北東部やその他の地域の州の地位(生産高の全国シェア)が上昇するという傾向がある。要因の1つは、南東部の企業が北東部に工場を移転させていることである。しかし、本稿でみたように、状況はそれほど単純ではない。逆境への繊維産業の対応は、企業規模や産地によって異なるようであるし、北東部も一枚岩ではなく、「外来型」で地域産業振興を展望するバイア州と地場産業を重視するセアラ州は、対照的に見える。
   
地域の自立的発展を重視するという点で、筆者はセアラ州の「内発的発展」の有効性を究明したいと考えている。靴や繊維産業に絞り、共通の指標で各州各産地を横並びに「串刺し」して比較するといった作業に今後取り組み、有効な地域開発政策のあり方を、州政府や基礎自治体の政策を含めて検討する予定である。この研究は、ブラジルの国際競争力を、地場産業の潜在力を含めて草の根レベルから把握しておく作業である。

   

参考文献:堀坂浩太郎編著『ブラジル新時代 ―変革の軌跡と労働者党政権の挑戦』勁草書房、
2004年(第6章の拙稿が本稿に関連)。

 
【(社)日本ブラジル中央協会発行 会員向け隔月刊誌
『ブラジル特報』 2004年11月号 掲載】 



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